2019年、米国の対日通商圧力が強まる
2018年11月30日
米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司
2019年1月、トランプ政権発足から2年が経過する。政権1期目前半、トランプ政権は強硬な通商政策を発動したが、これまで日本への影響は1962年通商拡大法232条(国防条項)に基づく鉄鋼・アルミに対する追加関税程度で影響は限定的であった。だが、2019年、内外各種要因によりトランプ政権が対日通商圧力を強めるのは必至だ。外部要因として「メガ貿易圏の発足」、一方、内部要因としては「ねじれ議会」、そして米議会から高まるであろう農畜産業の対日輸出拡大要求などにより政権が対日通商圧力を強めることが見込まれる。
(1)メガ貿易圏の発足
2019年には世界貿易に多大な影響を与えるであろう2つの巨大自由貿易圏「メガ貿易圏」が米産業界を揺るがす。メガ貿易圏登場は日本市場への米国の輸出競争力低下をもたらす。従来は米国から輸入していた一部品目が米国を除く環太平洋経済連携協定(TPP)参加11か国による新協定TPP11(CPTPP)諸国からの輸入に切り替わるなど、貿易転換効果も見込まれる。
CPTPP発効
2018年10月最終週、オーストラリアがCPTPPを批准し、同協定の年内発効が確定した。2018年12月30日、CPTPP批准国の発効1年目の関税引き下げにより、環太平洋に新たな「メガ貿易圏」が誕生する。2019年1月1日には発効2年目の関税引き下げが多くの国で実施される。なお、シンガポールは発効とともに全品目の関税を撤廃し、日本の2年目の関税引き下げは2019年4月1日の予定だ。CPTPPの11か国の経済規模は10兆ドルを超え、世界のGDPの約13%を占める。CPTPP発効見通しによって、米国内で懸念が高まっているのが農畜産業だ。米農畜産業界は日本向け輸出で競争力を失うことを懸念している。牛肉については、日本・オーストラリア(日豪)EPAで関税は発効前の一般(MFN)関税率38.5%から15年かけて段階的に引き下げられ15年目以降は23.5%となる。一方、CPTPPは日豪EPAと比べ関税引き下げがやや加速し、発効16年目以降には9%まで引き下げられる。米牛肉生産者にとっては競合するオーストラリアの牛肉生産者に日本市場を奪われる可能性がある。また豚肉については日本市場占有率でEU、米国に次ぐカナダが価格引き下げによって米国から市場を奪いCPTPPの恩恵を享受する可能性がある。CPTPP発効とともに高価格の豚肉の関税は即時に撤廃され、低価格の豚肉についても1キロあたり最大482円の関税が10年目には50円まで引き下げられる。
日欧EPA発効
日本・EU(日欧)EPAは早ければ2019年2月に発効する見通しだ。EUの対日食品・飲料輸出でアルコール飲料やタバコとともに上位を占めるのが豚肉だ。日欧EPAにおいても、CPTPPと同様に低価格の豚肉は1キロあたり最大482円の関税が10年目には50円まで引き下げられる。米農務省は2018年4月に発行した報告書で「米国にとって重要な輸出市場において、米国の競合相手が市場アクセスで優遇措置の恩恵を享受することになるTPPと同様に、日欧EPAも米国の市場占有率を引き下げる脅威となる。そして収入の20%を輸出に依存する米豚肉生産者の利益低下をもたらす」と分析している。全米豚肉生産者協議会(NPPC) がトランプ政権に対し、日本との二国間貿易交渉を早期開始するよう要請してきた背景には、日本が新たに発効する2つの貿易協定が米豚肉生産者のビジネスを直撃するリスクが明白であるからのようだ。
2017年1月、トランプ政権発足直後のTPP離脱発表とともに、米国企業には日本を含む環太平洋地域向け輸出で機会損失が生じている。今後、メガ貿易圏から取り残されることで、米産業界は更に輸出競争力が低下しかねない。後述の日米貿易交渉に向け、米通商代表部(USTR)が2018年11月26日まで実施していた業界の意見公募では、米最大の農業ロビー団体である米国農業会連合(AFBF)がTPPと同等あるいはそれ以上の内容を求めた。メガ貿易圏発足後、2019年以降、米農畜産業を中心に、ますますトランプ政権に対して対日貿易交渉を加速するよう圧力がかかるであろう。
(2)中間選挙結果、「ねじれ議会」が大統領に圧力
2019年1月開会の第116議会では「ねじれ議会」で重要法案が成立しないと考えられる中、トランプ大統領は自らの裁量で実行可能な通商政策に焦点をあてるであろう。
トランプ政権はこれまで2つのFTA再交渉を手掛けた。1つ目の米韓FTA再交渉は2018年3月に妥結した。そして、2018年11月30日、USMCA(NAFTA再交渉)は1年強の交渉を終え、カナダ、メキシコ、米国の3か国で署名に至る。別途、米中貿易交渉は継続して行われるものの、2つのFTA再交渉を終えた少数精鋭のUSTR交渉チームの業種・分野交渉担当官などは次の貿易交渉を始める余裕が出てくる。2018年10月、USTRは貿易促進権限(TPA)法に基づき、EU、日本、英国との貿易交渉開始の意思を議会に通知した。日本との貿易交渉はTPA法に基づき、早ければ2019年1月14日以降に開始する。
早まる可能性はあるが、232条(自動車・部品)の調査結果は2019年2月までに商務長官が大統領に報告する。一部専門家は、結論は調査開始前に政権内で決まっているとも指摘する。米国の安全保障にとって自動車・部品の輸入は脅威であるとトランプ大統領が判断を下そうとするのは、同政権が各国との通商交渉のツールとして利用するためだという。つまり、232条(鉄鋼・アルミ)でトランプ政権が追加関税で貿易交渉相手国を威嚇して譲歩を引き出すことに成功したのと同じ戦術だ。従い、日本に対しても日本車の対米輸出の数量制限、米国への投資拡大、為替条項の導入、その他の米国の対日貿易赤字縮小策などで譲歩を引き出そうとするであろう。仮に日本が受け入れなければ232条(自動車・部品)追加関税を発動すると脅すことが見込まれる。
トランプ氏がビジネスマンであった1980年代、同氏は対日批判を繰り返し、「(日本によって)米国が食い物にされているのを見るのにうんざりしている」と米メディアに述べていた。ウォール・ストリート・ジャーナル紙(2018年11月5日)によると、TVリポーターのダイアン・ソーヤー氏に対し、トランプ氏は「貿易戦争を恐れていない」と語り、対日輸入に15~20%の追加関税を課すと述べている。ワシントンのある日本専門家はニューヨークの不動産業における個人的な苦い経験がトランプ大統領の対日感情に影響した可能性があるとも指摘する。上記のウォール・ストリート・ジャーナル紙では、三菱地所がロックフェラーセンターを買収した1989年、トランプ氏がタイムズ紙のインタビューで日本企業が高額で不動産を買収していることについて懸念を示していたエピソードを紹介している。
2000年に、トランプ氏が執筆した書籍『我々にふさわしいアメリカ』で、同氏は「大統領に当選した場合、自らをUSTR代表に指名する」と述べている。実際、トランプ政権下、大統領は通商政策に深く関与している。「ねじれ議会」となる次期議会では、トランプ大統領はますます関与を深め、対日通商交渉でも強硬姿勢をみせる可能性があろう。選挙キャンペーンの序盤ではトランプ氏の対日批判が散見されたものの、その後、日本政府が政権幹部を通じてトランプ大統領に助言したことも功を奏し、その批判の矛先は中国にシフトしたと言われている。だが、1980年代の対日感情が、現在も大統領の心の底に潜んでいるかは不明だ。従来、米国専門家の間でも、安倍首相との関係が良好なことから日本は安全と思われていたが、トランプ大統領は「トランザクショナル[注1]」であり、貿易赤字解消のためには日本に追加関税を課すことは今後もあり得るであろう。
(3)米議会から農畜産業の対日輸出拡大要求
日本とのFTAを望む声は業界だけでなく、業界の声を受けた議会からも出ている。前述の通り2018年10月、USTRがTPA法に基づき、EU、日本、英国との貿易交渉開始の意思を議会に通知しているが、議会関係者の話では、議会がこの中でも最も期待を高めているのが日本との貿易交渉だという。TPP離脱以降、日本とのFTA交渉に熱意を見せてきた議会は、今後、政権がTPAを通じて貿易交渉を行う際、様々な要望を出し、最終的には実質他のFTAと変わらない包括的な貿易交渉になる可能性がおおいにある。
日米貿易交渉が議会承認を不要とした米韓FTA再交渉と大きく異なるのが、TPAを利用していることだ。TPAを利用することは、議会が貿易交渉に多大な影響を及ぼすということである。従って、議会でどの政党が多数派であり、党指導部に加え、上下両院の通商政策を司る委員会の委員長に誰が就任するかが今後を占う上で重要になる。
次期財政委員長就任が有力視されているチャック・グラスリー上院議員は、2001年そして2003~07年、財政委員長を務めた経験があるベテラン議員だ。注目すべきは、財政委員長であった頃にグラスリー議員が日本の牛肉市場開放を強力に迫っていたことだ。同議員は農畜産業が重要なアイオワ州選出であることから地元の声を反映しているようだ。従って、上院財政委員会では牛肉など農畜産業の日本市場開放をトランプ政権に強く要請し、同分野で満足がいく内容で交渉妥結しなければ議会で批准しない可能性も想定される。
◆日本の対米貿易交渉は難しいかじ取りへ
トランプ政権下、通商政策では大統領自らが、従来のUSTR代表が担ってきた仕事にまで関与している。そのため、日米貿易交渉の行方を理解するには、トランプ大統領がどのような考え方をするのか察知することが重要である。だが、政権幹部が通商戦略をアドバイスしているものの、前述の通りトランプ大統領は「トランザクショナル」であることからも、通商政策の行方を予想するのは難しい。
トランプ大統領の物事の捉え方をよく知る元側近の話が日米交渉のヒントになるかもしれない。トランプ・オーガニゼーションに長年勤務し、執行副社長も務めたバーバラ・レス氏は、トランプ氏が攻撃する対象は二つのタイプという。一つは弱者、そしてもう一つはトランプ氏を攻撃する者という。弱みを見せてしまうとトランプ氏はその弱みに付け込むという。従って、これを日米交渉にあてはめた場合、日本は米国の言いなりになるような姿勢を見せれば米国側がますます強気の交渉を進める可能性がある。一方、米国の追加関税に対し日本が強硬な報復措置を実際に発動すれば、トランプ大統領はますます強硬化するリスクもある。従って、仮にトランプ政権が232条(自動車・部品)追加関税を発動する場合、日本も報復措置を発動する姿勢を米政権側に事前に示すなど、米国の言いなりにならないことを伝えながら、日米交渉を進める意思も伝えるなど、日本は難しいかじ取りが必要となりそうだ。
[注1] 中長期的な戦略に基づかず、個別ディール(合意)の成立を主目的に、相手の出方を見ながら種々の駆け引き(transaction)を駆使しようとするトランプ大統領の外交・通商交渉のスタイルを指す。
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