米農家の資金繰り悪化と作付けへの影響

2016年03月04日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
舘 美公子


◇農家収入の減少

  米農務省は2月に2015/16年度の純農業所得(Net Farm Income)見通しを、前年から38%減の564億ドルと発表。農業所得の減少は2年連続で、ピークをつけた2013年からは54%の減少、2002年 以来の低水準となる。所得減少の最大の要因は、需給緩和による穀物/畜産物価格の低迷で、トウモロコシ・大豆価格はともに2012年のピークから50%超 下落し、2014年後半から低価格帯での推移が続いている。米農務省は2016/17年度も穀物価格の上昇が見込めないとして純農業所得を548億ドル (前年比3%減)に設定している。なお、政府による農家向け直接補助金は、穀物価格安で農家の損失を補填する補助金が増加することから、2015/16年 度106億ドル(前年比8%増)、2016/17年度は139億ドル増(同31.4%増)としている。

 

 

◇連銀報告書が示す農家の資金繰り悪化

  米農務省の見通しを裏付けるように、地区連銀は中西部のコーンベルトや南部の穀倉地帯の農家に融資を提供する管轄内の銀行にアンケート調査を行い、農家収入 の減少による資金繰り悪化を報告している。シカゴ連銀(管轄州:イリノイ北部・インディアナ北部・アイオワ・ミシガン・ウィスコンシン)は、農家返済率が11四半期連続で悪化し、2015年第4四半期は1999年以来の低水準に落ち込んだと指摘。また、第4四半期の農家融資で「major」および「severe」に分類された問題債権が全体の5%と前年同期から2.1ポイント上昇したとしている。こうした背景もあり、管轄内銀行の43%が第4四半期に農家の融資条件を前年同期から厳しく設定し、20%が新規融資の担保増額を求めたと回答している。

 

 カンザスシティ連銀(管轄州:コロラ ド・カンザス・ネブラスカ・オクラホマ・ワイオミング・ニューメキシコ・ミズーリ一部)も、第4四半期に農家の資金需要が増加する一方、返済率は対前年同期で悪化したと報告。2015年の農家向け融資のうち、運転資金借入は前年から6%増と流動性が低下し短期資金需要が増していることが示されている。ただし、問題債権の割合は農業不動産向けが0.5%と過去最低、非不動産でも1.5%と低く、債権の質の悪化はみられていない。セントルイス連銀(管轄州:インディアナ南部、イリノイ南部、ミズーリ、アーカンソー、ミシシッピ、テネシー)は、管轄内銀行の多くが2016年第1四半期の農家返済率が前期から悪化すると予想、また農家の資金需要が前期から増加する一方、融資できる資金は前年同期からは減少すると回答した。

 

 

◇作付けへの影響

 上述した連銀3行とも短期的な農業部門の改善を想定しておらず、農家を取り巻く環境は2016/17年度も厳しい状況が続くとみられる。それでもシカゴ連銀は、2016年に追加融資に応じることができない農家は全体の2%と記しているように、農家向け貸し渋りが頻発するような事態も想定しづらい。このため、農家の資金繰り悪化が今春の作付けに影響を及ぼす可能性も限定的とみる。

 

 なお、農家所得の減少と負債の増加により、1980年代の農家債務危機の再来を懸念する報道も増えている。実際、農家の借入額は1980年代から2倍近く増加しているが、資産価値も上昇した結果、負債比率は13%と歴史的にみても健全なレベルにある。また1980年代の金利水準は13%~17%と高い水準であったが、足元の金利水準は極めて低いなど状況が異なっており、差し迫った債務危機の可能性は低いとみられる。

 

シカゴ連銀管轄内の農家融資状況 (出所:米シカゴ連銀より住友商事グローバルリサーチ作成)

 


 

全米農家 資産負債比率・負債額推移
(出所:米農務省より住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

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