米穀物輸送を支える内陸水路の現状
2017年09月07日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
舘 美公子
◇米国の穀物輸送を支える内陸水路
米国ではミシシッピ川を中心に2万キロの内陸水路が発達し、中西部のトウモロコシ・大豆生産地と輸出港を結ぶ幹線として機能している。全米穀物・飼料協会によると、トウモロコシ・大豆輸出の85%が内陸水路を利用し、60%がメキシコ湾岸、30%が太平洋沿岸の港に輸送される[*1]。内陸水路の利点は、他の輸送手段に比べ単位当たりの積載量が大きく、輸送コストが低い点。1隻のバージ(はしけ)は1,750トン積載可能で、貨車16台分、トレーラートラック70台分に相当[*2]する。こうした安価な大量輸送手段により、米国は他国に比べ高い輸出競争力を維持できている。一方、内陸水路を支える200か所近いlock and dam(閘門[*3]・ダム施設)の大半はニューディール政策の一環として1920~30年代に建設され、50年の耐用年数を超過している。老朽化は、1990年代から問題視されてきたが、トランプ大統領のインフラ投資促進姿勢を機に再び注目を集めており、米紙も特集記事[*4]で取り上げている。
◇老朽化による弊害
内陸水路を管理する陸軍工兵司令部のデータによると、技術上の問題によるlock and dam稼働停止時間は過去3年(2014~16年)で平均5万時間/年と1993年比2倍に増加。また、閘門利用の遅延時間(閘門到着から利用開始までの時間)もタグボート当たり2.4時間と1993年の1.5時間から大幅増となっている。内陸水路を利用する船舶数が1993年比で増加していないなか、水路の利用制限が増加しているのは、lock and damの老朽化による故障頻発が理由に他ならない。2016年にはオハイオ川のMontgomery閘門が114日間も技術上の問題で稼働停止に追い込まれた。計画外停止による遅延頻発に伴う輸送コスト上昇で、穀物メジャーらは鉄道設備への投資やトラック輸送への切り替えを一部実施、農業関係者の間では内陸水路の利用減少は米国の輸出競争力を低下させるとの危機感が強まっている。
米農務省の依頼に基づきテネシー大学も、内陸水路の輸送障害がトウモロコシ・大豆輸送に与える影響について調査[*5]。収穫時期の9~11月にミシシッピ川のLock25が閉鎖した場合、メキシコ湾からのトウモロコシ・大豆輸出量は500万トン減(9%減少)、イリノイ川のLa Grange閘門が閉鎖した場合は同5%減と多大な経済損失に繋がると試算する。
◇設備能力増強・改修を賄う財源の問題
Lock and damの老朽化が改善されない最大の要因は、財源不足にある。2007年に議会はミシシッピ川沿いの閘門5か所、イリノイ川沿いの閘門2か所の能力増強や複数の閘門の効率化改善プロジェクト(総額28億ドル)、Navigation and Ecosystem Sustainability Program(NESP)を承認したが、連邦政府および内陸水路信託基金(IWTF)の財源不足によりいまだ実行に移されていない。内陸水路信託基金は、内陸水路利用者が支払う燃料税(ディーゼル1ガロン当たり29%)を財源とし、内陸水路施設の新設・改修費用の50%を拠出しているが、2016年度末残高は57百万ドルに過ぎない。また、インフラ投資の必要性を訴えてきたトランプ大統領だが、予算教書で閘門・ダムの管理/建設を担う陸軍工兵司令部の建設予算を前年比50%削減する矛盾した対応をとっている。さらに、予算教書と同時に発表した「インフラ・イニシアティブ」において、内陸水路信託基金の財源を確保するため、閘門施設利用税の導入を提案したが、業界関係者は水路改修費用の50%負担に加え、更なる課税は競争力悪化に繋がると反発。トランプ大統領下でもlocks and dam老朽化問題の改善は期待できそうにない。
[*1]“Inland Waterway and Ports-A Lifeline for U.S. Farmers and Exporters” National Grain and Feed Association, April 13, 2017
[*2]“WATERWAYS: Working for America” National Waterways Foundation, February, 2017
[*3]こうもん:水位の異なる河川や運河、水路の間で船を上下させるための装置のこと。
[*4] “Disaster Looms on America’s Waterways”, Wall Street Journal, July 27, 2017
[*5] “Economic impacts Analysis of Inland Waterways Disruption on the Transport of Corn and Soybeans”, USDA, December, 2016
以上
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