北朝鮮経済と北朝鮮リスクによるマクロ経済的影響
調査レポート
2017年11月08日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
片白 恵理子
◇要旨
2016年の北朝鮮・実質経済成長率は3.9%と17年ぶりの大幅な伸びを記録。2015年のマイナス成長からの反動も一因だが概してすべての産業で伸びが拡大した。2009年から2014年の間、経済回復・成長が続いたが、韓国企業による北朝鮮・開城工業地区の稼働、中国との貿易・投資などが行われていたことが大きいとみられる。さらに非合法的な貿易、海外への出稼ぎ労働、アフリカ諸国でのインフラ建設なども経済を支えてきた。中国は2017年に入り独自制裁を強化しているため北朝鮮からの輸入は減少。しかし、北朝鮮への輸出の増加により貿易総額が増加しているため2017年の貿易総額は前年を上回る可能性が高い。このような北朝鮮の経済状況の中、最近、弾道ミサイルの試験発射などが多い。北朝鮮リスクに対し世界・地域へのマクロ経済的影響に関する想定シナリオを考えるのはリスクを最小限に抑えるため重要である。
北朝鮮による弾道ミサイルの試験発射が繰り返し行われ日米韓、周辺諸国との緊張が高まりつつある。06年以降、国連の制裁決議が度々採択されているが、実際は制裁に対する抜け道があり北朝鮮経済はむしろ潤っているようである。IMFのイ・チャンヨンアジア太平洋担当局長は17年10月半ば、アジア経済にとって最大のリスクは北朝鮮の核問題と言及している。そこで、北朝鮮の最近の経済動向、北朝鮮リスクによるマクロ経済的影響に関し分析する。
◇北朝鮮の16年実質経済成長率は3.9%と17年ぶりの大幅な伸びを記録
06年10月9日の北朝鮮による最初の核実験後、国連安全保障理事会決議により国連の対北朝鮮制裁が開始されたにもかかわらず北朝鮮経済は新興富裕層トンジュも存在するほど平壌などの都市部で生活水準が向上していると伝えられている。韓国の中央銀行である韓国銀行が算出した推計値によると、北朝鮮の16年実質経済成長率は3.9%と08年以降初めて3%を超え、99年の6.1%以来17年ぶりの大きな伸びを記録した。資源価格の下落が響いた15年のマイナス成長(▲1.1%)からの反動も一因だが概してすべての産業で伸びが拡大した。GDPの22%と最も大きな割合を占める農林水産業においては、15年0.8%のマイナスから16年は2.5%のプラス成長に転じた。21%を占める工業は特に重化学工業が15年の4.6%減から16年6.7%増と、工業全体の成長率を4.8%とプラスに押し上げた。12%を占める鉱業は石炭、鉛、亜鉛などの生産が増加し15年の2.6%減から16年は8.4%増と大幅に回復した。
5%を占める電気・ガス・水道業は15年12.5%減であったが16年22%増と最も伸びが拡大した。平壌の電力インフラ投資、特に水力・火力発電の回復が大きい。建設業は15年4.8%増から16年1.2%増と伸びは縮小したが建設・土木の需要の増加が貢献した。公共サービス・教育などのサービス業は16年0.5%増と15年0.6%増からやや伸びが低下した。
◇09年以降14年まで成長を維持
リーマンショックによる金融危機後の09年から12年まで景気回復が続き15年のマイナス成長まで伸び率はほぼ横ばいの安定的な成長を持続している点は注目すべきである。制裁により他国との貿易が減少しつづけ、さらに09年11月に100分の1に通貨を切り下げるというデノミネーションにより混乱が生じ通貨ウォンの信頼が失われたにもかかわらずだ。その背景には、韓国企業による北朝鮮・開城工業地区の稼働、中国との貿易・投資などが行われていたことが大きいと言われる。
04年に操業を開始した開城工業地区は、05年は韓国企業18社・生産額1,491万ドルであったが10年には120社を超え、15年の生産額は5億ドルを上回り過去最高額を記録した。北朝鮮人労働者は靴下、腕時計、制服などの生産に従事し05年は6千人ほどであったが09年には4万人を超え11年以降は5万人を超えた。従業員の賃金はドルで支払われるため外貨を獲得でき北朝鮮にとって大きな収益になったようだ。韓国統一省によると、16年2月までに支払われた額は約5億6,000万ドルであった。また各種報道によると、賃金は月に1人当たり150ドル超だが現金は韓国側から北朝鮮当局者にまとめて支払われるため労働者に支払われるのはそのうちの30ドル程度の北朝鮮ウォンと生活必需品に交換できるクーポンであったという。
16年、南北の貿易総額は激減した。2月の北朝鮮による弾道ミサイル発射実験後、獲得した資金がミサイル開発に流用されることを懸念した韓国政府が国連安全保障理事会の制裁決議を受け欧米・日本と足並みを揃え、開城工業地区を停止したからだ。15年の北朝鮮の貿易総額は89億ドルでそのうち韓国との貿易総額は約27億ドルと全体の約30%であった。16年は韓国を除く貿易総額が前年比4.7%増の65億ドルであったが、韓国との貿易総額は3億3,230万ドルへと激減した。
中国は欧米諸国等が制裁を強化する中、貿易を円滑化するため北朝鮮国内に橋、港湾、免税地区などを建設しインフラ整備を行った。15年には北朝鮮の石炭を中国・遼寧省へ運搬するため遼寧省丹東と北朝鮮との国境に近い遼寧省瀋陽との間に高速鉄道を開設した。09年の北朝鮮の中国向け輸出は全体の4分の1、中国からの輸入は半分ほどの割合であったが15年には中国向け輸出は全体の83%、中国からの輸入は85%にまで達し北朝鮮は対中国貿易依存度を高めていった。中国の対北朝鮮直接投資は、そのほとんどが資源の開発であり、たとえば中国の投資により咸鏡ではアジア最大の露天鉄鉱山の開発が行われた。中国のこのような北朝鮮への貿易投資や経済支援は、北朝鮮崩壊によって大量の人々が中国へ押し寄せることを回避するためとも、北朝鮮崩壊による経済面・政治面・安全保障面でのコストを抑えるためとも言われる。
中国と韓国との経済関係以外に、北朝鮮を支えるのは非合法な貿易、海外への出稼ぎ労働、アフリカでのインフラ建設などがある。非合法な貿易に関しシリア、コンゴ民主共和国、スーダン、エリトリアといった内戦状態にある国々へ武器を輸出している、と国連は報告している。海外出稼ぎ労働に関しては、17年、制裁が強化され中国・欧州・中東などによる就労許可の更新禁止や送金制限の動きなどがあるがこれまで6万人から8万人が年間5億ドルほど稼いでいたと国連は推計している。
外貨獲得のため北朝鮮は金日成時代から関係の深いアフリカ諸国でインフラ建設などにも従事している。最近核開発や大陸間弾道ミサイル開発を加速させる北朝鮮に対し、米国や国連は北朝鮮とアフリカ諸国との関係を注視している。一部のアフリカ諸国では不法活動を黙認し、制裁によりプロジェクトを減速・停止させてもまた再開したり中国企業が引き継いで下請に北朝鮮を使っていたりする。プロジェクトの多くは北朝鮮の国営企業・万寿台海外開発会社(Mansudae)が担っている。同社は少なくとも14のアフリカの国連加盟国で軍需工場、大統領宮殿、集合住宅などあらゆる種類の大規模建設プロジェクトを担っており、その収益は北朝鮮にとって多額の資金源であり、北朝鮮経済を長期間支えられる規模になると国連は推測している。
◇中国、制裁強化により対北朝鮮貿易減少へ
北朝鮮の対中貿易総額は北朝鮮貿易総額の9割以上(16年)を占め中国への貿易依存度が非常に高いが、17年に入り中国は国連の制裁決議に基づき独自に経済制裁を強化している。主な制裁内容として、中国は北朝鮮からの輸入に対し、17年2月に石炭輸入を停止、17年8月15日から鉄鉱石、鉄、鉛、海産物の輸入を禁止した。さらに17年9月22日、北朝鮮産纎維製品の輸入を全面的に中断した(9月11日以前に契約済みの繊維製品に関しては、12月10日までに手続きを終えれば輸入が認められる)。英国メディアBBCは、北朝鮮にとって繊維製品の輸出禁止は年間7億ドルほどの損失になると推計している。06年以降、安保理で9回対北朝鮮制裁決議が採択され、現在、北朝鮮の5大輸出商品(石炭、鉄、鉄鉱石、海産物、繊維製品)が制裁対象となっているが、中国は17年この5大輸出商品のすべてに対して経済制裁を強化した。中国から北朝鮮への輸出に対しては、9月22日からすべてのコンデンセート油と液化天然ガス(LNG)の北朝鮮向け輸出を中断し、10月1日からは精製石油製品も輸出量を制限(石油精製品の輸出には年間200万バレルの上限、原油は現行輸出量を上限に)している。
中国税関総署が発表している17年1~9月の中朝貿易統計をみると、17年2月の北朝鮮からの石炭の輸入停止後、北朝鮮からの輸入額は減少しており、北朝鮮への輸出額も8月以降減少傾向にある。詳細をみると、北朝鮮からの輸入額は3月から9月までの7か月間大幅に減少し1~9月累計では前年同期比16.7%減の14億7,785万ドルであった。特に石炭の輸入停止直後の3月が前年同月比52%減と大きく落ち込んだ。一方、8月、9月の北朝鮮への輸出額は前年同月比でそれぞれ6%減、6.8%減であったが17年1~9月累計では前年同期比20.9%増の25億4,846万ドルと増加している。輸出の伸びが大きかったため17年1~9月の貿易総額は前年同期比で12.4%増になった。
8~9月の2か月間は輸出入とも前年同月比でマイナスが継続したが、17年に関していうと残りわずか3か月であるため貿易総額は16年より増加すると見込まれる。しかし、16年中国は北朝鮮に対し本格的に制裁を始動していたにもかかわらず増加していることを鑑みると今後も減少傾向が続くかは定かではない。ちなみに、中国の北朝鮮からの輸入で全体の40%以上を占める石炭は16年4月に中国により輸入禁止対象品目の1つに指定されていたが、単価が低下したにもかかわらず数量が増加したため輸出額も増加した。石炭の単価は13年1トンあたり73.4ドルであったが、15年、16年はそれぞれ53.4ドル、52.5ドルであった。
◇北朝鮮リスクに対する海外シンクタンクによる分析比較
北朝鮮により軍事的緊張がさらに高まったり有事が生じたりする場合の周辺諸国や世界経済への影響に関する最近の分析を考察する。英国調査会社・Capital Economics(CE)は8月に米国と北朝鮮の緊張が軍事行動に発展した場合の世界経済への影響を試算している。今回、有事が朝鮮半島で生じ韓国のGDPが50%減少した場合、世界全体のGDPは1%減少すると試算している。韓国のGDPは世界11位・1.4兆ドル規模でありスマートフォン、自動車、薄型テレビ等のサプライチェーンが発達している。有事の場合、それらの供給が滞り世界への影響が懸念される。テレビや電子機器用液晶ディスプレイは世界最大の生産で世界シェアは40%、スマホ向け半導体は世界2位の生産で世界シェア17%と大きい。半導体拠点をゼロから開設するには2年程要すると想定されている。海運会社へのリスクも指摘している。中国・東岸沿いの主要海運ルートの使用が不可能になりコンテナ船の中国の港への出入りが不可能になることが想定され、海上物流が混乱すると考えられる。また、朝鮮半島への戦費と復興費のために米国がイラクやアフガニスタンへの支出と相当の金額を拠出するならば、連邦債務は30%増える可能性もあると指摘している。
Morgan Stanleyは軍事的衝突を想定せず、①現状のまま緊張が高まったり緩和したりの繰り返し、②北朝鮮のミサイル実験がエスカレートし米韓の軍備が増強されさらに緊張が高まる、③北朝鮮が国際規範に従い緊張が緩和、の3つのシナリオを想定している。
9月にオックスフォードエコノミクスは想定シナリオとその短期的・長期的な地域・世界経済への影響をまとめている。その中で、北朝鮮による日本への攻撃に対する緊張の高まり、有事中・後の米中間の緊張の高まりに関しても分析している。北朝鮮による日本への攻撃に対する緊張の高まりでは、短期的な影響として日本株が売られ日本の企業・消費者信頼感が低下し、アジア地域における安全資産として円が買われると想定している。長期的な影響として日本において資産価格の下落と企業・消費者信頼感の低下により、国内需要が減り円高とアジア地域の成長鈍化により国外需要も減少すると分析している。
有事中・後の米中間の緊張が高まると短期的には中国株が下落し中国企業・消費者信頼感は低下するものの米国金融市場への影響は限定的であるとしている。さらに新興国、特に新興アジア諸国でのマーケット・リスクプレミアムが高まり一時的に不安定になるとも想定している。最終的には中国の国内需要が減少し新興アジア諸国へも波及する、と分析している。
ただ、やはりどのくらいのダメージがどのような出来事で生じるか等、想定される被害や被害額など明確に予測することは不可能である。しかし、現在北朝鮮の核問題に関するリスクが高まる中、リスクを最小限に抑えるため想定シナリオを考えることは重要である。
以上
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