中国企業の米国投資における対米外国投資委員会(CFIUS)の動き

2016年12月05日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

◆要点

外資による米国企業買収を対米外国投資委員会(CFIUS)が阻止するケースはこれまでほとんど見られなかったのが、昨今、中国企業の米国企業買収が増加するにつれ、政治的圧力も強まりCFIUSの審査強化の動きが見られる。2016年12月2日、オバマ大統領はCFIUSの勧告に基づき中国の投資会社の福建グランドチップ・インベストメントファンドによるドイツの半導体堆積装置会社アイクストロンの米子会社買収を阻止する大統領令を公布した。CFIUS勧告による買収阻止は過去四半世紀で3件目。未だ通商政策は不透明であるもののトランプ次期政権では中国企業による買収案件で強硬策をとる可能性もワシントンの通商専門家は指摘する。

 

  • CFIUSは、買収案件について米国の安全保障、重要インフラを損ねることはないかどうかを審査する。
  • 外資が買収する米国企業の技術が軍事転用可能である場合、特に注意が必要。事前にCFIUSに通知し、懸念を払拭する詳細説明が重要。取引規模に関わらず米国の安全保障などに影響を及ぼす買収案件についてはCFIUSに阻止されるリスクがある。
  • トランプ次期政権は選挙戦での公約からも、政権初期には特に中国に対し、通商政策で強硬策を導入し有権者にアピールする必要がある。
  • 買収する米国企業の軍事転用可能な技術が(安全保障上)重要性が高くない限り買収案件は阻止されることは現行法上はないものの、次期政権では政治的圧力が高まる可能性あり(将来的には法改正により米国政府支援で開発された技術についてCFIUSは考慮することもあり得る)。

 

 

◆背景

  • 近年、中国経済の低迷などに伴い、中国企業による米国企業の買収が増加。それに伴い、中国企業による投資についてCFIUSは監視を強化するよう米国の経済界に加え議会からも圧力が高まっている。対中国で強硬な発言を行うトランプ次期政権ではこれら中国企業の投資についてますます注目が高まる可能性あり。

 

 

◆対米外国投資委員会(CFIUS)の調査

  • ロイター通信の報道(2016年10月11日付記事)によると、昨今、CFIUSに対し通知しない買収案件についてCFIUSは厳しくなってきている。その為、中国企業の米国企業買収案件については、事前にCFIUSに通知し、米国の安保や重要インフラを損ねることはないこと、その他にも議員や大統領の懸念を払拭する詳細説明が重要である。
  • 買収する米国企業の技術が軍事転用可能な場合、その技術が既に広く利用されている技術でなければ、CFIUSの審査が入る可能性あり。
  • 議会米中経済安全保障調査委員会(US-China Economic & Security Review Commission)がCFIUSは中国政府と繋がりがある中国企業の買収について全て差し止めるべきと提案する報告書を最近、発表した。下院歳入委員会も議会予算局(CBO)に対し、CFIUSが中国の国有企業による買収案件を効果的に審査しているか精査するよう要請している。このように政治的圧力が高まっている。
  • 現行法に基づきCFIUSは米国の安全保障への悪影響についてのみ考慮し判断することとなっている。だが将来的には、トランプ次期政権下ではCFIUSの判断基準の現行法を改定し、経済的悪影響なども判断基準に含める可能性もある。
  • CFIUSの審査はCFIUSスタッフによって行われるが、最終判断は政権の閣僚(9名)が行い、大統領がその判断を覆すことも可能。CFIUSの委員長は財務長官であり、次期財務長官に起用される見通しのスティーブン・ムニューチン氏は元ゴールドマン・サックス幹部で「Globalist」であるが、通商政策に関する考えは不明、トランプ次期大統領の側近であることからも保護主義政策には反対していない模様。
  • なお、CFIUSは、取引額の規模に関係なく、米国の安全保障あるいは重要インフラに影響を及ぼす取引についてCFIUSは審査・規制すると法律事務所Jones Dayは報告(2015年10月発行レポート)。従って米国の安保などを損ねる軍事転用技術については小規模の買収案件でも問題視される可能性がある。
  • 米国政府予算の支援によって開発された技術の問題性:法律上、CFIUSは米国政府予算の支援によって開発された技術を理由に外資による米国企業の投資を阻止できるとは記載されていない。しかし、ある在ワシントン法律事務所の分析によると近年、議会議員、ロビイスト、活動家などが、政府予算の支援によって開発された技術の海外への流出に対し懸念は高まっており、将来、CFIUSの審査範囲を拡大する内容の法改正の可能性もあるという。もし、法改正が行われた場合、米国政府予算の支援によって開発された技術を理由に投資を阻止する権限をCFIUSに与える可能性がある。

 

 

◆トランプ次期政権下のCFIUSの行方

  • トランプ次期大統領(2017年1月20日就任予定)は貿易をゼロサム・ゲームと考え、「貿易赤字=負けている」と捉えている。通商政策に懐疑的な訴えが選挙戦で効果を発揮したことからも、政権初期には特に中国に対し、通商政策で強攻策を導入し有権者にアピールする必要がある。貿易救済措置(ダンピング関税措置、相殺関税措置)に加えて強化の可能性があるのがCFIUSだ。
  • トランプ氏はこれまで自らのビジネスについては海外に製造拠点を持つなど保護主義的ではないが、米国の通商政策については長年、保護主義的政策を主張してきた。
  • 今後、トランプ次期政権の通商政策の見通しを占う上で注視すべきことは、トランプ次期政権の指名する閣僚。現時点では次期商務長官にウィルバー・ロス(Wilbur Ross)氏の起用が発表され、今後、米通商代表(USTR)、大統領経済諮問委員長などにダン・ディミッコ(Dan DiMicco)氏、ピーター・ナバロ(Peter Navarro)氏、ロバート・ライトハイザー(Robert Lighthizer)氏などいずれも保護主義を推進する人物を起用することが現時点では予想されている。
  • その他、注視すべきことはトランプ次期大統領が2017年1月末から2月に行う第1回一般教書演説でどれだけ保護主義的な政策を訴えるか、就任初日に公約通りTPP離脱を判断するか、WTO離脱・関税引き上げの判断、公約通り中国を為替操作国と認定するかなど。但し、トランプ次期政権はこれらを行わず、逆に中国企業の米国企業買収案件などで対中国で強硬な政策をとり支持者にアピールすることもあり得る。
  • 現行法ではCFIUS審査で投資を阻止する決定を下した場合、最終的に大統領の承認が必要。逆にCFIUSが投資を認めた後、大統領が却下できるかは不明(これまでにそのようなケースはない模様)だが、トランプ次期大統領は却下する可能性もある。
  • なお、中国企業の買収に対し米国政府が厳しい対策をとることによって、次の2点のマイナス効果も想定され、トランプ次期大統領は強硬策を和らげるかどうかに注目する必要がある:(1)中国企業の投資が減ることは米国経済そして雇用にとってマイナス、(2)対中国強硬策によって中国政府による報復措置が想定される。

 

以上

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