徐々に明らかになるトランプ政権の通商政策の方向性~「米中冷戦」突入の兆し~

2018年10月15日

米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司

ホワイトハウスの近くにあるファラガット広場(筆者撮影)
ホワイトハウスの近くにあるファラガット広場(筆者撮影)

 これまで、トランプ政権の通商政策には中長期的戦略が不在で一貫性がないとの見方が支配的であった。貿易政策を巡り政権内で保護貿易派と自由貿易派の対立があったからだ。だが、2018年春のゲーリー・コーン前国家経済会議(NEC)委員長退陣が象徴するように、ホワイトハウス内の貿易戦争は保護貿易派が事実上勝利し、それ以降、保護貿易派が影響力を保持している。政権に残っている自由貿易派のスティーブン・ムニューシン財務長官が市場への影響懸念から今夏、米中貿易摩擦の早期解決を試みたものの、通商政策における同長官の影響力は小さく失敗に終わった。この状況下、2018年9月30日の新NAFTA(USMCA)合意後、米政権幹部が推進する通商政策が収斂し、政権内で共通の中長期的戦略が徐々に明らかになりつつある。保護貿易派のロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表、ウィルバー・ロス商務長官に加え、自由貿易派であるものの大統領の政策には反発しないラリー・クドロー国家経済会議(NEC)委員長などの通商政策に関わる米政権幹部は、交渉を妥結しつつある各国・地域と米国が連携して中国を封じ込め、中国の不公正貿易慣行の解決に取り組む戦略を公の場で示唆し始めている。トランプ政権1期目の折り返し地点に間もなく到達する今日、同盟国などとの貿易摩擦を徐々に解消する可能性が見えてきた米政権だが、一方で今後「米中冷戦」に突入する兆しも見えてきた。

 

 

トランプ政権の追加関税策の限界

 2017年1月、トランプ政権は発足から僅か3日後に選挙中の公約であったTPP離脱を発表した。その結果、米国はTPPというハイスタンダードの経済圏をアジア太平洋地域で構築することによって中国を市場から締め出し、中国の国家資本主義に起因する不公正貿易慣行を中国が自発的に改革することを促す「アメ戦略」を放棄した。そして、同政権は主に1974年通商法201条(セーフガード)、1962年通商拡大法232条、そして1974年通商法301条に基づく追加関税で中国の不公正貿易慣行を米国単独で取り締まる「ムチ戦略」に切り替えた。最も対象貿易額が大きい301条では、中国による知的財産権侵害や強制技術移転についても、米国は追加関税をテコに同慣行を変えさせようとしている。

 

 だが、米国の追加関税に対し、中国は報復措置を発動して抵抗し、米国が問題視している不公正貿易慣行を変える可能性が低いため、米国の追加関税による単独行為の効果については懐疑的な見方が支配的だ。

 更には、中国の報復措置によって影響が及んでいる米国内業界からも反発の声があがっている。2018年9月、米国の小売産業の業界団体が結成した連合「自由貿易を支持する米国民(Americans for Free Trade)」と米国の農業の業界団体が結成した連合「自由貿易を支持する農家(Farmers for Free Trade)」がトランプ政権の追加関税政策に反対するロビー活動「関税は米中心部を害する(Tariffs Hurt the Heartland)」を開始した。ロビー活動の最終的な狙いはトランプ大統領の通商に関する考え方に影響を与えることだ。同活動では、中国との貿易戦争がもたらす悪影響を懸念するテレビ広告を、ホワイトハウスのあるワシントンDCとトランプ大統領が主に休暇を過ごす高級別荘「マールアラーゴ」のあるフロリダ州パームビーチの2か所に絞って放送している。そして、同ロビー活動では、大統領の再選に重要な10州を選定し、同州でトランプ政権の通商政策の被害を受けている有権者の声を大統領に伝えることを行っている。このような米国内のロビー活動の広まりが、大統領の支持率や米国の株価などに影響することで、大統領が推進する対中追加関税による通商政策に影響を及ぼす可能性は大いにあるであろう。

 

 

同盟国と連携し「中国封じ込め戦略」を狙うトランプ政権通商幹部

 米国の追加関税で中国の不公正貿易慣行を是正するには限界がある中、米政権通商幹部は今後、米国は日本やEUなど各国との早期FTA交渉妥結を目指し、それら締結国との連携による「中国封じ込め戦略」に基づき対中通商政策の解決を図ることを狙っている。2018年10月2日、クドローNEC委員長はUSMCA、米EU貿易交渉、日米貿易交渉を通じて米国政府は中国に対抗する「主な同盟国との統一戦線を張る」と発言した。ロス商務長官も同月5日、USMCAで新たに追加した条項に触れ、クドローNEC委員長の語った「同盟国との統一戦線」について詳細を語った。USMCAでは加盟国と連携して中国に対抗する条項を追加した。USMCAは加盟国が中国とのFTA交渉の段階では他のUSMCA加盟国に通知だけを義務付けているが、FTA締結の段階では他のUSMCA加盟国が6か月前に通知することでUSMCAから離脱できる条項を含めた。カナダやメキシコなどの加盟国が中国とFTAを締結することを現実的に困難にする、一部では内政干渉とも批判される内容だ。ロス商務長官は今後、米政権が交渉する日本やEUなどとのFTA交渉でも、USMCAに盛り込まれた同合意条件を雛形とすることを示唆しており、米国と各国とのFTA交渉を通じて中国を孤立させる方針のようだ。なお、これら対中強硬策でトランプ政権が重視するのは米国に製造拠点を戻すことであり、中国で活動する企業に対しては、中国企業か欧米企業かの国籍を問わず厳しい対策を打ち出している。ウォール・ストリート・ジャーナルのグレッグ・イップ経済担当チーフコメンテーターは、対中強硬派の関税やその他罰則の狙いは、最終的に中国とのサプライチェーンを寸断することだという。スティーブ・バノン元首席戦略官・上級顧問もトランプ政権の狙いは発足時から米企業の対中投資を引き戻し世界のサプライチェーンを作り変えることだと語っている。今日、同政権は中国で活動する米企業にこの方針を既に伝達し始めているという。トランプ政権の進める対中強硬策は、戦後長年見られたグローバル化に逆行する動きだ。忘れてはならないのが、トランプ政権が再選で意識する支持基盤は米経済を牽引する主流派のビジネス界ではなく、2016年大統領選で当選に導いたラストベルト地域在住の白人労働者などであることだ。仮に中国が不公正貿易慣行を是正せず抵抗し続ければ、世界経済は米国を中心とした経済圏、そして中国を中心とした経済圏に分断される可能性もある。

 

 トランプ大統領が米国を代表する中国専門家と称した米ハドソン研究所のマイケル・ピルズベリー上級研究員は、米中貿易戦争で米国がとるべき戦略について中国の囲碁に喩えている。同氏は「中国人は囲まれると、示談に持ち込む」とウォール・ストリート・ジャーナル紙に語っている。大統領が信頼するピルズベリー上級研究員はホワイトハウスに常時、出入りしているという。現在、対中政策で政権が推進している「封じ込め戦略」では、政権に近い中国専門家である同氏の考えも反映されている可能性があろう。

 

 

不確定要素は強硬な交渉姿勢と大統領の関与

 「中国封じ込め戦略」の有効性には2つの不確定要素がある。1つ目は米国が同盟国などと連携して中国の不公正貿易慣行に対抗することが可能かどうか不透明な点だ。ライトハイザーUSTR代表が、1980年代以降多用している得意技である「関税で威嚇して相手の譲歩を導き出す」という手法をEUや日本との交渉にも活用することが想定される。今後、米国がEUや日本などの同盟国に232条(自動車)などの追加関税に基づく強硬姿勢で交渉を行い関係が悪化した場合、その後遺症で米国が対中政策でこれら同盟国と連携することが難しくなる恐れがある。

 

 2つ目が、そもそも通商政策の最終決定を行っている大統領がこのような政権幹部が構想する対中戦略に基づいて通商政策を進める意思があるかどうか不明な点だ。過去の米政権では通商政策で大統領の関与は限定的であった。大統領は事務方に交渉を任せ、USTR代表が通商交渉全体の首席交渉官であった。スーザン・シュワブUSTR代表(任期:2006~09年)は、WTOドーハ・ラウンド交渉時にジョージ・W・ブッシュ大統領からは「(米国にとって)最良のディールを獲得せよ」との指示があっただけで、あとは政府職員に交渉を任せたと、当時を振り返って後年語っている。だが、トランプ政権下の米通商政策は状況が大いに異なる。2000年にトランプ氏が発行した書籍『我々にふさわしいアメリカ』で、同氏は「自らが大統領に当選した場合、自らをUSTR代表に指名する」と述べ、「日本、フランス、ドイツと個人的に交渉する。彼ら貿易相手はテーブルを挟んでドナルド・トランプの真向かいに座り、米国を略奪する行為をやめることを保障する」と語っていた。今日、トランプ大統領は通商交渉に深く関与し、実質、米国の首席交渉官となっており、2000年の書籍の執筆内容が現実のものになっている。大統領は同盟国を含む世界各国が貿易面で米国をうまく利用し、米国は損しているとの考えを長年保持している。従い、中国を封じ込めるという政権の通商幹部が推進する中長期的な通商政策を大統領が後押しするかどうかは不透明だ。2018年10月、大統領はカンザス州で行われた支持者集会で中国に対する米国の貿易赤字について問題視し、米中間で何らかの合意に至る可能性も述べた。従い、トランプ大統領が常に称賛する習近平国家主席と、今後、首脳会談で貿易赤字削減を実現する中国の輸出自主規制や輸入自主拡大などの管理貿易を含む内容で合意に至り、「米中貿易摩擦を解消した」と訴える可能性もあり得る。

 

 

新たな覇権争いが始動:安全保障・貿易摩擦の両面を兼ね備えた「米中冷戦」

 今日、世界では新たな覇権争いが展開されている。米国の過去政権でも徐々に懸念が高まっていた米中間の摩擦はトランプ政権発足とともに一気にエスカレート。第2次世界大戦後、この種の覇権争いは見られなかった。戦後の米ソ冷戦は「資本主義vs共産主義」と「自由主義vs社会主義」という政治経済体制の対立であったが、米ソ両国の貿易関係は希薄であったことから貿易戦争には発展しなかった。一方、1980年代の日米貿易摩擦は同盟国間であったことから安全保障面や政治経済体制での対立は起きなかった。

 

 だが、現在の米中覇権争いは、安保・政治経済体制の対立と貿易摩擦の両面を兼ね備えた、戦後、世界が経験していない覇権争いだ。知的財産権侵害、強制技術移転といった米企業などに悪影響をもたらす問題以上に、中国が技術を軍事に転用することによる両国間の安全保障問題へと発展している。また、米中間では、中国軍に対する制裁、チベットや新疆ウイグル自治区、台湾、南シナ海、東シナ海を巡る人権・宗教・安全保障問題など多くの対立が浮上している。2018年10月、ペンス副大統領もこれら問題について中国批判を展開した。同月、米国防総省がまとめた国内軍需産業基盤に関する報告書でも米軍需産業の一部素材が中国からの供給に依存している点などを指摘し問題視した。中国では企業と国家の境目が明確でないことから、この覇権争いは米中貿易摩擦にとどまらず、地政学的問題でもあるため、当面解決は見込めない。オバマ政権時代、米国家安全保障会議(NSC)の元アジア上級部長を務めたジョージタウン大学外交政策大学院のエバン・メデイロス教授も、NAFTAなど各種貿易協定の合意はトランプ政権の支持基盤である農家などからの圧力を緩和し、同政権の対中強硬策を後押しするであろうと予想している。

 

 今後、当面の間はトランプ政権の通商政策で対中強硬派が影響力を保持し、政権幹部が「中国封じ込め戦略」を主導していく可能性が高い。本来、TPPをテコに中国が市場参入のため自発的に改革を進めざるを得なくすることを狙った「アメ戦略」が中長期的にはベストだと、いまだに多くの専門家が捉えている。一方、トランプ政権がTPPに盛り込んだ内容を一部含んだ2国間FTA締結をアジア太平洋地域で進め、強硬な追加関税策などによる「ムチ戦略」で徐々に中国を孤立させる手法はセカンドベストと捉えられている。2018年初め、ホワイトハウス内の貿易戦争において政権内の自由貿易派が保護貿易派に敗れて以来、トランプ大統領の足枷がはずれて、トランプ政権は保護主義的な通商政策を次々に実行に移し、米通商政策への保護主義推進派の影響力が急速に拡大した。今後は前述の通り貿易をはじめとする「米中冷戦」が始まる兆しだ。勿論、業界や有権者からの圧力によって大統領の政策は軌道修正される可能性があり、実際、NAFTA再交渉でも、その影響で米国のNAFTA離脱は回避され、協定の大幅な修正は免れる見通しと考えられている。20世紀初め以降の各種の法改正で議会から政権への通商権限が移譲されたことにより、今日、通商政策では大統領の保有する権限が強大であることからも、今後を見通す上で、引き続き実質的な首席交渉官であるトランプ大統領の言動に注目が必要だ。

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