20周年記念コラム【#9】「複雑化する世界での視点と発想」から振り返る日本経済の20年

2024年10月24日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

身近な日本経済の過去20年を振り返ると、ちょうど「失われた30年」の後半に相当します。当初は、失われた10年と呼ばれていたものが、20年になり、30年になりました。しかし、幸いにして、失われた40年という話は広がっていません。日本経済が失われた30年から脱却した、もしくは脱却しつつあると言えそうです。設立20周年記念セミナーのサブタイトルは「複雑化する世界での視点と発想」ですので、「視点と発想」を念頭に、日本経済を振り返ってみたいと思います。

 

 

 

日本経済を語る上で大きな課題は、①伸び悩む成長、②減少する人口、③上昇しない物価(デフレ)の3点が挙げられると思います。このうち、デフレについては、コロナ禍前に「デフレではない状況」になり、デフレとは言えなくなりました。しかし、「デフレ脱却」を宣言できていないので、インフレとデフレの境目という微妙な状態に日本経済がまだ位置していることは事実です。ただし、外的ショックが大きかったとはいえ、物価高騰に加えて、歴史的な賃上げが実現した上、賃上げ機運がまだ残っているようなので、デフレ脱却にまた一歩近づいているようにみえます。

 

 

 

一方、人口減少と低成長という課題は依然として残っています。特に、その二つは単純に結び付けられて、「人口が減少しているから、日本経済は成長しない」と、シンプルに結論づけられがちです。わかりやすい話であるものの、本当にそうであるのか、そのほかに見逃している要因はないのか、視点と発想を変えて考えてみることも重要です。総人口は2008年ごろにピークを迎えて、減少に転じました。15~64歳の生産年齢人口は、1990年代後半に減少に転じており、総人口も減少し始めたので、本格的な人口減少社会になったといえます。

 
 
 

しかし、人口と経済成長の間には考えるべき論点が多いことも事実です。例えば、需要側から短期的な景気循環を見れば、個人消費は「人口」と「1人あたり消費額」に分解して考えることができます。個人消費と企業設備投資、政府消費、公共事業、輸出の各項目の合計から輸入を控除するとGDP(国内総生産)になります。そのGDPの変動が、短期の景気循環とみなせます。このように、人口とGDPの結び付きの間には考えるべき複数の要素が多く含まれるため、距離があるといえます。例えば、人口が減少しても、その分だけ1人あたり消費額が増加すれば、個人消費は維持されます。また、個人消費が減少しても、企業設備投資などほかの構成項目が増えればGDPの金額は保たれます。

 

 

 

また、供給側から長期的な経済成長を見れば、経済成長率は、労働投入と、機械設備などの資本投入、技術進歩を含む生産性の伸び率などによって決まります。その労働投入は、人口と労働参加率、労働時間、労働の質などから決まります。例えば、人口が減少した分だけ、労働時間が増えれば、労働投入は維持されます。労働投入が減少しても、ほかの要素で補完されればGDP成長率は維持されます。さらに、AIや自動化を活用することで、1人ができる仕事量が増えれば、人口が減少しても経済は成長できます。

 

 

 

このように、「人口が減少するから日本経済は成長しない」というシンプルな話は一見わかりやすいのですが、必ずしもその通りになる訳ではありません。ほかの条件を一定にした場合の偏微分ならば、確かにそうなるのですが、その係数の大きさと、ほかの条件が一定なのかを検討する必要があります。人口と経済成長は全く関係ないとは言えないものの、その間には距離があり、距離がある分だけ関係は希薄であり、複雑なものになります。

 

 

 

実際、人口と日本経済の動向を比べると、名目GDPは1990年代以降、おおむね500~550兆円の間を推移していました。伸び悩んでいたことは事実であるけれども、縮小してないという点が注目されます。バブル崩壊後、金融危機やIT不況、世界同時不況、東日本大震災、欧州債務危機など、10年に1度の危機、100年に1度の危機と言われるほどの大きな出来事に、日本経済は次々と直面してきました。それらに加えて、人口が減少局面に入っていたにもかかわらず、それでも日本経済はならしてみれば、横ばい圏を維持していました。

 

 

 

人口が減少に転じた2008年以降のみをみてみると、人口が減少している一方で、名目GDPは過去最高の600兆円まで増加してきました。ここ数年は物価上昇の影響も大きいものの、コロナ禍の減少を除くと、おおむね右肩上がりに名目GDPが増加してきたようにみえます。仮に、この期間のみを抜き出してみると、「人口が減少したので日本の名目GDPが増加した」という話になってしまいかねません(もちろん、そのような因果関係ではないと考えられます)。

 

 

 

足元の人口は約1億2,400万人まで減少しており、1991年並みです。当時の名目GDPは約490兆円であり、当時から足元にかけて120兆円弱増加しました。単純な計算ですが、国内生産額に占める付加価値の割合は約50%なので、GDPが約120兆円増加したということは、国内生産額は240兆円弱増加したと考えられます。言い換えると、失われた30年のうちに日本の市場が240兆円弱も拡大したことになります。

 

 

 

「人口減少だから日本経済は成長しない」という姿勢では、240兆円弱も拡大した日本市場の成長を見逃していた可能性もあります。もちろん、学生時代のテスト前のようにたとえ勉強していないと言っても、しっかりと勉強して用意していたように、しっかりとビジネスを仕込んでおけば、他社との競争の中で相応の成果を得られたと考えられます。見方を変えると、日本市場は、海外取引とは異なり、国内取引では為替リスクもなく、自社のブランドなども知られており、ビジネス慣行や法規制なども安定しているというメリットもあります。人口が減少しているとはいえ、1億人以上の市場規模であることも事実です。足元からビジネスを固める上でも、引き続き重要な市場であると考えられます。このように、設立20周年記念セミナーのサブタイトルの「複雑化する世界での視点と発想」のように、視点と発想を変えることで、認識と現実の差を埋めつつ、成長の機会をより多く見出すこともできる例が、ほかにも多くあるのではないでしょうか。

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