中間選挙後の米経済政策見通し ~「ねじれ議会」で厳しさを増す政権運営~
コラム
2018年11月26日
米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司
2018年11月6日投開票の米中間選挙は、大方の予想通り民主党が下院を奪還した一方、上院は共和党が維持した(表1参照)。その結果、2019年1月開会の次期議会では一党支配のワシントン政治は終わり、政権発足以来、初めてトランプ大統領に対して議会の牽制機能が働く見通しだ。「ねじれ議会」となる次期議会では重要法案の可決がより困難になることが見込まれる。
(表1)
現議会(第115議会) 2017年1月~2019年1月 |
次期議会(第116議会) 2019年1月~2021年1月 |
現議会からの 増減見通し |
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【上院】 任期6年、今回は35議席改選 (議席数:100、過半数:51) |
共和党(多数派)51議席 |
共和党(多数派)52議席 |
共和党 +1~2議席 *60議席には達しない |
民主党(少数派)49議席 |
民主党(少数派)47議席 |
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未確定 1議席 |
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【下院】 任期2年、435議席全席改選 (議席数:435、過半数:218) |
共和党(多数派)235議席 |
民主党(多数派)232議席 |
民主党 +37~40議席 |
民主党(少数派)193議席 |
共和党(少数派)200議席 |
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空席7議席 (うち2議席は民主党が保有していた議席) |
未確定 3議席 |
(出所:各種報道をもとに米州住友商事ワシントン事務所作成(www.scgr.co.jp))
*2018年11月19日時点。
◆大統領の信任投票と化した中間選挙
政権1期目の中間選挙は大統領の信任投票になりがちで、選挙戦で最も重要な指標は中間選挙時の大統領の支持率だ(図参照)。トランプ政権1期目の中間選挙も例外ではなかった。トランプ大統領の名前は投票用紙に記載されていなかったが、実質、大統領の信任投票であった。大統領は全米各地に赴き「(共和党候補)への投票は、私への投票と同じ」と演説し、信任投票になるように自ら推進した。米テレビ局CBSニュースによると、下院選挙の出口調査では約3分の2の有権者が自らの投票行動にトランプ大統領の存在が影響を与えたと回答している。好調な経済あるいは選挙区割り「ゲリマンダリング」、二極化社会などが影響したのか、共和党が失った下院議席数は大統領の支持率に基づく想定数値には及ばなかったが、過去の中間選挙のトレンドから大きく外れておらず、大統領の支持率が下院選挙の勝敗に少なからず影響したようだ。
◆次期議会では重要法案成立はより困難に
次期議会は(1)ねじれ議会、(2)大統領・政権閣僚に対する調査開始、(3)2020年大統領選に向けた準備始動という3点の理由からも重要法案の可決が困難になる見通しだ。重要法案成立が難しい状況に大統領は不満を抱き、進まない議会審議について下院民主党の責任であると、自己の主張を展開する可能性があろう。
(1)ねじれ議会:
民主党主導の下院で可決した法案は、共和党が牛耳る上院で否決される可能性が高い。下院民主党の最終目的は法の成立ではなく、2020年大統領選・議会選に向けた民主党アジェンダのメッセージ発信手段として各種法案を提出することだ。ボブ・コーカー上院議員(テネシー州)やジェフ・フレーク上院議員(アリゾナ州)のように今期で退任、またはマーク・サンフォード下院議員(サウスカロライナ州第1選挙区)のように中間選挙で負け、次期議会の共和党にはトランプ大統領に批判的な議員は比較的少なくなる見通しだ。一方、民主党はトランプ大統領を批判して当選した議員が多数いる。従って、次期議会は民主党と共和党の間でより対立しやすい環境になることが想定され、議会審議は難航する可能性がある。ただし、選挙後、大統領は民主党が大統領の調査を行わないことを条件に、政策案件によっては民主党と協力する姿勢を見せている。また、民主党もインフラ整備や薬価引き下げなどの医療政策をはじめ各種政策で大統領と連携して政策実現を目指す可能性がある。だが、「ねじれ議会」の状況下、超党派で重要法案を上下両院で可決することは過去2年間と比べてより困難になるであろう。
(2)大統領・政権閣僚に対する調査開始:
下院は独自の調査権限を保有する。従って、下院民主党は内国歳入法典 6103 条に基づき大統領の納税申告書提出を要請し、大統領のビジネスやセクハラ容疑、政権閣僚などによるこれまでのビジネスに関わる各種スキャンダル等について調査を開始する見通しだ。共和党と入れ替わり下院の主導権を握る民主党は、「ロシアゲート疑惑」の調査委員会ではより厳しい調査を始めるであろう。次期下院議長就任が有力視されている下院民主党トップのナンシー・ペロシ院内総務は共和党議員の協力がない限り大統領の弾劾訴追は行わない方針を示している。だが、民主党が下院奪還後、調査によって明白な違法行為などが判明すれば弾劾訴追を開始する可能性もあろう。従って、政権と下院民主党との関係が悪化し、各種政策にも影響が及ぶ可能性が高い。
(3)2020年大統領選に向けた準備始動:
2年後に迫る2020年大統領選に向けて、2019年春以降、議会では徐々に選挙キャンペーンモードに入る。上院では多数の民主党上院議員が大統領選に出馬する可能性が見込まれ、反トランプ色が強まる見通しだ。大統領候補者として多数の民主党上院議員が有力視されている。カマラ・ハリス上院議員(カリフォルニア州)、キルステン・ジルブランド上院議員(ニューヨーク州)、コリー・ブッカー上院議員(ニュージャージ―州)、バーニー・サンダース上院議員(バーモント州)、エリザベス・ウォーレン上院議員(マサチューセッツ州)、クリス・マーフィー上院議員(コネチカット州)、シェロッド・ブラウン上院議員(オハイオ州)などだ。従って、トランプ大統領が自らの功績としてアピールできるような政策に上院民主党の多くの大統領候補者は安易に協力しない見通しだ。大統領選に国民の注目が集まることによって、既に超党派で物事を進めることが難しい米議会はますます二極化が進む。
◆経済では通商や外交で強硬化するリスク
上記3点の理由からも次期議会では徐々に超党派の協力は難しくなり、膠着状態の政治が想定される。トランプ政権1期目後半のビジネスに影響を及ぼしかねない各種経済政策の実行の可能性は以下の通り(表2参照)。
歴代大統領を見ても大統領の出身政党が中間選挙において下院で多数派から少数派に転落した後は、大統領は自らの裁量で政策を実行に移すことができる通商政策や外交政策などに注力するのが自然だ。1990年中間選挙後のジョージ・H・W・ブッシュ政権のイラク戦争、1994年中間選挙後のクリントン政権のボスニア戦争、2010年中間選挙後に打ち出されたオバマ政権のアジア回帰戦略などがその例だ。トランプ政権下でも議会が膠着状態に陥る中、後述の通商政策やその他外交政策に注力する可能性が高い。
◆ワイルドカードは大統領や経済情勢
政策見通しにおける、最大のワイルドカードはトランプ大統領だ。もともとは民主党支持者であるトランプ大統領は、一部専門家の間では初の無党派大統領とも呼ばれている。従ってトランプ大統領は、自らの実績を作るために民主党と連携しようと試みるかもしれない。大統領は政治思想よりも2020年大統領選での自らの再選を重視しているとも言われ、特に2016年大統領選で自らを当選に導いたと考えられるラストベルト地域の白人労働者をはじめとした支持基盤との選挙公約実現に注力する可能性がある。従って、通商政策では公約の強硬な政策を発動することが確実視されている。一方、2019年に注力するであろうインフラ政策についても、伝統的に財政規律を重視する議会共和党の意に反し、政治思想にとらわれないトランプ大統領は民主党指導部と財政支出拡大などで合意する可能性もわずかながらある。2017年税制改革法で民主党の主張する法人税や富裕層に対する所得税の引き上げなどを実行し、政府支出を大幅に拡大するなど共和党議員の反対を押し切ってインフラ整備の財源を確保する可能性もあろう。とはいえ、2020年大統領選に向けて、議会民主党による追及が徐々にトランプ大統領や側近の調査に拡大し、米国政治が混沌とすれば、トランプ大統領が民主党と協力することは難しくなるであろう。
2018年10月、米国の失業率は3.7%とベトナム戦争中の1969年以来の低い数値を記録した。米国経済は2009年6月以降、113か月間継続してプラス成長を続けている。1991~2001年(120か月)に次ぐ米経済史上2番目に長い景気拡大局面を迎えている。今日、米市場関係者の多くが疑問を抱いているのが、いつまでこの景気拡大局面が続くかだ。2019年前半には2017年税制改革法に基づく税還付が一時的な経済効果を与えることが想定される。だが、トランプ政権が導入した税制改革や財政支出拡大の好影響は2019年秋以降に減退し、その後、成長も減速して、景気後退局面を迎えるリスクも一部では想定されている。この時の懸念材料が中間選挙でも露呈した社会の二極化だ。米国が今後、経済危機などに直面した際、超党派で対策を打つことが不可欠だが、これまで幸運にも大きな危機に直面してこなかったトランプ政権下、それが可能かどうかは未知数だ。
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