中間選挙後の米通商政策~ねじれ議会で大統領はますます強硬策発動のリスクも~
2018年10月17日
米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司
2018年11月6日、米中間選挙が開催され、上院では100議席の約3分の1の議席(補欠選挙も含め35議席)、下院では全議席(435議席)が改選される。中間選挙の最新世論調査では、下院は民主党が過半数を奪還するも、上院は共和党が過半数を維持するとの見方が支配的だ。仮に下院を民主党が奪還した場合、トランプ政権の通商政策にも影響が及ぶことが見込まれる。
◆米中間選挙の行方
ワシントンの政治アナリストの間では中間選挙では「青い波(ブルー・ウェイブ:青は民主党のシンボルカラー)」が到来し民主党が下院を奪還するも上院は共和党が維持するといった見方が支配的だ。政治経済などの統計分析に定評があるウェブサイトの「ファイブサーティーエイト」の最新分析(2018年10月11日時点)では、下院で民主党が過半数を獲得する確率は77%、共和党は23%(次期議会下院予想議席数(現在、空席7議席):民主党:230議席(現在から+37議席)、共和党:205議席(▲30議席))だ。一方、上院で共和党が過半数を獲得する確率は81%、民主党は19%(次期議会上院予想議席数:共和党:52議席(+1議席)、民主党:48議席(▲1議席))と予想している。
上院では民主党は中間選挙で現状から2議席増やせば過半数(51議席)を獲得できる。だが、2議席とはいえ、至難の業だ。民主党は、改選35議席中現有の26議席を守った上で更に2議席を増やさねばならないのに対し、共和党は改選議席中現有の9議席だけ守ることで過半数を維持できるからだ。更に詳細を見ると民主党が守らなければならない26州のうち、共和党支持傾向が強いレッドステートを含む10州はトランプ大統領が2016年大統領選で勝利した州だ。しかも、10州のうち5州でトランプ大統領は2桁の得票率の差で勝利している。このように上院の接戦州では競争環境が既に共和党有利になっている。それに追い打ちをかけたのが、ブレット・カバノー最高裁判事承認を巡る共和党と民主党の対立だ。同承認プロセスが米全土で連日放送されたことで、両党の支持基盤を中心に中間選挙への関心が高まっている。なお、ロイター通信によるとカバノー最高裁判事の指名承認公聴会の視聴者は約2,000万人にも上った。全米で視聴率が最も高いスーパーボウルの約1億1,000万人には到底及ばないが、公聴会で珍しく視聴率が高かったことから、「悲しいスーパーボウル」とも揶揄された。上院選で接戦州の多いレッドステートではカバノー最高裁判事承認を巡り共和党有権者の中間選挙への関心が高まっており、共和党候補の勝率が上昇傾向にある。
一方、下院では社会の分極化によって接戦選挙区が年々少なくなっている中、今回の中間選挙で接戦になるのは僅か31選挙区とクック・ポリティカル・レポート(2018年10月3日時点)は予想している。民主党が下院で過半数に達するには現有議席数に加えて新たに25議席も獲得する必要がある(うち2議席は現在空席の民主党が強い選挙区であるため、民主党は実質23議席ほど共和党から奪えば過半数獲得可能な見通し)。だが、カバノー最高裁判事承認を巡って上院では共和党に吉と出るも、下院ではその逆の凶と出る可能性が指摘されている。下院では接戦選挙区の多くが郊外にあり、カバノー最高裁判事承認で被害者側の女性に同情している郊外に住む女性有権者の支持を集め、下院は民主党候補の勝率が上昇傾向にある。更には大統領支持率が40%前後で低迷する中、伝統的に支持率が低い大統領の政党が下院で苦戦する中間選挙では民主党が有利になる。勿論、中間選挙までまだ1か月弱あり、スキャンダル、戦争、テロ事件、経済危機などその他の想定外の要因によって戦況が変わる可能性はあるが、次期議会では上院は共和党が過半数を維持し、下院は民主党が過半数を奪還するといったねじれ議会になる可能性が高い。
◆米中間選挙後の各国との貿易摩擦の行方
仮に「ブルーウェイブ」に乗った民主党が下院を奪還し、ねじれ議会になった場合、重要法案の可決が困難になることが見込まれる。その場合、トランプ大統領は自らの裁量で政策を実行に移すことができる通商政策やその他外交政策に注力する可能性がある。2018年10月10日、ライトハイザーUSTR代表は上院との会合でEUや日本との貿易交渉に加え、ブレグジット後の英国、フィリピンなどを直近の貿易交渉候補として挙げ、EU、日本、英国との貿易交渉については貿易促進権限(TPA)法に基づき、近々、交渉開始の意思を議会に通知する方針だ。米政権はこれまでの韓国とのFTA再交渉やNAFTA再交渉と同様に、EUや日本にも1962年通商拡大法232条(自動車)などの追加関税発動の脅威を武器に相手を威嚇し、譲歩を引き出そうとすることが予想される。EUや日本はメキシコ・カナダに比べ、米国への貿易依存度が低く貿易が多角化していること、国際貿易体制維持を重視していること、域内や国内の抵抗勢力も強固であることから、米国が譲歩を引き出すことは容易ではない。なお、EUや日本との交渉と同時並行で、米国は中国に対して強硬策を発動することが見込まれる(2018年10月15日記事参照)。
仮に「青い津波(ブルー・ツナミ)」が押し寄せ、民主党が上下両院を奪還した場合、どの程度の差で民主党が勝利するかにも影響されるが、一部の共和党議員はトランプ大統領の通商政策が共和党敗北の理由の1つと考慮し、民主党と連携してトランプ政権の通商政策に反発を始める可能性を、一部専門家は指摘する。仮にトランプ大統領が232条(自動車)追加関税を多くの国に発動したり、対中追加関税を大幅に拡大し貿易戦争長期化で有権者に被害を与えたりして、米経済悪化をもたらした場合、議会は超党派でトランプ大統領の通商権限を制限する法律を、大統領拒否権を覆すのに必要な3分の2の票で可決する可能性もあろう。だが、民主党が上下両院を奪還したとしても、トランプ政権が推進する対中通商政策を緩めることは考えにくい。ギャラップの世論調査(2018年6月18~24日)では、米国民はカナダ(65%)、EU(56%)、日本(55%)との貿易については公正であると回答しているが、中国については米国民の僅か30%だけが公正と答え、不公正と答えたのが62%にも上り、中国に対する強硬な通商政策は米国民からもある程度支持されていると想定されるからだ。
なお、仮に共和党が上下両院の過半数を維持した場合、これまでの共和党主導の議会運営と状況は変わらず、議会はある程度けん制するものの、トランプ大統領の通商政策への抵抗は民主党議員と一部の共和党議員に限られる見通しだ。
◆米中間選挙後の新NAFTA(USMCA)の米議会批准見通し
仮に下院または上下両院を民主党が奪還した場合、民主党はトランプ政権のUSMCA施行法案を容易に可決することは許さないことが予想される。下院を牛耳る民主党は、(1)大統領が提出するUSMCA施行法案を含む主要な法案全てに反発するか、(2)USMCAの再交渉を政権に対し要請する可能性がある。
大統領候補の多くは中間選挙実施の翌春に立候補を正式に表明する。従い、2020年大統領候補は中間選挙直後から大統領検討委員会を設立し検討を開始し、2019年春頃に正式に立候補を表明する。大統領選に国民の注目が集まることによって、既に超党派で物事を進めることが難しい米議会はますます、2極化が進む。TPA法のスケジュールに従えば、USMCA施行法案は、2019年1月開会の次期議会で審議される可能性が高い。大統領候補が立候補を表明し、2020年大統領選への意識が高まる中、民主党はUSMCA施行法案のような重要法案を支持し、トランプ大統領に「勝利」を与えることは、支持基盤の反感を招くリスクがある。USMCAの労働や環境分野などは共和党ではなく民主党が伝統的に支持してきた政策に近い内容が多く含まれている。だが、民主党内では、政策内容以上にトランプ大統領への反発が強い。民主党は、トランプ政権が交渉中に議会と十分に協議しなかったことを問題視、あるいは改善内容に関係なく労働や環境分野で施行面など何かしら欠点を見つけ、議会で大統領に勝利を与えたくがないために批准を阻止する可能性がある。分極化社会で民主党、共和党はそれぞれ部族意識が高まっている。米国社会は三権分立に基づき、行政、立法、司法がそれぞれ独立し、お互いの権力を抑制し均衡するシステムを建国の父が取り入れた。だが、今日、民主党と共和党の部族意識の高まりで、同システムの機能に疑問符が投げかけられている。2018年10月のカバノー最高裁判事指名承認によって、本来は政治から独立しているべき司法も共和党保守派寄りに傾き、民主党支持基盤を中心にその独立性に対する懸念が高まっている。民主党支持基盤の怒りの矛先はトランプ大統領に向かい、民主党議員が大統領の推進する政策を支持することは将来自身の議員再選を妨げる自殺行為になりかねない可能性がある。
民主党が仮にUSMCA施行法案可決に協力する戦略を選択した場合、自らの望む内容を新協定に盛り込むよう要請することが大いに考えられる。その場合、民主党はトランプ政権に対し、労働や環境分野などでカナダとメキシコとの再交渉を要請し、USMCAの本文あるいはサイドレターに要請内容を含まれなければ下院で批准しない可能性がある。上院民主党トップのチャック・シューマー院内総務はトランプ政権がUSMCA署名後、労働分野の施行面での強化などを条件に議会で共和党に協力する方針を示している。一方、下院民主党トップのナンシー・ペロシ院内総務はより慎重だ。ペロシ下院院内総務は「NAFTAを見直すことは、米国の労働者の賃金を引き上げ、労働基準を施行可能とし、米農業にとって公正を保証し、経済成長と環境保護の関係を認知すること」と述べた上で民主党はUSMCAの協定文を分析し、関係者と協議する必要性を訴えている。民主党支持基盤の労働組合であるアメリカ労働総同盟・産業別組合会議(AFL-CIO)のリチャード・トラムカ会長は「労働者が最終判断するには、詳細について詰めなければならない箇所が多過ぎる」とコメントし、現行の協定文では支持しないことを既に表明している。2008年4月、当時下院で過半数を握っていたペロシ下院議長率いる民主党は、米・コロンビアFTAに反対する支持基盤の労働組合や人権団体からの声に応じ、同FTAの下院での投票を永久的に延期することを採決し実行した。仮に今回の中間選挙で民主党が下院を奪還し、USMCAについて明白な評価をしていない労働組合や環境団体が条項の一部を問題視し、反対を表明した場合、下院民主党指導部は時間をかけて審議し、政権に対し修正を要請するなどの作戦に出る可能性は大いにある。
2018年10月1日、トランプ大統領は「議会に提出するものは全て問題に直面する」と語り、議会批准が容易でないことを既に察している。議会批准が進まない場合、ワシントンの有識者、業界関係者の間でリスクとして懸念されているのが、トランプ大統領が現行NAFTAからの離脱をカナダとメキシコに通知することだ。それによって、議会は北米地域の貿易協定が存在しない状態かトランプ政権が合意に至ったUSMCAかのどちらかを選択することを迫られる。ビジネスへの影響が懸念されるため、議会はUSMCAを批准せざるを得ない事態に発展する可能性もある。あるいはUSMCAの批准が進まない中、大統領が現行NAFTAからの離脱を通知するものの、米国内法によって現行NAFTAは多くの部分が残った状態のまま、大統領が自らの権限で変更可能な関税などを引き上げる一方、大統領のNAFTA離脱権限について司法で争われ続けるといった「ゾンビNAFTA」状態化するリスクに直面する可能性もある。
仮に中間選挙で民主党が下院あるいは上下両院を奪還した場合、共和党は次期議会が開会するまでのレームダック会期中、すなわち共和党がまだ引き続き多数派である間にUSMCA施行法案可決を目指す可能性も一部の共和党議員は示唆している。だが、TPA法上、米国際貿易委員会(ITC)の調査は最長105日かけることができ、ITCが調査期間の短縮に応じない可能性がある。TPP署名後、ITCはオバマ政権が要請した調査短縮に応じなかった経緯があり、USMCAでも同様のことが想定される。10月16日、上院共和党トップのミッチ・マコネル院内総務はレームダック会期内での可決の可能性を否定した。だが、もし仮に共和党指導部がITC調査を無視しレームダック会期内で可決を目指した場合は議会審議を短縮することに共和党議員の間からも反発が生まれ、法案の中身ではなく審議プロセスに反対する議員多数で否決になる可能性も大いにある。
表の通り、TPA法に基づき議会本会議へのUSMCA施行法案提出は早ければ2019年3月半ばあたりの可能性があるが、本会議提出前に模擬審議などを通じて議会が再交渉・一部修正の要請を行う可能性がある。その場合、議会本会議提出までの期限設定がない中、歴代政権が経験したFTA交渉・批准過程と同様に、施行法案提出前の審議に時間を要することも大いに考えられる。本会議にUSMCA施行法案が提出された後、初めて最長90日という議会審議の締め切りが設けられ、施行法案の修正なしで採決となる。従い、特に下院または上下両院を民主党が奪還した場合、本会議への同施行法案提出までは議会は憲法で認められている通商権限(米国憲法第1 章第8 条)を行使し、民主党が勝ち取れる他の案件で共和党の協力を得るなど政治的取引がない限りは、施行法案提出前の審議に時間をかける可能性が想定される。
上記の通り、中間選挙結果はトランプ政権の通商政策を占う上で極めて重要だ。最新予想では、2019年以降、ねじれ議会になる可能性が高い。分極化した社会で保護主義を支持するポピュリスト大統領の下でねじれ議会が生じることは米国史上初の現象であり、トランプ大統領の政権運営の行方は不透明感を増す。大方の予想通り民主党が下院を奪還した場合、米通商政策でトランプ大統領がますます強硬策を打ち出すリスクが高まり、USMCAの議会批准はより困難になる見通しだ。
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