大統領選に見るソーシャルメディア ~影響力はポスト・オバマ政権下でも~

2016年09月16日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

大統領選に見るソーシャルメディア(筆者撮影) 「解剖報告書」――2012年大統領選について共和党が翌年敗因分析を行ったこの報告書注1では、フェイスブック、ツイッターなどのソーシャルメディア対策の強化が指摘された。選挙戦でトランプ候補は、デジタル対策全体ではクリントン候補に出遅れたが、ソーシャルメディアの影響力では引けを取らない。オバマ政権が巧みに利用するこの新メディアは、次期政権でも重要な役割を果たすであろう。

 

 

◆モバイルで政治ニュースを取得

 20 世紀以降、米国では新技術をいち早くコミュニケーションツールとして駆使した政治家が有権者の幅広い支持を獲得してきた。1930~40 年代のフランクリン・D・ルーズベルト大統領によるラジオでの「炉辺談話」、60 年のジョン・F・ケネディ大統領によるテレビ討論会、そして最近ではバラク・オバマ大統領による2008 年のフェイスブック選挙、12 年のツイッター選挙……。そして16 年大統領選は、モバイルからのアクセスが選挙戦を大きく左右したという点で、「モバイル・ソーシャルメディア選挙」といえよう。ピュー・リサーチ・センター注2によると、11 年時点では35%であった米国民のスマートフォン所有率は、15 年には72%にまで急増。連動して急速に拡大したのがモバイル・ソーシャルメディアだ。14 年10 月の同センターの調査によると、18~29 歳のスマートフォン所有者の91%はモバイルからソーシャルメディアに、72%はニュース速報にアクセスする。

 

 16 年7 月、民主・共和両党の党大会で初めて、ツイッター、フェイスブックを通じて大会の様子がライブ中継された。若年層に人気のスナップチャット注3も、会場や舞台裏から臨場感あふれる映像を配信した。同社によると、18~24 歳の米国民で共和党大会を同メディアで視聴した人はテレビで視聴した人の倍近くにも上ったという。スナップチャットは若者向けに「グッドラック・アメリカ」と題する米国政治ニュース番組を配信している。若年層は、このようなモバイル・ソーシャルメディアでニュースに触れる傾向が強くなった。過去約半世紀、政治ニュースの伝達手段はテレビが主軸であった。だが若年層を中心にそれがモバイル・ソーシャルメディアに移ってきた。この移り変わりは、以下の三つの側面から米国の政治コミュニケーションに変革をもたらしている。

 

 

◆"ニュース・サイクル"は短縮化

 毎朝毎晩、新聞やニュース番組で政治情勢を決まった時間帯に知る、従来の"ニュース・サイクル"は短縮化している。スナップチャットやツイッターを通じて映像を流す技術が生まれたことで、テレビ局に限らず一般市民でも特ダネ映像を配信できるようになった。それにより次々とニュース速報が発信され、いまや数秒後には全く違う話題で上書きされることもあるためだ。

 

 モバイル・ソーシャルメディアは、その速報性や情報源の広範性から、従来のメディア以上にインパクトが大きく、キャンペーンの勝敗すら左右するほどの影響力を持つようになった。共和党予備選でトランプ候補は、対立候補が真新しい政策を発表した際にすかさずツイートし、話題を転換する手段として利用。ソーシャルメディアを駆使し、自らニュース・サイクルを生み出す手段とした。しかしその結果、共和党予備選では深い政策議論がほとんど展開されないまま、同党指名候補者としてトランプ氏が選ばれるに至った。

 

 16 年8 月8 日、トランプ候補は有権者からの期待が高かった経済政策を発表した。だが翌9 日の集会で、国民の武器保有の権利を定めた合衆国憲法修正第2 条に基づき、ヒラリー・クリントン候補暗殺を促しているとも取られかねない発言をしたことが瞬く間にツイッター上で拡散。これにより9 日の特大ニュースはトランプ候補の過激な発言へと移り、同候補の経済政策に関する議論の機会は失われてしまうという事態も起きている。

 

 

◆マスメディアの影響力低下

 今日、マスメディアが高視聴率確保を狙いツイッターを追うというほど、ツイッターなどのソーシャルメディア上の発言力が増している。その発信機会をうまく捉えているのがトランプ候補だ。同候補の投稿は、多くは難しい政策についてではない。過激な発言やささいな話題で注目を集めている。だがこれにより、マスメディアには報道ネタが次々と舞い込むこととなり、踏み込んだ調査をしないままの報道がなされることが増えた。ゲートキーパー(門番)としてのマスメディアの影響力が減退したのだ。そうした中、米国社会を分極化させかねない、人種差別などの過激な発言や誤った情報がソーシャルメディアによって拡散し、さらにそれをマスメディアが後追い報道するという事態が頻発している。ブルッキングス研究所の政治セミナー(15年11月開催)で、NBCニュースの元政治記者ケン・ボード氏は、大統領選初期に行われていた、記者による大統領候補の家族、学歴、政策などを調査する「プロフィール期間」がなくなったことを挙げ、マスメディアの候補者調査の遅れを問題視している。各候補者もマスメディアを介さず、ソーシャルメディアを通じて自らのイメージを構築し、直接有権者にアプローチするようになった。

 

 

◆支持者に直接発信

 「まるで自分の新聞を発行しているようだ」。12年にフォロワーが200万人に達した際、ツイッターについてトランプ候補はそう感想を述べた。モバイル・ソーシャルメディアは、トランプやバーニー・サンダースといったいわば反主流派候補が、幅広い有権者との距離を縮め、躍進するきっかけを作った。トランプ候補は、予備選ではテレビ宣伝や戸別訪問注4などの従来型広報手法にほとんど頼らず、ツイッターやインスタグラムなどを通じ、モバイル端末などから直接支持者に情報発信しただけであった。従ってトランプ候補の支持拡大は、当初は「夏のロマンス」とも呼ばれた。一時的な人気の高まりにすぎないというわけだ。しかしツイッターの発言がニュース番組で頻繁に取り上げられ、ツイッターの双方向コミュニケーションが戸別訪問に置き換わる効果を発揮。予備選でもその人気は衰えなかった。同候補のツイッターのフォロワーはいまや1,000万人を超え、クリントン候補の800万人を上回る。12年大統領選でオバマ・キャンペーンの指導部を担った筆者の友人は、トランプ候補支持拡大の要因を次のように分析する。「トランプ候補は、従来の政治家のように世論調査会社の指示通りに発言したりはしない。ツイッターでも、思ったことを一般人の言葉でツイートするため、親しみが湧き、一部の反主流派有権者の心をつかんだ。暴言も逆に本音で語っている印象となり、身近に感じた支持者が多かった」。

 

 当初の想定以上に躍進したサンダース候補の場合も、モバイル向けの情報発信を軸としたコミュニケーション戦略が功を奏した。同候補は、スコット・グッドスタイン氏が経営するレボリューション・メッセージング社を選挙戦初期に採用した。同氏は08年大統領選におけるオバマ・キャンペーンで、勝利に大きく貢献したソーシャルメディアおよびモバイルのプラットフォームを構築した功績がある。サンダース・キャンペーンでは、モバイル向け電子メールやウェブサイトを開設。フェイスブックやツイッターのほか、特にスナップチャットに力を入れ、クリントン候補よりも多くのフォロワーを獲得した。16年2月の初戦アイオワ州党員集会の前には、同州の若年層をターゲットに、サンダース候補を身近に感じてもらえるような映像や画像メッセージをスナップチャットで配信。同州党員集会でサンダース候補は僅差でクリントン候補に敗れたが、17~29歳の若年層の投票者に限ると84%の票を獲得し、クリントン候補に70ポイント差で大勝した(『ワシントンポスト』紙、16年2月2日付)。スナップチャットのように若年層になじみがあるモバイル・ソーシャルメディアを通じ、彼らが関心の高い格差解消などに向けた政治革命や公立大学の無償化を、同候補が直接訴えるアプローチがその威力を発揮したといわれている。

 

近年の大統領選に登場したコミュニケーションツール(資料: ピュー・リサーチ・センター、コムスコア、メディア報道などを基に米州住友商事ワシントン事務所が作成)

 

◆ホワイトハウスが放送局に?

 「ソーシャルメディア大統領」とも称され、時代を先取りしてきたのがオバマ大統領だ。16年大統領選でトランプ候補やサンダース候補がソーシャルメディアを通じて多くの有権者の心をつかんだように、オバマ大統領は政権発足以来、「オープン・ガバメント政策」を推進。ソーシャルメディアを活用して国民との直接対話の場を設ける努力をしてきた。選挙戦でソーシャルメディア戦略を担ったスタッフの多くが政権入りし、ホワイトハウスのデジタル戦略室はまるでグーグル本社の一室のような雰囲気を醸し出したという。シリコンバレーの関連大手企業との関係は深まり、政治コミュニケーションにモバイル・ソーシャルメディアを含めた最新のデジタル技術を積極的に取り入れた。政権に関わる情報も、マスメディアを介さず、コンテンツを制作してソーシャルメディアなどを通して直接発信される。ホワイトハウスは、まさに国営放送局と化している。

 

 さらにホワイトハウスは、ソーシャルメディアを通じて意見を聞くチャネルも開拓してきた。11年4月、フェイスブック・タウンホールにおいてオバマ大統領は、「フェイスブックは双方向コミュニケーションを可能にした」と述べた。「ホワイトハウスは人々がいるところに会いに行く」をスローガンに、16年1月にスナップチャットのページを開設。同年8月にはフェイスブックからオバマ大統領にメッセージ送信できる機能を追加するなど、若年層にマッチしたコミュニケーションチャネルを新設している。また、これらのチャネルを通じ、オバマ大統領が自撮り棒で写真撮影する様子を写したビデオなどをソーシャルメディア向けにコンテンツ提供するサイト、バズフィードに掲載し、政権が推進する医療保険制度改革法(オバマケア)の保険加入手続きサイト「HealthCare.gov」へのミレニアル世代注5のアクセスを大幅に拡大させることに成功した。

 

 近年、政府の透明性を求める国民の声は高い。ホワイトハウスのジェン・サキ広報部長は、オバマ大統領は「カーテンを開け、政府がどのように機能しているかを人々に見せたかったのだ」と述べる(「ニューヨークタイムズ」紙、15年11月9日付)。しかし、メディアの深掘り調査には非協力的だ。AP通信によると、情報公開法に基づいた政府情報請求に対し、未処理の件数が14年末時点で20万件以上に上った。13年にCBSテレビのボブ・シーファーワシントン支局長(当時)は、ニクソン政権以来「最も秘密主義的」だと発言。ホワイトハウスが多数の国民に直接つながり影響力を及ぼせるソーシャルメディアに独自の放送局を持ち、政策情報をある程度コントロールできるようになったことが、マスメディアの影響力を低下させた要因の一つといえるだろう。

 

 次期政権でも政府の透明性向上を求める国民からの声は続くと予想される。特に若年層へのアプローチでは、新技術活用の重要性はさらに増すだろう。仮に共和党がホワイトハウスを奪還したとしてもオバマ政権が築き上げたソーシャルメディアを通じた国民とのつながりを引き継ぐことが望ましい。だが現在クリントン候補は68歳、トランプ候補は70歳。いずれが政権をとっても、リベラル派で若く最新技術に興味を抱くオバマ大統領(就任時:47歳)のように、シリコンバレーの若手経営者を取り込むのは容易ではないかもしれない。ニュース・サイクルが短縮化しマスメディアの影響力が低下する中、次期政権はソーシャルメディアなどを通じて、情報をコントロールしながら政策を推進していくことが重要となる。

 


注1: 正式名称は「成長と機会プロジェクト(GOP)」(13年3月発行)

注2: 米国や世界における人々の問題意識や考え、その傾向などを調査する調査会社。ワシントンD.C.に拠点を構える。

注3: モバイル映像や画像によるメッセージサービスを提供するソーシャルメディア。調査会社ニールセンによると15年9月時点で米国の18~34歳の若年層の41%が利用。

注4: 日本では公職選挙法第138条で戸別訪問による選挙活動は禁止されているが、米国では可能。選挙戦で重要な役割を果たしてきた。

注5: 1980年代前半から90年代後半に生まれたデジタルネイティブといわれる生まれながらにインターネットなどに慣れ親しんできた世代。


 

日本貿易振興機構(ジェトロ)出版 『ジェトロセンサー』2016年10月号 54~56ページ掲載

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