レーガン政権時代の「管理貿易」を再び試みるトランプ政権
2018年04月06日
米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司
トランプ政権は世界貿易機関(WTO)発足前に米国が多く利用していた「管理貿易」の交渉を行い、ルールに基づく国際貿易体制を蝕み始めている。2018年3月、トランプ政権は1962年通商拡大法232条に基づき国家安全保障を理由に鉄鋼とアルミニウムに対する輸入制限措置を発動した。その際、米国は一時的に同措置から免除した国々と輸出自主規制(VER = Voluntary Export Restriction)などの交渉を開始した。例えば韓国とは、恒久的に追加関税の除外措置を適用する条件として、2015~17年の鉄鋼輸出量平均の7割を輸出枠とすることで米政権は合意した。また同月、トランプ政権は中国の知的財産権侵害などに対し高関税を適用する案も含む1974年通商法301条発動を発表した。だが、水面下では米中政府高官が高関税を回避する交渉を行っているという。トランプ政権はこれら関税引き上げなどの脅威を交渉材料とし、相手国にVERなど政府による介入を促している。つまり、戦後1990年代半ばまで日米貿易摩擦の解決策として米国が日本に実施圧力をかけていた「管理貿易」を、米国は再び試みているようだ。同政策を熟知したレーガン政権時代の政府高官が現政権の通商政策の中枢にいる中、「管理貿易」を実行に移せる人材も揃っている。「管理貿易」を通じ、トランプ大統領は支持基盤に選挙公約実現をアピールしつつ貿易戦争勃発のリスクを低下させることができる一方、その弊害として1995年に「管理貿易」を排除すべく発足したWTO体制の弱体化を招くことが懸念される。
◆時計の針を80年代に戻そうとするトランプ通商政策
戦後約半世紀の間、日米間では業界を変えながら貿易摩擦が頻繁に見られた。1950年代の綿製品に始まり、1960年代に鉄鋼、1970年代に繊維製品やカラーテレビ、1980~90年代に自動車といった品目を対象に貿易摩擦が起こり、その都度、日本は米国からの外圧でVERなどを導入した。特に貿易摩擦が最高潮に達したのは、不景気(1979~82年)とドル高(1980~85年)の影響で米製造業の環境が悪化したレーガン政権時代の80年代だった。
今日、トランプ大統領に通商政策を助言する側近には、80年代のレーガン政権で政府高官を務めた2人の人物がいる。ロバート・ライトハイザーUSTR代表とラリー・クドロー国家経済会議(NEC)委員長だ。レーガン政権時代の1983~85年、USTR次席代表を務め、「管理貿易」の交渉を担い厳しい対日交渉を行っていたのが30代半ばの若きライトハイザー氏だ。同氏は当時、対日交渉において301条に基づく高関税で威嚇し、VERなどで最終的に合意に至るといった交渉手法をとっていた。一方、クドロー氏はレーガン政権時代の1981~83年、行政管理予算局(OMB)で局長補を務めていた。
保護主義派のライトハイザー代表は、レーガン政権で自ら主導して取り入れた「管理貿易」の手法をトランプ政権の通商政策にも導入することが予想される。クドロー委員長が所属していたOMBはレーガン政権時代に自由貿易を推進し、同氏も長年、自由貿易推進派だ。だが、直近の発言からもライトハイザー氏が推進する「管理貿易」にある程度、同調する様相を見せている。既に政権入りが確定していたクドロー氏は、2018年3月24日のラジオ番組で「一律関税は反対だが、部分的な関税は貿易相手国との交渉ツールとして効果的と考えており支持することもある」と述べ、「管理貿易」容認を示唆した。ケビン・ハセット大統領経済諮問委員会(CEA)委員長などトランプ政権にまだ残っている一部の自由貿易推進派からの反発が見込まれるが、クドロー委員長はライトハイザー代表、ウィルバー・ロス商務長官、ピーター・ナバロ通商製造業政策局長など経済ナショナリストとの通商政策上の妥協策として最終的に落ち着くのが「管理貿易」となる可能性が高い。だが、今日の世界で米国が「管理貿易」を利用することは80年代と違って困難も予想される。
◆80年代と異なる今日
80年代と今日では以下3点で状況が大きく異なり、「管理貿易」を狙った通商交渉の有効性は不透明だ。
(1)最大の対象国は同盟国でも民主主義国でもない中国
80年代、米国が貿易摩擦で最も問題視し、ライトハイザーUSTR次席代表が交渉していた相手は日本だ。ブルームバーグ紙(2017年3月13日付)は、当時、ライトハイザー氏が日本の提案を紙飛行機にして飛ばすなどの強硬な交渉姿勢を示したエピソードを紹介している。日本は米国のこのような外圧の結果、VERに合意するなどある程度譲歩した。
だが、今日、トランプ政権が最も問題視しているのは米国の貿易赤字の約半分を占める中国との貿易関係だ。中国は日本と違って同盟国ではなく、民主主義国でもない。4月1日、中国は米国の232条対策に対する報復措置発動を発表し、抵抗姿勢を見せている。301条についても「管理貿易」に合意する前に中国が報復措置を発動し、米国の対中農畜産物輸出が被害を受け、米株式市場の不安定さが増し、米国内からの批判が高まる可能性もある。80年代の日本のように中国は容易に外圧に屈することはないとワシントンの専門家は指摘する。中国は民主主義国と比べ不透明な政治システムを持ち、国家資本主義であることから、米国の対中強硬策に対する国内からの反発を抑えることができるとも言われている。
(2)サプライチェーンの複雑化
80年代までは世界貿易は完成品輸出が多かった。だが、今日はグローバルなサプライチェーンの構築によって中間財などの貿易が拡大しており、「管理貿易」の導入は中間財を輸入する自国産業にも影響が及ぶ可能性が高い。また中国に拠点を持つ米国企業が中国政府による規制強化などの影響を受けることも懸念される。従い、中国政府による報復措置だけではなく、米国内からの批判も想定される中、米政府が「管理貿易」を狙って交渉することの難易度は高まっている。
(3)WTOに基づく国際貿易体制の存在
WTO発足以降、米国の歴代政権は高関税で威嚇して各国と交渉するよりも、WTOの紛争解決制度で争い、拘束力のある判断が下される方が自国の国益に適うと捉えてきた。今日のルールに基づく世界貿易体制のもとで、トランプ政権がWTOに反するVERなどの「管理貿易」手法を多用することは過去20年間の米通商政策から大きな方針転換となる。世界最大の経済国がWTOのルールの抜け道を利用することでWTO体制を弱体化させることが懸念されており、国内外からの批判は必至だ。
◆「管理貿易」の行方
共和党支持者の多くがレーガン元大統領に今日も憧れの感情を抱く中、トランプ大統領も2016年大統領選以降、自らをレーガン元大統領に関連付けようとしてきた。トランプ大統領の大統領選スローガン「米国を再び偉大に(Make America Great Again)」は元々、レーガン元大統領が1980年大統領選で使用していたスローガン「米国を再び偉大にしよう(Let's Make America Great Again)」に由来する。トランプ大統領は通商政策についても、事あるごとにレーガン元大統領が導入した保護主義的政策について語る。レーガン元大統領はトランプ大統領が主張するように保護主義的政策も推進したのは確かだ。だが、自由貿易を実現するための保護主義的政策であったと外交問題評議会(CFR)のエドワード・アルデン上級研究員は指摘する。レーガン政権は自由貿易を掲げていたが、国内の政治圧力によって保護主義的政策を導入せざるを得ない状況に陥った。当時、全米自動車労働組合(UAW)などの労働者が日本の国旗を燃やし日本車をハンマーで叩く映像などが全米ニュースで流れ、1982年には日本人と勘違いされた中国人がクライスラー工場を解雇された元労働者によって殺害される事件もあった。このような状況下、自由貿易推進派であったレーガン元大統領は高関税や輸入数量制限を導入しようとする議会からの保護主義的な圧力を抑える目的で、妥協策としてVERなどの「管理貿易」を導入するに至った。レーガン政権時代に大統領経済諮問委員を務めたウィリアム・ニスカネン氏は同政権の戦略を「5フィートの高さの貿易障壁を建てることで、議会によって建てられると予想された10フィートの高さの貿易障壁を回避した」と描写している。自由貿易推進者であるレーガン元大統領は「管理貿易」を採用する一方、将来のWTO設立や関税引き下げをもたらすこととなった多角的貿易交渉「ガット・ウルグアイラウンド」を1986年に開始し、1988年に米加自由貿易協定を発効するなど中長期的な政策では自由貿易拡大を推し進めた。
しかし、トランプ大統領はレーガン元大統領と異なる。ダートマス大学のダグラス・アーウィン教授は「トランプ大統領の発言からも、大統領は最終的に保護主義的政策導入を図る目的で同政策に関心がある」と述べている(フォーリン・アフェアーズ誌、2017年4月17日付)。現在、議会では自由貿易推進派が主導権を握る一方、大統領が保護主義的政策を推進しており、レーガン政権時代とは議会と大統領の立場が逆転している。このように80年代と状況は異なるものの、トランプ政権は今後、「管理貿易」をレーガン政権と結びつけて「米国を再び偉大に」する政策として国民に訴えていくであろう。
◆国際貿易体制に影響を及ぼすトランプ大統領と中国
今日、保護主義的政策を掲げるトランプ政権下、米国は世界の自由貿易体制の指導的立場を失いつつあるだけでなく、その体制維持まで懸念が広まっている。ワシントンポスト紙のマット・オブライエン経済記者は「自由主義に基づく国際秩序は、世界に広まった共産主義と死活の闘争を経て生き延びることができた。しかし、トランプ大統領という好敵手に出会ったのかもしれない」と述べている(同紙、2018年3月29日付)。
トランプ政権の保護主義的政策とは別に資本主義諸国の中長期的な共通懸念は、世界経済への影響力が拡大している中国の国家資本主義を、どのようにして国際貿易体制下で公正な貿易慣行へと修正させていくかということだ。この懸念は年々、高まっている。オバマ前政権は他の資本主義諸国と連携し中国に圧力をかけることで解決を狙っていた。2017年12月、米政権はアルゼンチンで開催のWTO閣僚会議に合わせ、中国の不公正貿易慣行への対処についてEU・日本と協力を強化することに合意した。だが、その後、トランプ政権は鉄鋼やアルミ製品に対して232条を発動し米国単独で中国に対抗、同盟国などにも被害が及び、信頼を失う事態を招いている。前述のアーウィン教授は80年代の301条発動による一方的な米通商政策が、各国が連携してガット・ウルグアイラウンドでルールに基づく国際貿易体制を構築しようとするインセンティブになったと分析している。2018年4月3日、トランプ政権は301条に基づき500億ドル規模の対中輸入に対する関税適用品目リスト案を発表した。歴史が繰り返されることがあるとすれば、今後、改革が進まず時代遅れとなったWTOは、国家資本主義中国の台頭と保護主義的政策を掲げるトランプ大統領に刺激を受け、80年代と同様に新たな改革機運が高まるかもしれない。
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