「詰め」の勝負

2024年08月15日

住友商事グローバルリサーチ(株)代表取締役社長
住田 孝之

 連日の熱戦に世界中が興奮したパリオリンピック。海外の大会では最多となる20もの金メダルを含めて、素晴らしい力を発揮した日本チームのみなさんの躍動から、多くの勇気とエネルギーをいただいた気がします。そんなオリンピックを通じて特に感じさせられたのは、「詰め」の大事さです。陸上競技最後の種目となった女子マラソン。傾斜の強い登り坂などで何度か先頭から置いていかれたオランダのハッサン選手。30キロメートルを過ぎて再び先頭集団に加わり、4~5人でラスト1キロメートルまで大接戦。その後、前にでたエチオピアのアセファ選手との優勝争い。マラソンのラスト300メートルほどで、あれほどの猛スピードでのデッドヒートは見たことがありません。カーブで内側に入ったハッサン選手が接触に負けずに見事にオリンピック記録で優勝。5000メートル、10000メートルの銅メダルとあわせて今大会3つ目のメダルとなりました。トラックで鍛えたスピードと、昨年の世界陸上で10000メートルのトップに立ちながらゴール直前で転倒して優勝を逃した経験も活かしたのか、鳥肌が立つような素晴らしいラストでした。男子400メートルの決勝、残り100メートル時点で4位から最後の最後に力を振り絞って逆転した米国のホール選手も、どこにそんな力が残っていたのかと驚きました。

 

 優位に試合を進めながら、あと一歩で金メダル、メダル、大金星などを逃すシーンも多くありました。男子バスケットボールの準決勝で王者米国を追い詰めたセルビア。第3クオーター終了時点で13点差のリードをつけたものの、第4クオーターはショットの正確性を欠き、逆転負けを喫しました。その米国も、日本チームが大健闘した男子100メートル×4リレーでは、3走までトップと僅差だったものの、「行ける」と思って気がはやったのかバトンパスのミスで失格となりました。準決勝でスウェーデンに2勝0敗から2-2に持ち込まれ、最後の試合もゲームカウント2-0から逆転された卓球男子団体。3勝1敗とあと一勝で金メダルに迫りながらフランスに敗れた柔道混合団体。準々決勝で第3セットの時点でマッチポイントを握りながら、イタリアに3セットを連取された男子バレー。優位な状態を作り、勝利が近づきメダルなどがちらついた段階で、余計な力が入ったのか、気負い過ぎたのか、守りに入ったのか。「詰め」の難しさを痛感しました。

 

 一方で、劣勢からの逆転も感動をもたらしました。最後まで望みを捨てなかった体操男子団体の大逆転優勝。残りわずかで捨て身の大技で準決勝を制し、最終的に金メダルに輝いたレスリング女子62キロ級の元木選手。スケートボード男子ストリートで最終試技、高得点で逆転した堀米選手。リードして妙に意識したり力んだりすることがなかったことに加え、準備に裏打ちされた闘争心、集中力、勝つことへのこだわりなどに、勝利の女神がほほえんだのでしょう。

 

 鍛えて、極めてきた最高レベルの人たちの勝敗は、本当に紙一重です。勝ち切ってNo.1を勝ち取るためには、「詰め」が勝負を分けるものです。徹底的に準備をする、目の前の相手に集中し、「勝てる」というような邪念で乱されないだけの集中力を磨く、自分の力を信じて挑戦し続ける・攻め続ける、そういう要素が、紙一重の勝負を勝ち抜くポイントのように感じます。楽しくもあり、実に学びも多いオリンピックでした。

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