わたしたちの日常【#20】2025年の注目点:①デフレ脱却
「月例経済報告」(内閣府)では2001年4月から2006年6月までと、2009年11月から2013年11月までの間に「デフレ」と記載されており、現在では「デフレ」という記載はありません。そのため、現在の日本経済は「デフレではない」状況にあるといえます。実際、消費者物価指数は2022年4月以降、前年同月比+2%超で上昇しており、明らかにデフレではありません。しかし、「デフレ脱却」までは到達できていないという不思議な状況でもあります。
そもそもデフレ脱却とは、2006年3月に内閣府によって「物価が持続的に下落する状況を脱し、再びそうした状況に戻る見込みがないこと」と定義されています。このうち、前者については、2013年末以降、おおむね達成できています。しかし、問題は、後者の「再びそうした状況に戻る見込みがないこと」という条件です。
それをどのように判断するのかというと、「消費者物価やGDPデフレーターなどの物価の基調や背景(注)を総合的に考慮し慎重に判断する必要がある」と、内閣府は説明しています。また、その(注)には、「需給ギャップやユニット・レーバー・コストといったマクロ的な物価変動要因」が挙げられています。これらを受けて、消費者物価指数、GDPデフレーター、需給ギャップ、ユニット・レーバー・コストが、一般的にデフレ脱却の4条件として知られています。ただし、「ある指標が一定の基準を満たせばデフレ脱却したといった一義的な基準をお示しすることは難しく、慎重な検討を必要とする」という記載もあり、消費者物価指数とGDPデフレーターが重要であり、その他は参考情報として、総合的に判断する姿勢も示されています。
また、気を付けなければならないのは、物価上昇率が前年同月比(または前年同期比)で把握されることです。例えば、消費税率の引き上げを考えると、8%から10%に税率が引き上げられることで、消費者物価指数は上昇します。しかし、1年後も税率が10%で据え置かれるならば、その影響は物価水準に残る一方で、上昇率には表れなくなります。同じように、原油価格や賃金コスト増などが一過性のショックとして、物価を押し上げたのならば、2年目以降、物価を押し上げ効果が剥落することになります。
言い換えると、物価を押し上げていくような要因が常に、またはあまり時間を置かずに断続的になければ、物価が2年以上にわたって上昇し続けることは難しいです。そのため、判断には一過性ではないことを確かめる必要があるため、少なくとも2年以上の時間がかかること、また、持続的な物価上昇圧力が存在することを確認することが必要になります。コロナ禍後の物価高騰は、供給網のボトルネックや資源価格の上昇、円安・ドル高など持続的な要因とは必ずしも言い切れないものによります。そのため、持続的な物価上昇圧力が復活していることを見届ける必要があります。
そこで重要な役割を果たすのが、賃金です。賃金上昇は、賃金コストの上昇という費用要因である一方で、所得の増加を通じた需要拡大をもたらし、需給ひっ迫から物価を押し上げる効果もあります。この両面の効果が上手く回り続けることが、賃金・物価の好循環となります。
2024年度の春闘による大幅な賃上げは、生活費高騰に対応したものであり、その賃上げの機運が今後も継続するかが重要です。日銀「短観」などから、人手不足がバブル期並みであり、賃金が上昇しやすい素地が整っているといえます。労働需給がひっ迫しているので、賃金には上昇圧力がかかりやすくなっています。また、当初は難しかった人件費の販売価格の転嫁も徐々に進んでいます。以前に比べて企業間で受け入れやすくなりつつあることと、公正取引委員会など規制当局が監視を強化してきたことも挙げられます。
こうした賃上げ機運を維持するために、労働生産性を高めていくことが重要になります。マクロの世界では、労働生産性という捉えどころのない話になりますが、一方で、個人の単位で見れば、昨年よりも今年の自分の方がもっと仕事ができるようになることで、賃金が上昇するはずです。他人事ではなく自分事として、自分の賃金上昇に向けて、今年何をすべきか考えてみると、それが最終的に日本経済全体の賃上げ圧力として、デフレ脱却につながっていくと期待しています。
12月の月例経済報告の閣僚資料では、「四半世紀にわたり続いた、賃金も物価も据え置きで動かないという凍りついた状況が変化し、賃金と物価の好循環が回り始め、デフレ脱却に向けた歩みは着実に進んでいる」と記載されており、デフレ脱却が見えつつあります。そのデフレ脱却が実現するのか、それとも幻となってしまうのか、注目されるところです。
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