テヘラン/イラン ~テヘランは、モスクの数より花屋の数のほうが多い~
中東・アフリカ
2016年05月27日
イラン住友商事会社
万徳 秀樹
イランがイスラム共和制になったのは1979年の革命以降のことです。ヴェラヤテ・ファギーと呼ばれる、イスラム法学者による統治概念を重要な要素とし、共和制の最高指導者は三権全てのうえに立ちます。体制移行から35年あまりが経過した現在、イスラムはイラン人の生活全般に深く浸透しています。
ところが、同国に暮らしていると、ほどなく、イラン人の生活基盤が必ずしもイスラムの宗教実践ばかりではないことに気づきます。たとえばイラン新年。イラン暦の元旦(西暦では3月21日に相当)から13日間、イラン人は新年を祝います。日本の師走にあたる前月からは、ハフト・シーン(7つのS)と呼ばれる縁起物を飾ります。緑から豊穣を意味するサブズ(Sabz)を軸に、セッケ(Sekke、コイン)、シーブ(Sib、リンゴ)など。Sabzについては、13日間が明けると邪気払いとしてこれを川に流します。このハフト・シーンの様子が筆者には、イスラムの禁忌とされる偶像崇拝と映ったため、あるイラン人にそう言ったところ、「何を言っているの、イラン新年はイスラムとは何の関係もないんだよ」と笑って返されてしまいました。
豊穣を祝うことからもわかるように、同国は農産物が豊かで、季節の野菜や果物がとてもおいしいです。木の実の類もいうまでもなく、イラン産ピスタチオは、かの米国が2016年の経済制裁解除にあたり、貿易解禁アイテムとして、絨毯(じゅうたん)やキャビアとともに含めたほどです。花の種類もさまざまあり、町をそぞろ歩きしていると花屋の1軒や2軒を容易に見つけることができます。公園も多く、週末ともなれば思い思いにくつろぐイラン人の姿を見ることができます。花屋と公園の多い町が平和でないはずがないと実感するのです。
2016年1月、核開発問題に課されていたイランへの経済制裁は解除されました。経済制裁中の同国はどんな様子だったのか。われわれ外国人は、イランを制裁対象国と想定して同国入りするわけですが、入国してみると、制裁で疲弊している印象がほとんどなく驚きます。なぜなのでしょうか。シルクロードの地図を紐解(ひもと)くまでもなく、イラン国土のほとんどが交易路網のなかに組み込まれており、同国を孤立させることが地理的にそもそも難しいのでしょう。ただ、経済をじりじりと圧迫する側面は明らかにあり、であるからこそ一連の交渉のなかでイラン側も一定の譲歩をし、経済制裁解除に漕(こ)ぎ着ける流れとなったのでしょう。
経済制裁解除でイランは沸いているのでしょうか。これの解は微妙です。モサデック首相失脚事件は遠い過去(1953年)のことであり、「搾取する西側」を実体験として記憶するイラン人の数はかなり少ないはずです。しかし、保守強硬派勢力が「核合意に益なし」の主張を続けるなか、現実に米国による一次制裁がいきており米ドル取引は禁止のままであるなど、現状への不満がくすぶっているとみられます。他方、あるイラン人はこう言い切りました。「国際社会から途絶されることを是とするイラン人は一人もいない、だから途絶を是とするような政府はもう誰にも支持されない」と。筆者はこの一言に、大国に翻弄(ほんろう)される歴史を経てきたイラン人のタフさと底力の強さを感じました。
平和な生活基盤のうえに静かな熱望により生まれるものは何か、期待は尽きません。
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