米民主党指名争い、勝利の可能性が高まるバイデン氏
コラム
2020年03月09日
米州住友商事会社 ワシントン事務所
渡辺 亮司
民主党予備選で「ゾンビ候補」とも称され、すでに望みが絶たれた候補とみられていたジョー・バイデン前副大統領が「スーパーチューズデー」[注]において14州のうち10州で勝利し、まさかの復活を遂げた。今後の民主党予備選は「穏健派バイデン候補vs.急進左派バーニー・サンダース候補」の2人による対決構図が明確になった。今や民主党公認候補としてはこの2人以外は考えられない。予備選はまだ全体の約6割の誓約代議員が未選出で残っているため、今後の選挙戦次第で状況は変わり得る。だが、バイデン氏は指名獲得への波に乗り始めたようだ。
◆選挙戦が激変した72時間
わずか72時間で民主党予備選の戦況は激変した。全ては2月29日のサウスカロライナ州予備選でのバイデン氏圧勝から始まった。
サウスカロライナ州予備選までは多数の穏健派が乱立して共食いする状況下、サンダース氏が逃げ切る様相を見せていた。予備選当初からバイデン氏は「本選で勝てる候補」を最大の売りにしてきた。しかし、初戦アイオワ州党員集会で4位、ニューハンプシャー州予備選5位と勝利どころか上位にも付けず、ネバダ州党員集会では1位に大差をつけられた2位に終わり、民主党有権者からの信頼を失いかけていた。
状況が一変したのがその後のサウスカロライナ州予備選。2位を約30ポイント引き離す圧勝を果たし、バイデン氏は息を吹き返した。1988年大統領選に初出馬して以来、バイデン氏が予備選で勝利するのは今回が初めてのことであった。勢いに乗るバイデン氏を、同氏の選挙陣営は「ジョーメンタム(Joementum:ジョー・バイデンとモメンタム(勢い)を合わせた造語)」と称している。サウスカロライナ州予備選からスーパーチューズデーまでのわずか72時間で、この強力な「ジョーメンタム」を創造したのはメディア報道と民主党穏健派の団結だった。
◆絶好のタイミングに甦ったバイデン氏
バイデン氏のサウスカロライナ州予備選勝利は事前予想に反して大きなサプライズであったことから、メディアはトップニュースとして繰り返し報じた。選挙資金が底をつく寸前で、スーパーチューズデーでの広告や現場での選挙活動も手薄になっていたバイデン氏にとって、その勝利を報道するメディアは救いとなった。有料のテレビCM以上に、これら無料のメディア報道は効果を発揮したといえよう。
さらには民主党穏健派がバイデン氏復活を後押しした。マイノリティから支持を得られずネバダ州とサウスカロライナ州で苦戦したピート・ブティジェッジとエイミー・クロブシャーの両候補がスーパーチューズデー前日、予備選からの撤退を表明しバイデン氏支持にまわった。ブティジェッジ氏とクロブシャー氏の支持はスーパーチューズデーで郊外の票確保に貢献したと言われる。また地元ミネソタ州で人気のクロブシャー氏の支持は、スーパーチューズデーでバイデン氏のミネソタ州勝利をもたらしたとみられている。同時に、ベト・オルーク元民主党大統領候補、ハリー・リード前上院院内総務などの民主党穏健派が次々にバイデン氏支持を表明したことで、それまで分裂していた民主党穏健派が一枚岩になったことが顕著に表れた。
このようにバイデン氏を慕う民主党穏健派が続出し総力戦でサンダース氏あるいはトランプ大統領に対抗し始め、「ジョーメンタム」を支えた。民主党穏健派が驚くべきスピードで団結した背景には2016年共和党予備選でポピュリストであるトランプ候補の当選を共和党エスタブリッシュメントが許したのを目の当たりにした民主党エスタブリッシュメントが、サンダース候補の躍進に危機感を抱き、スーパーチューズデー前に穏健派の対抗馬二候補に圧力をかけたとも噂されている。
もう一人の穏健派候補、マイケル・ブルームバーグ氏がネバダ州党員集会前のテレビ討論会での失態で民主党有権者から支持を失って以来、大量の選挙資金と現場の選挙活動の豊富な人材が同氏の票に結びつかなかったことも、バイデン氏にとっては救いとなった。
リチャード・ニクソン元大統領が語ったように「政治は全てタイミング」に尽きる。バイデン氏は、幸運にもメディア報道と穏健派団結といった「ジョーメンタム」がピークを迎えた瞬間にスーパーチューズデーを迎えることができた。
◆可能性が高まっているバイデン氏の指名獲得
今後、3月中に開催する予備選(表参照)で100人を超える誓約代議員を選出する州について、最新世論調査では、ミシガンは接戦となる可能性があるが、その他のフロリダ、イリノイ、オハイオ、ジョージアでは、いずれもバイデン氏が優勢だ。4月開催のバイデン氏出身地のペンシルベニア、ニューヨークなどの大きな州の予備選でもバイデン氏が優勢だ。これらの州ではミシガンを除き、いずれも2016年民主党予備選でサンダース候補がヒラリー・クリントン候補に負けている。3月4日、ブルームバーグ氏が撤退を表明し、バイデン氏支持にまわったことも「ジョーメンタム」を強めた。エリザベス・ウォーレン候補の撤退の影響はいまだ不透明だ。ウォーレン氏が今後、どちらの候補を支持するかも影響するであろうが、イデオロギーが近いサンダース氏ではなく、バイデン氏支持にシフトする有権者もいるであろう。
とはいえ、バイデン氏とサンダース氏のいずれも欠点はあり、民主党有権者の目からはリスキーな候補とも見られかねない。2020年大統領選は過去の大統領選と異なる。民主党有権者の最大の関心は「本選でトランプ大統領に勝てる候補」を選ぶことだ。つまり、民主党支持層は心を魅かれるだけでは票を投じず、本選を見据えた投票行動をとる「評論家の投票者(pundit voters)」が多いとも指摘されている。したがって、バイデン氏あるいはサンダース氏の大統領候補としての弱点が顕著に表れ、「本選でトランプ大統領に勝てない候補」との印象が前面に出てくれば、一気に支持を失いかねない。「ジョーメンタム」の強風が吹きバイデン氏の指名獲得の可能性が高まっているが、予備選の行方はまだわからず不透明な状況が続く。
[注] 今回は3月3日(火)に、民主党は全米14州とアメリカ領サモアで予備選を実施した。火曜日に一斉に選挙を実施することから「スーパーチューズデー」と呼ばれ、予備選で最も多くの誓約代議員を選出する最大のヤマ場。2020年のスーパーチューズデーの誓約代議員数は、予備選全体の3分の1以上で、誓約代議員数最大のカリフォルニア州の予備選開催日が前倒しされスーパーチューズデーに含まれたことから、その重要性はさらに高まった。
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