米中貿易戦争、どちらが勝利するか
コラム
2018年04月18日
米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司
2018年3月、トランプ大統領は貿易赤字を抱える米国にとって「貿易戦争は良いこと、そして勝利するのは容易」と自らのツイッターで発信した。同年4月3日、米通商代表部(USTR)は1974年通商法301条(以下、301条)に基づき約1,300品目の中国からの輸入品に対し追加関税を適用する案を明らかにし、翌4日、中国はほぼ同額の約500億ドルの対抗措置を発表した。そして翌5日、トランプ大統領は中国の対抗措置に反発し1,000億ドル規模の追加関税案についてUSTRに検討するよう指示し、米中貿易戦争懸念の高まりで米株式市場は暴落した。両国指導者のいずれも自国の方が貿易戦争で優位と捉えていることからも、今後、米中貿易摩擦は避けらない模様だ。GDPで世界1位と2位の米中両国が仮に報復合戦を開始、つまり貿易戦争に突入した場合、両国経済だけでなく世界経済に与える影響は大きい。従い、貿易戦争は当事者である米中双方のみならず、最終的には全世界が敗者になることも危惧される。
◆避けられない米中貿易摩擦
米中貿易摩擦はトランプ政権発足後に始まったことではない。301条調査報告書でトランプ政権が問題視している中国の知的財産権侵害や強制技術移転など中国の国家資本主義に起因する慣行に対しては、近年、世界経済における中国台頭とともに自由貿易派・保護貿易派を問わず超党派で懸念が高まりつつあった。改革が遅れているWTO体制では今日の中国の国家資本主義に基づく貿易投資政策に十分対応できていない。2016年大統領選で、中国からの輸入拡大で被害を受けたと捉えられている産業が多く立地するラストベルト地域などにいる労働者階級の支持も得て当選したトランプ大統領は、政権発足直後にTPP離脱を発表し、対中政策では主に米国の一方的措置といった他の手段で対抗せざるを得なくなった。(2017年3月27日付記事参照)
米国が中国の不公正貿易慣行を認められない背景には、知的財産権侵害や強制技術移転などを防ぐことは米国の中長期的な競争力を維持することに直結するという理由がある。一方、中国も製造業振興策「中国製造2025(メイド・イン・チャイナ2025」)」を掲げており、自国の将来にとって先進的技術の獲得・囲い込みの重要性は高いと認識している。「両国はイノベーション戦争で自ら降伏することはない、またはすべきでない。降伏は21世紀を放棄すること」とフィナンシャルタイムズ紙(2018年4月10日付)は記述している。
2018年4月10日、習近平国家主席が博鰲(ボアオ)アジアフォーラムで演説した後、市場は中国は開放路線を推進すると評価し、株価は一時回復した。だが、エバン・メデイロス元米国家安全保障担当大統領特別補佐官兼アジア上席部長は「(習主席の)演説では、米国が追加関税発動をやめる判断を下すような内容は含まれていなかった」と指摘している(CNBC、2018年4月10日付)。今後、両国が協議し、米国は一部品目を除外する可能性もある。だが、上述の通り両国が譲歩できない中、現状では米国は301条に基づき、何がしかの追加関税を発動し、その後、中国が約束通り同等の追加関税を対抗措置として発動する可能性が高い模様だ。
◆経済面では米国が優勢か
2018年4月に中国が発表した追加関税案(約500億ドルの輸入を対象)は、米国の対中輸出(約1,300億ドル)の約38%を占める。仮にトランプ政権が1,000億ドル規模の追加関税を発動した場合、中国は米国に対抗して米国の対中輸出に対して追加関税を適用しようとしても米国と同等レベル(約1,500億ドル)までカバーすることができない。なお、中国の対米輸出(約5,060億ドル)は、中国のGDP総額(約12兆ドル)の約4%を占める。
一方、米国が発表した追加関税案(輸入1,300品目を対象、2017年輸入実績では約460億ドル)は、米国の対中輸入(約5,060億ドル)の約9%に過ぎない。なお、米国の対中輸出(約1,300億ドル)は米国のGDP総額(約19兆ドル)の1%弱と、中国の同数値と比べても小さい。これら経済数値を比較する限り、貿易戦争に発展した場合は中国の方が米国よりもダメージが大きいとみられる。ただし、通商政策の不確実性の高まりによる株価下落などは消費者や企業のマインドを悪化させ、消費や投資にも響き、米経済が悪影響を被る可能性がある。
◆政治面では中国が優勢か
たとえ対中貿易が米国経済全体に占める割合が小さいとしても、中国と比較して政治面ではトランプ政権への打撃は大きいと指摘されている。中国は対米報復措置として米国にとって政治的に影響が大きい品目を標的にしている。中国が意図的に標的を絞っている品目に民間航空機が含まれる。「米国最大の輸出製造業者」と称するボーイングは、2017年輸出の約4分の1が中国向けであった。また、世界でも中国は航空機市場が急成長している市場のひとつで、米中貿易戦争でボーイングが標的になった場合、同社ビジネス、雇用に多大なダメージを与える見通しだ。ボーイングは約14万人の雇用を抱えており、米国の鉄鋼生産業界の雇用規模と同水準だ。従い、雇用創出を重視するトランプ政権にとって、ボーイングの中国市場向け輸出維持の重要性は大きい。だが、ボーイングが関税コストを吸収しない場合、中国はボーイングからエアバスに調達先を変えてしまうリスクも指摘されている。また農畜産物の輸出で、中国は共和党議員やトランプ大統領の支持者が多い選挙区を標的にしている。中国が標的にしている品目の一つが大豆で、米国の大豆輸出の約半分は中国向けであり、貿易戦争によって中国がブラジルなど他国に調達先をシフトする可能性もある。
前述の通り、米国の対中輸出は中国の対米輸出と比べて規模は小さい。だが、このように中国政府は特定の産業に報復措置を絞っていることから、既に対象となっている産業はトランプ政権そして大統領本人に対し積極的なロビー活動を展開している。「Farmers for Free Trade(自由貿易を推進する農家)」は2018年3~4月にかけ、中国との貿易戦争がもたらす悪影響を懸念するテレビ宣伝広告をトランプ大統領のいるワシントンDCと休暇を過ごす大統領の高級別荘「マールアラーゴ」のあるフロリダ州パームビーチで放送している。また、農業以外でも、全米小売業協会(NRF)をはじめ100を超える業界団体が米国の対中追加関税に反対し、ロビー活動を開始している。このようなロビー活動の広まりが、大統領あるいは政権の通商政策に影響を及ぼす可能性は大いにある。ダウ平均株価指数は米国を代表する企業30社の株価の平均を計算しているが、その中にはボーイングも含まれる。政権発足以降、支持率が低迷するトランプ大統領は、直近まで上昇傾向であった株価を自らの支持率に置き換えてアピールしてきたことから、対中貿易摩擦による株価への影響をいずれは考慮するのではないだろうか。
一方、中国では共産党の一党支配の下、任期が撤廃された習近平国家主席が強固な政治体制を確立している。中国は民主主義国と比べ不透明な政治システムであり、メディアなどの言論を政府が統制していることからも、政策に反発する声を政府が抑えることが容易だ。そして中国政府は国内経済についても影響力が比較的大きい。関税によって被害を受ける工場の雇用保護のために中国政府は政府補助を実施することが容易であることから、米国と比較し、国内からの批判を抑えやすい。更には、中国は上記の関税以外にも、対抗措置として中国内で事業を行う米企業に対する規制強化、許認可の差し止め、中国市場への参入の阻止、自国通貨切り下げなど様々な手法で米企業や米経済に影響を与えることが可能だ。
2018年11月の米中間選挙に向け、トランプ政権そして議会共和党は、税制改革や規制緩和によって米経済は好調に推移していることを強調することが見込まれる。だが、今後、米中貿易摩擦などによる市場の不安定性が好調な経済の足を引っ張り、国民がトランプ政権や議会共和党の経済政策に懸念を高めるリスクが潜在している。
◆米国の単独行動では、米中ともに敗者に。対中政策でTPP誘導を狙う自由貿易推進派
米中貿易戦争は米国ではなく、中国が相当前に始めたとウォール・ストリート・ジャーナル紙のグレッグ・イップ経済担当チーフコメンテーターは語っている。オバマ前政権では中長期的に中国が自らの不公正貿易慣行を正さなければ環太平洋の貿易圏に参加できないようTPPで対抗する戦略をとってきた。だが、トランプ政権ではそのような中長期的な戦略は不在だ。前述の通り、米国は単独で一方的な通商政策を発動することで、中国だけでなく、米国にも大きな被害が及ぶことが懸念されている。
トランプ政権は短期的視野で自国産業保護を追求することで、中国の国家資本主義に対抗するため連携して自由貿易を推進できる欧州や日本など同盟国の信頼を失いかねない状況にある。1962年通商拡大法232条に基づき国家安全保障を理由とする輸入制限措置で、現在、米国は関税を免除するための交渉を世界各国と行っているが、それにより本来なら国家安全保障で協力関係にある同盟国とも軋轢が生じている。
2017年、米議会では税制改革や医療保険制度改革などに焦点があてられ、通商政策は多くの議員の主題ではなかった。だが、301条を巡るトランプ大統領の対中追加関税の発表で状況は一転した。今日、議員の多くが地元の雇用への影響を懸念し、反発する動きを見せ始めている。2018年4月12日、トランプ政権の対中通商政策に懸念を募らせる農業州出身の自由貿易推進派の共和党議員や州知事が、ホワイトハウスで大統領や側近と面会した。共和党議員や州知事はトランプ大統領との面談で、米国の単独行動ではなくTPPなど多国間連携による圧力こそ、中国の国家資本主義の問題解決手段であることを訴えた。大統領の出身政党の説得が功を奏したのか、同会合の場で大統領は同席していたロバート・ライトハイザーUSTR代表とラリー・クドロー国家経済会議(NEC)委員長に対し、TPP復帰検討について指示した。大統領もTPPの重要性を認識し始めたのかどうか不透明だが、通商政策に関わる政権幹部の話では、2018年1月、ダボス会議で大統領がTPP復帰を示唆した発言は政権内で十分に議論された結果であるという。米国経済と中国経済は世界経済の約4割を占め、両国経済の悪化は世界経済にも即時波及する。301条発動決定の期限を迎える今夏にかけ、クドローNEC委員長やスティーブン・ムニューシン財務長官など政権内の自由貿易推進派が、対中通商政策で議会や州知事、産業界などと連携し、大統領を説得できるかが重要だ。つまり、中国に対する圧力強化で、追加関税にこだわる大統領を、自由貿易推進派が、多国間連携による中長期的な解決手段に誘導できるかが、米国のTPP復帰、米中貿易摩擦、そして世界経済の行方を左右するだろう。
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