パリ/フランス ~オリンピックから見るフランスの価値観~
7月26日、パリにとって3度目のオリンピックが幕を開けました。パリでの開催は実に100年ぶりだそうです。開会式のパフォーマンスの一部については評価が分かれたものの、フランスならではの独自色を存分に発揮した大胆かつ華やかなオープニングは、おおむね一定の評価を得たようです。
大会の盛況ぶりについては報道の通りですが、今回は視点を少し変えて、開会式を切り口に、フランス社会の課題や価値観について生活者の視点からご紹介したいと思います。
セーヌ川で歌う日本人?
開会式の中盤、フランス学士院で点火された花火、世界的アーティストのAya Nakamuraさん(日本にルーツはなく、生まれはマリ。Nakamuraは芸名)が、フランス共和国理念の一つである平等(Égalité)のキーワードと共に現れ、フランス共和国衛兵隊とパフォーマンスを行いました。2024年3月、彼女が式典に起用されることが明らかになり、フランスの伝統や文化を世界に発信する開会式でアフリカ系移民が出演することについて大きな社会論争が起こりました。
フランスには、2022年時点で西アフリカ・マグレブ諸国出身者を中心に約10%の移民がいる*といわれており、失業率の増加や治安悪化を理由に移民排斥の動きが急速に強まっています。2024年6月の欧州議会選挙では国民連合が圧勝し、7月のフランス国民議会選挙では移民排斥を訴える極右政権が躍進しました。
*フランス国立統計経済研究所・INSEE統計2022年データより
L'essentiel sur... les immigrés et les étrangers | Insee
オリンピックのフランス選手団は、多くのアフリカにルーツを持つ選手から構成されています。移民問題に関する論争が国内で激化する中、「多様性に富んだフランス社会」という理想を体現し、その理想を象徴する結果としてこの選手団が過去最多のメダルをもたらした点は非常に興味深いと思います。近代オリンピックの父・フランスの教育者クーベルタンは、「スポーツを通して心身を向上させ、文化・国籍などのさまざまな差異を超えて理解し合うこと」をオリンピズムとして提唱しました。社会の分断が進む中、オリンピックで醸成された一体感は、今後のフランス社会にどんな影響を与えるのでしょうか。
「たゆたえども沈まず/ Fluctuat Nec Mergitur」
今回のオリンピックは史上初めて競技場外で開会式が行われました。セーヌ川での開会式が提案された際、警察当局は猛反対をしたそうです。安全面での不安が指摘される中、なぜ河川での開会式にこだわったのでしょうか。
歴史を紐解くと、パリという首都は、セーヌ川の湖畔にケルト系パリシイ族(パリの語源)が集落を形成したことに端を発するようです。パリはその後も河川の航行や交易を中心に水の都として繁栄を続けました。
「たゆたえども沈まず」という市の標語があります。意味するところはIl est battu par les flots, mais ne sombre pas. (風に揺さぶられても決して沈みはしない)。中世パリを支えた水上商人組合の合言葉だそうです。長い歴史の中で革命・戦乱を経験し、歴史の荒波を航海してきたパリ市民の生命力・矜持がここに読み取れます。
この標語は2015年のパリ同時多発テロ事件以後、パリ市民の連帯を示す言葉として頻繁に登場するようになりました。パリ市がオリンピック開催地として立候補を表明したのも同じ2015年でした。治安面の懸念が常にあったはずですが、パリの魂であるセーヌ川での開催にこだわった背景には、河川都市パリの歴史に深く根差す「沈まない船」をメッセージとして利用し、テロへの抵抗などを示すことにも関係しているように感じました(もちろん、政治的野心もあったと思います)。
一般に「花の都」ともてはやされるパリですが、根っこの部分には長い歴史に基づく共和国理念や価値観があります。トリコロールで満ちあふれた熱狂のパリオリンピック17日間を国歌「La Marseillaise」の大合唱で終え、政治・経済・移民問題などさまざまな問題に直面しているフランス社会は、理想と現実の狭間でどんな選択をしていくのか。今後の方向性を注視していきたいと思います。
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