崩れゆく世界秩序
2025年03月24日
住友商事グローバルリサーチ(株)代表取締役社長
住田 孝之
昨年(2024年)末にSCGRとしてまとめた今年の世界情勢・経済見通しのサブタイトルは、「新体制下で揺れる世界」でした。まさにそのとおりの展開となっています。ユーラシアグループがかねてから予言してきたGゼロの世界が実感されるようになりました。しかし、Gゼロというだけならまだしも、特に心配なのは、COP(*1)もWHO(*2)もそしてWTOの自由貿易体制も、米欧の連携の下に成り立ってきたNATO(*3)も、長年にわたって先人の知恵で形成してきた世界の重要な秩序のいくつかが、一握りの人たちによって、あっという間に破壊されようとしていることです。加えて、力による領土変更もなし崩し的に認められつつあり、政策で相場を動かして政治家が個人や支持者の資産を増やしたり、ディールという名の脅しで他国の権益や財産を収奪したり、「マール・ア・ラーゴ合意」と称されるもので実質的な対外債務の大幅削減を企図したり、自らの利益を最大化するための傍若無人な行動が目につきます。何より不安なのは、これらの背景に、自己利益最大化だけでなく、秩序の破壊自体を目指す意図があるのではないかとさえ思えることです。これまでの世界秩序、その中でのエスタブリッシュメントに対する敵意のようなものを駆動力として、計画的にリベンジしようとしているのではないか、と感じます。世界秩序が一度破壊されてしまうと、戻すのには大変な時間と労力がかかる。崩れた秩序の下では、あたかも檻から飛び出した生き物が無秩序な行動でぶつかりあうようなことにもなりかねない。その第一章を見ているような恐怖感があります。
そんな状況では、各国は、まずは自分で自分を守ることが必須です。ビジネスにしてみれば、特に長期の安定が必要な投資は受難の時代、何とかリスクを最小化して生き延びるという防衛策が必要です。すでに、そうした大きな変化が自らの将来に直接降りかかってきたことを実感した欧州は、特に自らの安全保障に目覚め、the ReArm Europe Plan/Readiness 2030を打ち出し、防衛白書を提示しました。破壊される秩序を一部でもよいから自らの手で取り戻そうという必死の姿勢です。日本も「楽しい国」とか商品券の話にばかりエネルギーを割くのではなく、世界の変化を真剣に捉え、自分で自分を守って道を切り開くのか、誰かと本格的な連携を進めるのか、部分的でも欧州とともに世界秩序の再構築に取り掛かるのか、それらを組み合わせた作戦を実行するのか、真剣に考えなければならない。そして、すぐにも決断して動きださなければいけません。ビジネスにとっては、目先の誰かのアクションや、誰かの発言や投稿に右往左往するのではなく、変化の本質を見極めて、世界の行く先をいくつか想定して、手を打っていくことが生き残りの道です。大変な時代になりました。
最後に、私事となりますが、SCGR社長として4年間、60回以上にわたり執筆してまいりましたこのコラムも、今回が最後となります。長い間のご愛顧ありがとうございました。4月以降は横濱新社長が担当しますので、よろしくお願いします。
(*1)COP:締約国会議(Conference of the Parties)
(*2)WHO:世界保健機関(World Health Organization)
(*3)NATO:北大西洋条約機構(North Atlantic Treaty Organization)
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