オークランド/ニュージーランド ~ニュージーランドとマオリ:最新の政治動向~

2025年02月25日

Summit Forests New Zealand Limited
田島 佳史

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道路の標識や看板は英語とマオリ語の併記がある事が多い(筆者撮影)
道路の標識や看板は英語とマオリ語の併記がある事が多い(筆者撮影)

 「キ・オラ!」は、マオリ語でこんにちはという意味ですが、当地で毎日のように使われる挨拶です。マオリ文化とニュージーランドの深い結びつきは、当地でマオリ語が英語に並ぶ公用語として定められていることからも明らかです。一方で足元では、マオリ族の権利と政府の政策を巡る緊張が浮き彫りになっており、2024年11月にマオリ族の特権を見直す法案提出に対して国会で行われたマオリ党議員によるハカ[*1]による抗議の様子は、日本でも報道されました。マオリをめぐる最新の政治動向について、現地から見える視点でお伝えしたいと思います。

蜂の巣を連想させる事から"Beehive"の愛称で呼ばれる国会議事堂。昨年11月には「条約原則法案」に反対する数万人がこの前でデモ行進を行った(筆者撮影)
蜂の巣を連想させる事から"Beehive"の愛称で呼ばれる国会議事堂。昨年11月には「条約原則法案」に反対する数万人がこの前でデモ行進を行った(筆者撮影)

 

 

 現在のマオリの人口は約88万人、全人口の約17%を占めています[*2]。マオリの人々は、約1,000年前に、ポリネシアの島々から移住して来たとされています。1700年代後半に英国人がニュージーランドに上陸後、西欧人との交流が始まります。1840年に締結された「ワイタンギ条約」は英国王室とマオリの首長たちの間で結ばれ、ニュージーランドの統治に関する基本文書とされてきました。しかし、英語版とマオリ語版の間で解釈の違いがあり、特に土地の所有権や主権に関する認識の相違が問題となり、マオリ族と入植者の間で武力衝突が絶えませんでした。結果として、マオリ族は多くの土地を失い、社会的・経済的な不平等に直面してきました。第二次世界大戦後、国際的な人権回復の流れを受け、政府は1975年にはワイタンギ審判所を設置、1990年代から不当に没収された土地の返還と損害賠償請求が始まりました。これは先進国の中でも画期的な取り組みとされています。

 

 

 

 そのような中で昨年11月、連立与党を組む保守系少数政党のACT党が「ワイタンギ条約」の原則を再定義する「条約原則法案」を提出しました。この法案は条約の解釈を見直し、マオリ族に対する特権の一部撤回を目指すものでした。多くのマオリ族や条約の支持者は先住民の権利を損なうものとして強く反発、先述のとおり、国会でのマオリ党議員によるハカでの抗議や各地でのデモにつながり、社会的緊張が高まっている状況が続いています。

 

このようなマオリのモニュメントは各地域で見られ、マオリ文化はコミュニティに密接に根付いている。当社が保有・管理する森林の一部が位置するGisborneで出張者と撮影(筆者(写真右)提供)
このようなマオリのモニュメントは各地域で見られ、マオリ文化はコミュニティに密接に根付いている。当社が保有・管理する森林の一部が位置するGisborneで出張者と撮影(筆者(写真右)提供)

 先にご紹介したとおり、土地を巡る入植者との歴史を踏まえ、マオリの人々にとって土地は特別な意味合いがあります。ニュージーランドで第六位の森林面積(5万ha)を保有・管理する当社が展開する森林ビジネスは土地と密接な関わりがあり、マオリ族が地主のエリアでも事業を行っています。マオリ系の社員、スタッフも多数活躍しており、マオリ族の方々と日々信頼関係を構築しながらビジネスを展開してきています。

 

 ニュージーランドは多様性を受け入れる文化があり、外国人でも大変過ごしやすいと感じる場面も多い国だと思います。実際、私もいくつかの国で暮らしたことがありますが、ニュージーランドの人々は外国人に対しても丁寧かつ大らかに接してくれることが多く、日々生活する中で、ほかの国では多かれ少なかれありがちな人種の壁を感じることがほとんどなく、異文化に対する尊重や寛容性は一番高いと感じています。その理由としては、先進国の中でも率先して原住民であるマオリ族を尊重した政策をとってきたこと、先住民との共生のバランスを計ってきたことが大きいからだと考えます。現在ニュージーランドが直面している状況は、マオリ族と入植者を巡る歴史上の問題を色濃く反映した難しい問題ではありますが、これからも多様性と包摂性を両立した社会のモデルケースとなることを目指していってほしいと、強く願っています。

 


[*1] マオリ族の伝統的な踊り、ラグビーのオールブラックスが試合前に踊る事でも有名

[*2] Māori, Place and ethnic group summaries | Stats NZより

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