「解放の日」の違和感
社長コラム
2025年04月16日
住友商事グローバルリサーチ(株)代表取締役社長
横濱 雅彦
4月1日に住田前社長からバトンを引き継いだ横濱です。これからよろしくお願いします。
さて、バトンを利き手に持ち代えている間もなく、米国から世界を揺るがす激震が起こりました。4月2日(米国時間)トランプ大統領が大規模な関税政策を発表しました。「4月2日は米国の産業が再生し、米国の命運をこの手に取り戻し、そして再び豊かな米国が始まった日として永遠に記憶される日になる」、また、「米国の労働者、農民、熟練職人を外国による不正義から解放する」と宣言し、そのメッセージは世界に拡散しました。それからの各国の反応や、トランプ政権の動向などの状況は、連日これでもかというほど報道されているので、ここでは改めて触れませんが、どうしても違和感が拭えないのが「解放」という言葉と現実のギャップです。
「解放」という言葉を大義に掲げた歴史的イベントは、枚挙に暇がありません。冷戦終了を象徴する「ベルリンの壁崩壊(1989)」、人種差別からの解放を掲げた「南アフリカのアパルトヘイト廃止(1994)」、そして特に20世紀に多く見られたアジア、アフリカ各国の植民地からの独立運動もそうでした。また約250年前のアメリカ独立戦争も、英国から独立を勝ち取った「解放」の闘いでもありました。
こうした「解放」の物語から得られる教訓は、「自由」の価値の理解、物理的な拘束や抑圧に立ち向かう勇気、困難を乗り越える連帯の重要性などであり、抑圧や威圧、強制から民衆を自由にすることが「解放」でした。しかし今回の相互関税政策は、逆に自由貿易を否定し他国を抑圧するものであり、その目的が、本当に米国の労働者や農民を何かから解放することにつながるのかが、曖昧です。実際、185か国への相互関税を発表して以降、歓喜に沸く米国民の笑顔の映像を見ることはなく、これまで目にしてきたほかの「解放の日」とは全く違うものです。
「解放」の物語は普遍的な人間の願望や感情に深く根差すため、人々の共感を呼び起こすものです。それゆえ映画やドラマシリーズにもよく取り上げられる王道のテーマでもあります。解放の史実を再現したものに始まり、不正な拘束から個人の自由を取り返す『ショーシャンクの空に』や、機械の支配からの解放を描く『マトリックス』のようなSF作品までさまざまです。自分の好きな作品の中にも、解放をテーマにした作品が多いことに、あらためて気づかされます。
関税政策や移民政策など、外国から自国を保護するということを「解放」と強調することで、米国民の支持は得やすくなるのかもしれませんが、政策自体が経済秩序や自由貿易を崩し、これまで自由貿易の前提の中で世界をリードしてきた米国への信頼を失墜させてしまうことの影響を、大いに心配しています。また、米国に入ってくる財が減少して国内の製造業の競争力が下がり、コストプッシュで食糧や日用品の物価が上昇した結果、米政権の政策が、本来は解放して楽にしてあげるはずだった労働者、農民、職人を逆に困窮させるようなことには決してなってほしくないと、切に願っています。
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