米経済に中長期的な深手を負わせかねない「トランプ通商ドクトリン」

2018年02月28日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

 政権発足から1年以上が経過した今日、大局観を欠くトランプ政権の通商政策が徐々に浮き彫りになりつつある。短期的あるいは一部の米産業には恩恵をもたらしても、中長期的あるいは米経済全体には悪影響をもたらしかねない通商政策が散見される。直近での大統領や政権閣僚の発言からトランプ政権には、より幅広い視野で政策を打ち出す必要性をようやく理解し始めている兆候もある。だが、2018年11月に中間選挙を控える中、今後もその場しのぎの、支持基盤にアピールする対策を導入し、米国自らの首を絞め経済悪化をもたらしかねない通商政策を発動するリスクが大いに予想される。

 

 

◆「戦闘」で勝利宣言するも「戦争」に負ける運命の「トランプ通商ドクトリン」

 トランプ大統領は、2016年大統領選で自らを当選に導いたラストベルト(錆びついた工業地帯)の労働者の要望に真摯に応えようとする姿勢が見られる。だが、その公約実現を果たそうとする大統領の戦略は、短期的な勝利だけにとどまり、中長期的な視野で現実を踏まえた通商政策を導入できていないのが「トランプ通商ドクトリン」の実態だ。その結果、早晩、米国経済の弱体化を招くリスクが高い。その例がTPP離脱と緊急輸入制限(セーフガード:1974年通商法201条)発動だ。

 

(1)TPP離脱

 2017年1月、トランプ政権はTPP離脱を表明。政権発足から3日後に選挙公約のひとつを実現するに至った。TPP離脱と同時に政権はアジア太平洋諸国と2国間FTAを個別に交渉しより良い内容で交渉妥結を図る方針を示していた。だが、NAFTA再交渉などで「ゼロサム思想」に基づき交渉を進める米国の通商姿勢を警戒するTPP参加各国で、米離脱から1年以上経過した今も米国と2国間FTA交渉を開始しようとする国はどこにもない。一方、米国を除くTPP参加国「TPP11(CPTPP)」は2018年3月に署名することで合意に至っている。CPTPPは6か国が批准すれば発効するため、元々のTPPと比べて発効条件が緩和されており、発効する可能性が高まっている。CPTPP発効によって米国はCPTPP域内市場への参入障壁が生じることになる。また、元々、オバマ前政権がTPP交渉入りした背景には、中国の国家資本主義政策に対抗する意図もあった。しかし、米国は離脱したことによって、中国のその行為を多国間で改めさせようとする道具を失った。このようにトランプ政権はTPP離脱によって、保護主義的政策を支持するラストベルトなどの有権者に対し、公約を実現し短期的には成果をアピールすることが出来たが、中長期的には米国の国益を損なうことが見込まれる。つまり、トランプ政権はTPP離脱という勝利宣言はできても、中長期的には中国の国家資本主義に対抗する米中貿易摩擦でTPPという武器を自ら手放し武装解除をしてしまったことになる。

 

(2)セーフガード

 2018年1月、トランプ政権は太陽光パネルに対しセーフガードを発動した。1年目に30%の関税を適用し、その後は関税を段階的に引き下げ4年で失効するという高関税の貿易救済措置を導入した。同発表後、米生産者スニバ社とソーラーワールド・アメリカス社は歓迎の意を表明したものの、米国の太陽光エネルギー業界を代表する米国太陽エネルギー産業協会(SEIA)は雇用喪失に繋がると懸念した。SEIAによると、2016年末時点、約3万8,000人が太陽光関連の製造に従事しているという。だが、ピーターソン国際経済研究所によるとセーフガード対象のパネル製造などに従事しているのはそのうち約2,000人という。一方、太陽光パネルの設置には約13万7,000人、販売・流通に約3万2,000人が従事しており、両方を合計した雇用者数はパネル製造の雇用者数の約85倍の規模にも及ぶ。今日、太陽光エネルギー業界の雇用は低価格の太陽光パネルの輸入に支えられている。セーフガード発動で太陽光パネル価格が上昇することによって、太陽光エネルギー業界でパネル製造に関わらない企業へのダメージが懸念されている。つまり、トランプ政権は太陽光エネルギー業界の一部の生産者である約1%強の雇用を守るために、業界全体そして米経済に悪影響をもたらすと予想される通商政策を導入している。

 

 

◆今後、懸念される米国自らが招く通商リスク

下院側から眺めた米議会(筆者撮影)
下院側から眺めた米議会(筆者撮影)

 今後もトランプ政権による大局観なきその場凌ぎの通商政策が見られる可能性が大いにある。その兆しが見られる代表例が、通商拡大法232条に基づき国家安全保障を理由とした鉄鋼製品やアルミ製品の輸入規制、NAFTA再交渉、そして1974年通商法301条に基づく中国の不公正貿易慣行の対策だ。

 

(1)1962年通商拡大法232条

 2018年1月、米商務省は大統領に貿易救済措置の対策案を含む232条報告書(鉄鋼製品およびアルミ製品)を提出し、翌月にその報告書の全文が一般公開された。法律に基づき、トランプ大統領は同年4月までに対策案を決定することになっている。商務省は追加関税、輸入数量制限、一部の国に追加関税をかけその他の国は輸入数量制限を導入するという複合案などの対策を大統領に提案している。大統領は商務省提案に従う必要はないため、どのような対策を実施するか不透明だが、大統領の直近の発言からも何かしら保護主義的な対策が導入される見通しだ。仮に過度な保護主義的政策が導入されれば、米国経済への悪影響は必至だ。労働省労働統計局(BLS)によると米国で鉄鋼を利用する業界の雇用者数は約540万人であるが、アメリカ鉄鋼協会(AISI)によると鉄鋼製造の雇用者数はその約40分の1の14万人に過ぎない。この約2.5%の雇用を守るために、トランプ政権がより多くの鉄鋼産業の雇用を減少させ労働者を犠牲にしかねない232条に基づく輸入規制を発動することが懸念されている。これ以外には、他国によるWTO提訴や報復措置、そして他国が同様に国家安全保障を理由とした輸入規制の発動などで農業をはじめ米輸出産業が被害を受ける可能性もある。

 

(2)NAFTA再交渉

 トランプ政権は現在、NAFTA再交渉で原産地規則の強化、投資家対国家の紛争解決 (ISDS)の弱体化・撤廃、政府調達の改定など業界あるいはNAFTA加盟国が望まない「毒薬条項」を改訂版NAFTAに盛り込もうとしている。トランプ政権は支持基盤の米労働者のためにこれら条項を改訂版NAFTAに導入を図る方針を堅持している。だが、仮にこれらを導入した場合、米国は自国産業の競争力を失い、雇用減少や成長率低下などを招き自らの首を絞めることになる。例えば原産地規則を強化し、北米の現地調達率の引き上げや米国の現地調達率を導入することによって、北米の自動車産業は世界市場においてアジア産自動車や欧州産自動車などと比べ、コスト競争力を失うことが予想される。ISDSは米国企業がこれまで恩恵を享受してきた条項であり、業界そして議会は現状維持を訴えている。仮に米国通商チームがISDSの撤廃合意に至った場合、議会での改訂版NAFTAの施行法案可決は極めて厳しくなることが予想されている。政府調達の改定では、米国が自国の政府調達においてカナダ企業やメキシコ企業を締め出す内容に改定した場合、米国企業がカナダやメキシコから同様の扱いを受け、米産業界全体がより大きな損失を被るリスクが高い。このように、トランプ政権は支持基盤への短期的なアピールを重視し、米経済への中長期的な影響に加え議会ではどのように承認を得ることができるかといった具体的な「エンド・ゲーム」までのシナリオを描ききれていない。

 

(3)1974年通商法301条

 通商政策に関わる議会関係者の話によると、米通商代表部(USTR)は既に301条調査報告書を完成させており、いつでも大統領に報告書を提出できる状況という。だが、301条の対策案について現在、政権内で意見が分かれていることが大統領への報告を遅らせていると言われている。301条で調査している中国の知的財産権侵害問題や技術移転強制問題などは以前から米産業界が解決を求めてきた問題であり、対策を行うことは超党派で支持を集めている。オバマ前政権ではTPPにおいて米国主導で作成した規則に基づきこれら中国問題の解決を図る戦略であった。だが、トランプ政権は米国単独で対策をとることを選択した。301条の発動内容次第では中国からの報復措置のリスクがある。その結果、農畜産業をはじめ米経済は多大な被害を受ける可能性も指摘されている。知的財産権侵害や強制技術移転など中国の国家資本主義政策に由来する問題は米国単独の301条措置による圧力では解決しない可能性も考えられる。

 

 

◆政権は学び、軌道修正するか。保護主義的政策の後遺症の可能性も。

 今日、政権の保護主義的な通商政策が米国経済に悪影響をもたらすという高い代償を払いながら、トランプ大統領や政権閣僚は経済学の基礎を学んでいるとフィナンシャルタイムズ紙社説(2018年2月7日付)は揶揄している。その例が政権がこだわる貿易赤字だ。貿易赤字は米国のマクロ経済情勢の結果であり、保護主義的な通商政策では解消できない点を政権はようやく気がつき始めているという。

 また、政権はTPPで軌道修正を始める気配が見られる。CPTPP署名の合意がされたことで、昨今、米産業界や議会からTPP復帰を切望する声が高まっている中、2018年1月、トランプ大統領はダボス会議でTPP参加国と2国間交渉だけでなく多国間交渉開始の可能性を初めて示唆した。あるホワイトハウス高官によるとダボス会議での大統領のTPP復帰の発言は間違いではなく、政権内で検討した上での政権の方針だという。そもそもTPPは米国主導で米国の国益を反映する内容でオバマ前政権が交渉を行っていた経緯がある。従って合理的に考えれば、米国は早晩、TPPに復帰すると予想する専門家は多い。だが、一度、TPPを離脱した米国の交渉の立場は弱まっている。他の11か国が2018年3月の署名後に批准手続きを進める中、トランプ大統領が望むような前政権の合意内容より米国にとって好ましい条件を他の参加国から引き出すのは容易ではない。TPP離脱から1年が経過した今日、トランプ政権は戦略の間違いを自覚し復帰を試みるも、この間、機会損失やTPP諸国間でのリーダーシップを失うなど米経済の弱体化を招く結果をもたらしたといえよう。

 

 本来、自由貿易を推進することによって米国経済は自然に比較優位のある産業にシフトする。だが、米国政府が太陽光パネル生産者、鉄鋼生産者など国際競争力のない米国の斜陽産業を保護することによって、本来比較優位にあるその他産業の競争力を損なわせるリスクが生じている。232条やセーフガードによって競争力の低い自国産業を守る一方、中国などによる報復措置で米国が本来競争力を保有する農業などが悪影響を被るリスクがある。既に中国は米国産ソルガム(モロコシ)の反ダンピング調査を開始するなど、米国の一方的な通商政策に対する報復措置の準備を開始している。2018年の米国政治は11月の中間選挙を軸に動くことになる。有権者の間では、不公正貿易慣行に対してある程度強硬な対中通商政策の姿勢が共和党・民主党支持者に関わらず超党派で支持されている。年末にかけ、目先の人気取りのために通商政策を発動する衝動に駆られる中、トランプ政権が自国経済への中長期的な影響を考慮した上での政策を実行できるかが注目だ。

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