米大統領選とエネルギー政策
2016年11月07日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
舘 美公子
◇ 11月8日迫る米大統領選
米国大統領選挙が11月8日に実施される。今回の選挙戦では、米国社会の格差拡大や移民の増加などに焦点が当たり、エネルギー政策はさほど注目を集めていないように見受けられる。シェール革命によって米国のエネルギー輸入依存度が低下していることや、米国民が神経質になるガソリン価格も低位で推移していることも一因と言えよう。とはいえ、両候補のエネルギー政策は真っ向から対立していることから、以下政策内容や米エネルギー業界への影響についてまとめたい。
◇ 主な政策の違い
クリントン候補はオバマ現大統領の政策を引き継ぎ、「クリーンエネルギーの超大国」を目指すことで高報酬の雇用が創造できるとの方針を掲げている。一方、トランプ候補は「米国第一エネルギー計画(America First Energy Plan)」を掲げ、エネルギー完全自立の達成により雇用を促進できると説く。またエネルギー自立達成に向け、米国の石油・天然ガス・石炭開発に向けた土地利用の拡大を目指すことで、米国民は更に安い価格でエネルギーを享受できるとしている。
・気候変動対策
クリントン候補は、オバマ大統領が2013年に発表した気候変動計画(Climate Action Plan)を引き継ぐと明言。また、米国が国連に提出した2025年の温室効果ガス削減目標を達成する要になる規制、Clean Power Planも支持する立場にある。
一方のトランプ候補は、共和党の基本スタンス同様、気候変動は人為的要因でないとの立場にあり、対応策も不必要としている。このため、同氏は大統領就任後100日以内にパリ協定からの離脱に加え、国連の温暖化プログラムに支払っている資金を即座に停止するとしている。また、オバマ大統領が発効したClimate Action Plan、Waters of the U.S. rule(水質保全法の下、環境保護局が規制できる範囲を定めたもの)、Stream Protection Rule(石炭の生産規制、最終案はまだ提出されていない)など雇用に打撃を与える規制を取り消すとしている。
・化石燃料について
クリントン候補は、クリーンエネルギー推進の立場から化石燃料消費は推進していない。唯一天然ガスは、化石燃料のなかでは最も環境負荷が低いことから、再生可能エネルギー利用促進を実現するまでの架け橋として果たす役割が大きいとしている。石油については2027年1月までに消費量を3分の1減らすと公言。石炭については、米石炭産業が苦境に喘いでいる現状は、オバマ政権の環境政策よりも石炭消費抑制という世界的なトレンドによるものと指摘。石炭需要を支えるよりも、石炭生産地に対し職業訓練や産業の多角化を図る開発プランに300億ドル投じることが最良の方策としている。
石油・天然ガス業界に影響を与える政策としては、他の産業と同じ土俵で競うべきとの立場から無形掘削費の税控除など税制優遇策を排除する意向を示している。また、化石燃料の掘削活動については、北極海・大西洋・連邦政府所有地での開発は廃止あるいは制限されるべきとの立場にある。
反対にトランプ候補は化石燃料生産拡大を唱え、特に石炭産業への支援を表明している。同氏はクリーン・コールを推進することで米国の石炭産業の延命を図ることができ、雇用も確保できると指摘する(同氏のクリーン・コールが具体的にどのようなものか詳細不明だが、一般的にはCCS「二酸化炭素回収貯留」を指す)また、オバマ大統領が2016年に実施した政府所有地における新規石炭鉱区リースのモラトリアムについても撤廃するとしている。
・再生可能エネルギーについて
クリントン候補は、再生可能エネルギー推進の立場から、2025年までに1次エネルギーに占める再エネの割合を25%に引き上げる目標を掲げている。さらに大統領任期中に5億枚の太陽光パネルを設置し、各家庭に再エネによる電力を送ることや、クリーンエネルギーを推進する州や都市と新たなパートナーシップ「クリーンエネルギーチャレンジ」を600億ドル投じて立ち上げるとしている。一方、トランプ候補はあらゆる形態のエネルギーを活用すべきとの立場から、再生可能エネルギーは否定していないものの、経済性については懐疑的な立場にある。
◇ 最高裁判事の任命の行方
環境政策を推進するオバマ大統領のもと、環境保護局(EPA)は数々のエネルギー関連規制を発効してきたが、何件かは規制に反対する州や企業と係争状態にある。具体的には、連邦所有地における水圧破砕の環境面での規制を示したHydraulic Fracturing Rule on Public、Tribal LandsやClean Power Plan、Waters of the United Statesなどだ。どの規制も控訴審を経ており、最終的に最高裁まで持ち込まれれば、次期大統領が任命する最高裁判事によって判決が大きく変わる可能性がある。
米国の最高裁判事は定足数6人、最高9人で構成されているが、2016年2月に保守派の判事が1人死去したことで、現在は保守派4人、リベラル派4人となっている。オバマ大統領はリベラル派の判事を任命予定だったが、承認権限を有する共和党優位の上院が、後任人事は新大統領がすべきとの立場を表明したことでいまだ空席となっている。クリントン候補が大統領となった場合、最高裁の陣容はリベラル派多数となることから、現在係争中のエネルギー関連規制は維持される可能性が高いが、トランプ候補となった場合にはその逆となる。特に、Clean Power Planはパリ協定において米国がコミットした温室効果ガス削減目標を達成する要になる規制であり、世界的な温暖化対策の枠組みの成否にも影響を与えるため、最高裁判事の任命は重要な節目となる。
◇ 米エネルギー業界への影響
真っ向から対立する両候補のエネルギー政策だが、どちらが大統領に選出されたとしても、米国のエネルギー業界が大きく変化する可能性は低いとみられる。米国のエネルギー情勢は、経済性や技術革新を中心に形づくられており、大統領の意向がそのまま反映される訳ではないからだ。事実、オバマ大統領が掲げた環境政策についても、立法権限を有する議会を通した法改正は実施せず、行政府の執行権限内で既存法律の一部改正する方法を取り、進められている。クリントン候補が主張する再生可能エネルギー推進への補助金や、トランプが主張する石炭業界への支援についても、予算をつけるためには議会の承認が必要であり、スムーズに進むことは想定しにくい。ましてや、石炭業界の苦境は環境規制だけでなく、シェールガス革命により安価な天然ガスが潤沢に生産されたことで石炭が価格競争力を失ったことが大きく、たとえトランプが大統領となっても生産が大幅に回復する可能性は低いとみられる。また、クリントンが大統領になれば、再生可能エネルギーには追い風になることは確かだが、これは税制優遇に加え太陽光などで生産コスト削減が進み、経済性が増していることも一因であり、必ずしも大統領の一存で実現している訳ではない。
一方、世界的な温暖化への取り組みの観点では、トランプ候補が大統領になれば大きく後退しかねない。同氏はパリ協定からの離脱を宣言しているが、世界一の温室効果ガス排出国の米国が抜ければ、同2位の中国も脱退するとみられ、両国の協力なしに温暖化対策は効果を発揮することができないからだ。
以上
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