ダボスで見た欧州の苦悩

2025年02月04日

住友商事グローバルリサーチ(株)代表取締役社長
住田 孝之

 

 1月下旬のダボス会議に初めて参加しました。場所がスイスなので、世界の官民のリーダーの中でも欧州の人が多く集まり、何かと話題の主語は「欧州」でした。その中で欧州の現在の厳しさを実感させられました。エネルギー価格の高止まりが競争力の足を引っ張る中で、これまで競争力回復を狙って進めてきた気候変動対策は中国のグリーン投資の効果で大きな見込み違いとなり、欧州の製造業が苦悩しています。そうした状況を踏まえて、昨年秋から第二期の5年を開始したフォンデアライエン欧州委員会委員長は、「競争力コンパス」を翌週に発表(実際に先週発表)すると述べました。背景として語ったのは、昨年は貿易障壁が世界で3倍になり、25年前に世界が予期したような協調的グローバリゼーションは実現せず、厳しい地政学競争の時代になったこと。新しい方針の中で、欧州は自らの競争力強化に大きく舵を切る。具体的には、①資本市場の拡大、②再エネだけではない次世代技術への投資、③欧州をビジネスフレンドリーにするための、サステナビリティファイナンス関連のルール(開示、デューデリなど)の簡素化とスタートアップ向けの統一ルールの設定を強調しました。ドイツのショルツ首相も競争力強化を強調しました。理想論と競争力を追い求めたグリーン・ディールが中国の資金力と技術力の前に劣勢となった今、方針転換は必須なのですが、何が思惑違いだったのかの説明も不十分で、新方針の説得力には疑問がつきまとい、理屈通りに進むのか、逆に不安になります。

 

 ゼレンスキー大統領からも率直な指摘がありました。欧州は技術や経済だけでなく、政治面でも米中に後れをとっていると。セキュリティ面でも、ウクライナへのセキュリティ保証なくして欧州各国のセキュリティはなく、軍事面での競争力の強化が必要と。現実感と説得力のある指摘でした。欧州がこれにどう応えられるのか。ドイツ次期首相有力候補のメルツ氏が、欧州の共通ポジションを決めてからトランプ大統領と対峙すべき、と強調していましたが、さまざまな課題でなかなか一枚岩になれないというのが欧州の現実です。そして、米国との関係がどうかと言えば、ユーラシアグループが指摘するのは、米国は弱い欧州を望んでいるという見立て。トランプ大統領自身は、欧州の金融機関の参加者からの質問に答える機会に、「欧州は許認可に時間がかかり過ぎ、対米貿易黒字は大きく不公正、裁判所も米国IT企業に厳しく、大いに不満だ」と激辛のコメント。不安定な世界情勢の中で、米国からも距離を置かれながら、一つの軸となるべき欧州は復活してくれるのでしょうか?

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