上海/中国 ~「魔都」から「二次元文化」の聖地へ~

アジア・オセアニア

2021年05月12日

上海住友商事会社
馬 冀 Ma Ji

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『魔都』上海の前世今生

上海浦東地区のビジネスエリア、陸家嘴(ルーチァーツイ)の風景(筆者撮影)
上海浦東地区のビジネスエリア、陸家嘴(ルーチァーツイ)の風景(筆者撮影)

 1920年代に上海を何度も訪れた日本の作家・村松梢風は、紀行『魔都』で、初めてこの街を「魔都」と呼びました。当時、この地で西洋の文明と東洋の伝統が出合い、多様な文化の衝突と融合により「魔性の上海」は生まれたのです。「魔性」の由来は「海は百の川の流れを受け入れ全てを融合・包摂する」という上海の文化的特性(これを「海派文化」ともいう)にあり、その「多様性・包括性・創造性」が、上海を近代の極東を代表する貿易・金融・産業の中心地に、そして中国最大の経済文化都市に変容させました。

 

 

 

 

「二次元文化」の聖地

上海で開催されたbilibili Fair Night (二次元テーマパーク)の看板(2020年8月)(撮影:上海住商社員、楊艶)
上海で開催されたbilibili Fair Night (二次元テーマパーク)の看板(2020年8月)(撮影:上海住商社員、楊艶)

 こうした背景もあり、上海はさまざまな大衆文化を受け入れてきました。その中には、日本と密接な関係にある「二次元文化」(アニメ・コミック・ゲームの略称から「ACG文化」とも呼ばれる)も含まれます。上海は日本生まれの二次元文化が深く浸透した都市であり、今では中国独自の二次元文化を育む一大拠点になっています。例えば、中国のeスポーツ関連企業の8割以上が上海を拠点にしており、国内での大規模な大会の4割が上海で開催されているといいます(2019年現在)。

 

 

 

 

 

bilibili(嗶哩嗶哩、ビリビリ)=二次元文化の伝道者

bilibili社訪問時の筆者と同僚・楊艶社員、bilibili社人事部・趙宏科氏を囲んで(筆者撮影)
bilibili社訪問時の筆者と同僚・楊艶社員、bilibili社人事部・趙宏科氏を囲んで(筆者撮影)

 上海に本社を置く人気動画プラットフォーム「bilibili」(ビリビリ)も注目の的です。同社の特徴の一つはいわゆる「弾幕」機能、つまりアップされたコンテンツに視聴者がコメントを流せる機能です。動画を視聴しながらコメントを書き込むことで、他の多くのユーザーとリアルタイムに感想が共有できます。アニメに強くマニアックな内容で若者の人気を集め、月間アクティブユーザーは2020年末で2億人を突破、最近では日本の声優やタレントが公式アカウントを開設するケースも相次いでいます。同社は日本アニメ界と連携し、多くの日本のアニメ作品を輸入、また日本でのアニメ制作にも参加しています。2020年には同社が中国で制作したアニメ映画『羅小黒戦記』(ロシャオヘイせんき)が、公開後わずか2週間で興行収入3億元に達し、同年11月には日本にも上陸、中国産二次元文化の輸出に成功しました。

 

 

 

未来に向かう上海とZ世代の精神楽園

 2020年、世界経済が新型コロナウイルスの感染拡大で大きな影響を受ける中、上海市政府がオンライン経済の発展を支援するさまざまな施策を実施したことで、音楽や映像コンテンツのストリーミングサービスが飛躍的に拡大し、ネット文学、アニメ、eスポーツなどのオンライン娯楽文化が大きく発展しました。さらに2035年までにカルチャー・コンテンツ産業の従事者を就業人口の10%前後まで増加させるという明確な目標を設定しています。

 

 中国語にも日本語の「オタク」から派生した「御宅族」(ユィチャイツー)や「宅男」(チャイナン)、「宅女」(チャイニュイ)という単語があります。二次元文化に傾倒するあまり、リアルな世界での恋愛や結婚に興味を持たない若者も出てきているため、少子高齢化をさらに加速させるとして社会問題視する意見もあります。しかし、ITの普及によって伝統的な人間関係から切り離されてしまった若い世代に夢や希望、癒やしと元気を与え、精神的な豊かさをもたらしてくれるという点では二次元文化にも価値があると思います。

 

 これからの中国を担うZ世代(1995~2009年生まれの、別名ネット世代)にとって、二次元文化は若者を成長させ、夢とロマンを体現する、いわば理想のユートピアともいえます。中国生まれ、中国発のACG作品を日本や世界の国々で楽しんでもらえたら、そう思うとワクワクします。

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