コモディティ・レポート 2017年5月号 ~地政学的リスクが久しぶりに意識される~
2017年05月02日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 直美
経済部 シニアアナリスト 鈴木 直美
経済部 シニアアナリスト 舘 美公子
4月は、地政学的リスクの高まりをうけ、金・原油が月前半に上昇した以外は殆どの商品が前月末比マイナス圏に沈んだ。また金、原油にしても、大台の水準には一歩及ばず、月後半には値を崩している点では冴えない展開が続いている。世界経済の回復基調は、IMFが4月の世界経済見通しで2017年の成長率を3.5%に引き上げたことでも確認できるが、米国経済指標の相次ぐ下振れ、中国の金融引き締め兆候を警戒し、非鉄金属は軟調。穀物は、天候懸念で上昇する局面もあったが、米国トウモロコシ・大豆ともに作付けの初期段階にあることから特段材料視されず、最終的には供給過剰が意識された。なお、4月に大きく値を下げたのはココア・砂糖・コーヒーのソフトコモディティで、3商品ともに2016年の供給不足から一転して生産回復が見込まれており、ココアは8年ぶり安値圏まで下落した。
地政学的リスクの上昇は、米国の外交方針の変化に端を発している。トランプ大統領は、選挙中から世界の警察としての米国の役割を否定する姿勢を示してきたが、4月に入ると、シリアのアサド政権による化学兵器使用に対し空爆を実施。さらには、アフガニスタンのIS掃討に最大級の非核爆弾を使用、北朝鮮の核・ミサイル問題に対しても空母を差し向け牽制し、大規模衝突の可能性にも言及した。米国の方針転換は、米国家安全保障会議から国粋主義者のバノン氏を外し、エスタブリッシュメントが復権したためとの見方もある一方、公約が一向に実行できないなか、国民の支持を得るため軍事・通商・外交で点数を稼ごうとしているとの解釈もされている。
通商政策に関しては、トランプ政権はこれまで中国とメキシコの対米貿易黒字を非難してきたが、財務省の4月外国為替報告書では中国の為替操作国認定を見送った。他方、これまで良好な関係を築いていたカナダを突如やり玉にあげ、酪農や林業の保護主義政策を批判、カナダ産木材については20%の関税導入の検討を発表した。米国の通商政策に翻弄されているのが為替市場で、メキシコペソは年初に史上最安値をつけた後、持ち直している一方、カナダドルは4月に入り14か月ぶり安値をつけた。
4月は選挙関連の情勢も金融市場の大きなテーマとなった。トルコでは議院内閣制から大統領制に移行する憲法改正を問う国民投票が行われ、僅差で改憲が決定された。エルドアン現大統領が狙う権力拡大に対し、3大都市のイスタンブール・アンカラ・イズミールは反対票を投じたが、地方は賛成票を投じたとされる。英国のEU離脱国民投票や米大統領選でも明らかになった都市部と地方の対立が今回も露わになり、政治の不安定化が懸念される。また、英国ではメイ首相が2020年まで実施しないと明言してきた総選挙を6月8日に実施すると発表。支持率の高い保守党の大勝を狙い、EU離脱に向けた政治安定化を図るとしている。最後に、フランス大統領選の第1回投票では、市場は「想定外」の結果に備えたが、事前予想通り中道系マクロン氏と極右政党ルペン氏の決選投票になった。フランス大統領選の結果は、市場に大きな安堵をもたらし、株式市場は一段高となり米S&P総合500種とダウ工業株30種はトランプラリーの高値に迫っている。
5月もイベントが多く、選挙関連では7日のフランス大統領選決選投票、9日の韓国大統領選、19日にはイラン大統領選が控える。イランの大統領選は、穏健改革派のロウハニ現大統領が優位とされるが、保守強硬派が当選となれば米国との関係は避けられず中東情勢の不安定化にも繋がる恐れがある。金融市場は選挙や政策の不確実性に今後も反応する状況が続くが、商品市場が抱える最大の課題は依然として供給削減であり、政治や地政学的リスクは二の次になろう。なお、原油市場では5月25日のOPEC総会が最大の山場になっており、減産延長の有無で今後の原油価格の方向性が決定づけられる見通し。
◆原油(ドル/バレル)
5月25日に控えるOPEC総会が最大の山場。仮に減産延長で合意できなければ、原油相場は一気に40ドル前半まで急落する一方、合意に至った場合でも原油価格が50ドル台後半で定着することは容易ではない。下期は、中東諸国で冷房向けの原油需要が高まる時期のため、減産順守率が低下する恐れがあることや、サウジのエネルギー大臣が示唆するように、減産期間も6か月とは限らないからだ。このため、減産延長の決定でも即座に価格上昇の契機とはならず、価格は55ドルを挟んだレンジを予想。
◆金(ドル/トロイオンス)
3月以降の金相場上昇は中国・インドの需要回復も追い風になっているが、基本的には世界情勢を睨みながらの相場形成。4月には政治的・地政学的リスクの高まりで米国債・独国債・金などへの資金逃避がみられたが、仏選挙・北朝鮮とも最悪シナリオは一旦回避され、やれやれの売りが広がった。5月もリスクイベントが多く押し目買いが予想されるが、中期的に金融正常化、米税制・規制改革の進展による金利高・ドル高が金に逆風となる可能性は依然残る。
◆銅(ドル/トン)
米中の政策期待や世界三大鉱山の供給障害など、秋口以降の一連の強気材料をもってしても6,000ドルの大台到達・定着には至らず、4月は軟調に推移。第2四半期は需要期でもあるため一旦持ち直しが予想されるが、投機建玉はなお高水準で、金融市場のリスク回避姿勢が強まれば下振れる可能性はある。精鉱市場はタイト化しつつあるが、地金市場にタイト感が乏しいのは、スクラップ供給増や中国の輸入品目シフトなどにも起因する。近年の設備投資削減による供給不足顕在化にはまだ時間がかかるとの見方が多い。
◆小麦(セント/ブッシェル)
小麦価格は、米国内の潤沢な在庫や6月から始まる冬小麦収穫が意識され安値圏での推移を予想する。但し、過去最大に積み上がった投機筋のショートポジションの解消を誘発する強材料が出た場合には、価格が急伸することも想定される。冬小麦の作柄は、4月30日時点で良以上が54%と順調ではあるが、足元急激な気温低下の影響は今後注視が必要。また、世界では2017/18年度の豪州・ロシアの生産減少見通し、欧州では乾燥天候が報告されており、中期的には要注意。
◆主要商品年初来騰落率(%)
◆セクター別年初来推移[S&P GSCI]
以上
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