オランダの農産品貿易構造の特徴とその要因

2017年02月09日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
伊佐 紫

 

◆要旨

  オランダの国土は約415万ヘクタールで九州とほぼ同じ大きさである。そのうち農用地は約4割(184万ヘクタール)であり、オランダは日本の農用地面積(約455万ヘクタール)の半分以下の狭小な耕地で作物を生産している。このような条件にも関わらず、オランダは米国に次ぐ世界2位の農産品輸出国である。これには、①加工貿易・中継貿易が盛んであること、②花き、野菜、酪農品などの高収益な農産品を大量に生産、輸出する輸出志向型農業であることが理由である。これを可能にした要因は、①オランダ特有の立地条件の良さやEU市場へのアクセスの良さ、②農業・食品加工業の発展、③効率的な農業生産体制の確立である。こうした条件の下、オランダは今後も農産品の輸出競争力を維持していくだろう。

 

 

◆オランダの農産品輸出

 オランダの農産品輸出額は約861億ドル(2015年)であり10兆円規模に上る。

 

 主な輸出品は、花き(切り花、球根)(農産品輸出額に占めるシェア:11%)、牛肉などの加工品(同10%)、酪農品・鶏卵等(同9%)、葉茎菜類(同8%)、飲料・アルコール類(同6%)、調製飼料(同6%)などである。

 

 主な輸出先はドイツ、ベルギー、英国、フランスなどで、EU向けが輸出額全体の約8割を占める。

 

 主要農産品輸出国の農産品輸出額シェア(2015年)(出所:UNComtradeより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 オランダの主要輸出先(2015年)(出所:UNComtradeより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

オランダの農産品輸出品目別のシェア(2015年)(出所:UNComtradeより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

◆オランダの農産品輸入

 オランダの農産品輸入額は約592億ドル(2015年)である。

 

 主要な輸入品は、野菜・果実・ナッツ類(農産品輸入額に占めるシェア:9%)、マーガリン・バター類(同8%)、カカオ豆(同7%)、牛肉(同7%)、採油用の種(同7%)などである。

 

 主な輸入先はドイツ、ベルギー、フランス、ブラジルなどである。

 

オランダの主要輸入先(2015年)(出所:UNComtradeより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

オランダの農産品輸入品目別のシェア(2015)年(出所:UNComtradeより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

◆中継貿易/加工貿易

 オランダの農産品の純輸出額(輸出額から輸入額を差し引いた額)は約269億ドル(2015年)である。農産品の純輸出額は農産品輸出額全体の3分の1程度にとどまり、残りの3分の2は輸入品を加工または中継し、他国に輸出している。

 

 主要な加工輸出品にはタバコの葉を原料とするタバコやカカオ豆を原料とするココアバター、チョコレート製品などがある。チョコレート製品の場合、アグリビジネス企業がカカオ豆をインドネシアのプランテーション農園から輸入し、これを原料としてチョコレートに加工し輸出している。

 

 また、輸入した農産品を加工せずに同種の財のまま輸出する中継貿易も盛んである。例えば、冬季の南欧野菜をドイツなどのEU市場に輸出している。

 

 以上のように、オランダの農産品輸出額が大きい理由は加工貿易や中継貿易が多いからであり、これほど加工貿易が盛んである背景には農業や食品加工業の発展が不可欠で、ひいては、オランダの農産品の輸出競争力の高さを示している。

 

オランダの農畜産物・食品等の輸出入額(2015年)(出所:UNComtradeより住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

◆オランダの農産品生産

 農産品のうち輸出額が最も多いのは花きであるが、その多くは国内で生産している。オランダの農産品生産額は約185億ユーロ(2013年)である[*1]。最も付加価値額が大きい部門はトマト、キュウリなどの果菜類やバラ、キク、フリージア等の切り花の施設園芸であり、全体の約4割を占める。次いで、高収量な牧草を生産する草地酪農、養豚、養鶏などの集約畜産などである。これらは国内需要を大きく上回って生産され、大量に輸出される。例えば、トマトの自給率は310%、豚肉は240%となっている[*2]。一方、大豆など土地利用型の作物やカカオ豆など国内で生産できない加工原料は輸入に依存している。

 

 こうした生産と貿易の構造から、オランダは施設園芸のような高収益な生産や酪農・畜産などの労働・資本集約的な生産に特化し、狭い農地で効率的に農産品を生産、輸出する輸出志向型であることがわかる。

 

 一方、EUの最大農業国であるフランスは、原料を多く生産し輸出する一方、国外から食料品を多く輸入する原料輸出型である。近年では、原料のみならず食料品も生産・加工、輸出するようになっている[*3]

 

 

◆農産品輸出が多い要因

 オランダの加工貿易・中継貿易が発展した要因と輸出志向型農業が発展した主な要因を3つ挙げる。

 

① 立地の優位性とEU市場へのアクセスの良さ

 オランダは欧州のほぼ中心に位置し、欧州最大の港ロッテルダム港、空のスキポール国際空港を有する。これらの拠点は古くからアジアと欧州との物流網、並びに、域内を結ぶ道路、鉄道、河川を利用した物流網の中心地として機能してきた。こうした立地の優位性のもと、オランダでは物流ネットワークが高度に発達し、加工・中継貿易の発展に大いに寄与している。

 

 また、オランダは約5.8億人を有する巨大市場であるEUに対して、関税や非関税障壁なく自由にアクセスできる。特に、オランダは域内の一大消費国であるドイツや北欧市場の近くに位置しており、農業ライバル国であるスペインや東欧諸国を凌ぐ輸出国となっている。

 

② 農業・食品加工業の発展

オランダは2011年、農業・食品部門と施設園芸・種苗部門を国の重点育成産業と位置付け、政府支援の下、農業・食品のイノベーションへの取り組みを強化している。オランダ中東部ヘルダーランド州ワーヘニンゲン市に「フードバレー」と呼ばれる産業集積地がある。ここではワーヘニンゲン大学を中心とする研究センターや企業などの科学者が集結し、政府や農業協同組合と一体となってビジネスに直結する研究開発を行っている。具体的には、農産品の育種・種苗、生産、加工、流通、販売にわたるフードバリューチェーンの構築を進め、農業・食品加工業界の発展を牽引している。

 

③ 効率的な農業生産体制の確立

 オランダの農家は狭小な耕地で作物を効率的に生産している。農家は農作業のIT化・機械化・標準化や外国人労働者の活用により生産コストを削減している。こうした農業経営の効率化により、大規模生産が可能となり輸出を伸ばしている。

 

 また、オランダの農業者間にはお互いが競争相手であっても農業の知識や技術を共有し、相互に高めあうという特有の文化が浸透している。こうした生産者間の共同体制の構築は農業経営の効率化を促している。

 

 

◆見通し

 以上、オランダの農産品貿易構造の特徴とその要因を見てきたが、オランダはその立地の優位性という強みを生かしながら、産官学一体となったイノベーションへの積極的な取り組み、さらには、効率的な農業生産体制の確立により農産品の輸出競争力を高めており、今後もその競争力の高さを維持していくと思われる。

 

以上

 


 

[*1] 生きた動物を除く(Statistical Factsheet, Netherlands(April, 2016))

 

[*2] 一瀬裕一郎「オランダの農業と農産物貿易─強い輸出競争力の背景と日本への示唆─」p.7農林金融(2013年7月)

 

[*3] 経済産業省「平成28年度通商白書」p263

 

記事のご利用について:当記事は、住友商事グローバルリサーチ株式会社(以下、「当社」)が信頼できると判断した情報に基づいて作成しており、作成にあたっては細心の注意を払っておりますが、当社及び住友商事グループは、その情報の正確性、完全性、信頼性、安全性等において、いかなる保証もいたしません。当記事は、情報提供を目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありません。また、当記事は筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一された見解ではありません。当記事の全部または一部を著作権法で認められる範囲を超えて無断で利用することはご遠慮ください。なお、当社は、予告なしに当記事の変更・削除等を行うことがあります。当サイト内の記事のご利用についての詳細は「サイトのご利用について」をご確認ください。