ワシントン/米国 ~ロビー産業の町~

2022年12月08日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
文室 慈子

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連邦議会ビルとクリスマスツリー(撮影:吉村亮太ワシントン事務所長)
連邦議会ビルとクリスマスツリー(撮影:吉村亮太ワシントン事務所長)

 286万ドル。ウクライナ政府が2022年前半に対米政府ロビー活動に使った経費です。2年前はゼロでした。

 

 30年前のユーゴスラビア紛争。セルビアによる「民族浄化」の首謀者として、ミロシェビッチ大統領は逮捕され、ユーゴスラビアは国連から追放されました。NATO軍による空爆で紛争は停止しましたが、流れは事前にワシントンで決まっていたともいわれています。「民族浄化」という言葉、実はジム・ハーフというPRマンが考案し、マスコミ、議会、ホワイトハウスに働きかけ「セルビアが悪い」という国際世論を作りました。詳しくは「戦争広告代理店」(高木徹著、2005年)を読んでいただくとして、ワシントンでのロビー活動における「ナラティブ」(主張を裏付ける「ストーリー」)は一国の運命をも左右するといえそうです。

 

 「Gゼロ」[*1]の時代、米国の力は相対的に落ちたとはいえ、その影響力はいまだに強大です。米国意思決定の中枢であるワシントンでは、日々無数の組織、団体がロビー合戦を繰り広げています。ナラティブのアウトプット方法は多様で、直接意思決定者に話すより、マスコミやシンクタンクを通す方が効果的なこともあります。また連日講演会、レセプションなどあちこちで情報交換が行われ、ナラティブが拡散します。

 

 ロビー産業の根底にあるのは、国民の政府に働きかける権利です。言論の自由と並んで米国憲法で保証されています。権力の集中がもたらす弊害を繰り返し体験してきた欧州の歴史に鑑み、米国の三権分立は、立法府、行政府、司法府が敢えてお互いに摩擦を起こすように作られているそうです。

 

事務所屋上から望むホワイトハウス(撮影:吉村亮太ワシントン事務所長)
事務所屋上から望むホワイトハウス(撮影:吉村亮太ワシントン事務所長)

 議会も行政府も積極的に民間と交流しています。業界団体主催のオフレコ会合で、ホワイトハウス職員が「皆さんの議員達にこの法案を通すよう、働きかけてください」と企業に対して逆ロビーすることもあります。ナラティブを競うのは政府も同じ。また、黙って結論が出るのを待っていると自分に不利なナラティブが世論になってしまうリスクがあります。だから米州住友商事では、社員がロビイスト登録して、日頃から政府と直接対話することを心がけています。

 

 議員会館に行くと同じ服装の集団があちこちにいます。全国各地から「陳情」に来た人々。ワシントンで働き始めたばかりの20年ほど前、内分泌科医団体の連邦議会啓蒙ロビー活動を手伝ったことがあります。年に一度全国から会員がワシントンに集結、手分けして議員事務所を訪ね政策提言を行います。各事務所15分、一日で100人近い議員スタッフに会い、夜はステーキハウスで反省会。アポイントをとり、議員会館を案内するのが我々コンサルタントの役割です。何十枚もファックスを送った後「スケジューラー(日程調整専門の重要ポスト)」に電話してアポイントを調整する、実に地味な仕事でした。

 

 ちなみに、日本政府の昨年のロビー活動経費は4,000万ドル、中国(国営企業含む)は6,850万ドルでした。クライシス(危機)が起こってから始めるのでは遅い。日頃からコツコツ関係構築を心がけ、危機を未然に防ぐことが大切です。ワシントンのロビー産業は順調に成長しているようです。


[*1] Gゼロ:米国の相対的影響力低下による国際秩序を維持できるリーダー不在の状態を指す。

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