ドイツの消費は今後も伸びるか

2018年01月05日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
伊佐 紫

◇要旨

 ドイツでは堅調な個人消費が成長を牽引している。ドイツ経済は今後も緩やかに成長するとみられるが、消費は今後も堅調に伸びるだろうか。本レポートでは、この点について個人消費と小売りの二つの側面から考察する。

 

 初めに、①ドイツの人々が何にお金を使っているのかについて、GDPの個人消費を価格と数量とに分けて消費の伸びを検証する。次に、②ドイツでどのような商品が売れているのかについて、商品ごとの小売売上高の推移と売上高が伸びた背景について検証する。

 

 結果として、消費は不況下では生活必需品が中心であったが、2015年以降は嗜好品の消費が増加し、景気の回復が鮮明になっている。今後も低失業率が続き、所得がさらに改善すれば、生活必需品に加えて幅広く嗜好品の消費が拡大するだろう。また、小売売上高をみると、健康・医療関連商品やスポーツ機器、情報・通信機器、家電のような高齢化や技術革新といった社会的な構造の変化に伴う需要と、自動車のような定期的な買い替えサイクルに伴う循環的な需要とがあり、これらの需要が相まって小売売上高を伸ばしてきたことがわかる。各商品の今後の市場の大きさを考えると、小売売上高は今後も伸びるだろう。よって、個人消費と小売売上高の両側面において、消費はしばらくの間堅調に伸び、ドイツ経済を牽引する主因となるだろう。

 

 

◇①ドイツの人々は何にお金を使っているのか?

 ドイツ統計局のGDP統計によると、世界金融危機と欧州債務危機の影響を受けた時期を除いて、個人消費(国内消費者支出/図表1)はここ10年間増加している。

 

 消費を押し上げている要因を価格と数量とに分けてみると、2014年までは主に価格の上昇が消費を押し上げていたが、2015年以降は数量の増加も消費を押し上げている。項目別に詳しく見ると、食品・飲料・タバコ(図表2)、住宅・水道・電気・ガス・その他燃料(図表3)、運輸・通信(図表4)については、価格と数量の双方が消費を押し上げている。これらは全て生活必需品であるので、たとえ料金が値上がりしたとしても一定量の消費が必要とされ、消費量が大きく落ち込むことはない。一方、衣料・履物(図表5)、家具・家庭用機器(図表6)、娯楽・文化(図表7)については、生活に不可欠なものではないため、不況時には消費は控えられる。世界金融危機や欧州債務危機の影響を受け景気が低迷した時期には、消費の中心は生活必需品であったが、2015年になると家具・家庭用機器や娯楽・文化といった嗜好品の消費量がプラスに転じ、さらに、衣料・履物についても2016年末以降は消費が拡大している。現在、消費は幅広い項目で伸びており、ドイツの景気の回復は鮮明になっている。今後も低失業率が続き、所得がさらに改善すれば、生活必需品に加えて多様な嗜好品の消費が拡大していくだろう。

 

図表1 国内消費者支出 (出所:ドイツ連邦統計局より住友商事グローバルリサーチ㈱作成)

 

図表2 食品、飲料、タバコ (出所:ドイツ連邦統計局より住友商事グローバルリサーチ㈱作成)

 

図表3 住宅・水道・電気・ガス・その他燃料 (出所:ドイツ連邦統計局より住友商事グローバルリサーチ㈱作成)

 

 図表4 運輸・通信 (出所:ドイツ連邦統計局より住友商事グローバルリサーチ㈱作成)

 

  図表5 衣料・履物 (出所:ドイツ連邦統計局より住友商事グローバルリサーチ㈱作成)

 

図表6 家具・家庭用機器 (出所:ドイツ連邦統計局より住友商事グローバルリサーチ㈱作成)

 

  図表7 娯楽・文化 (出所:ドイツ連邦統計局より住友商事グローバルリサーチ㈱作成)

 

 

 

◇②ドイツではどのような商品が売れているのか?

 ドイツ統計局の小売売上高指数(数量)(図表8)によると、小売売上高(除自動車・自動二輪車)及び自動車・自動二輪車の卸売・小売取引はともに2015年以降、堅調に増加している。とりわけ、健康器具、医療・整形外科用品、情報・通信機器、家電、スポーツ機器、自動車の販売数が伸びている。

 

  図表8 小売売上高指数(数量) 小売売上高(除自動車・自動二輪車)、自動車・自動二輪車の卸売・小売 (出所:ドイツ連邦統計局より住友商事グローバルリサーチ㈱作成)

 

 健康器具、医療・整形外科用品の売上高(図表9)が伸びている背景にはドイツの高齢化がある。2015年にはドイツの総人口8,243万人のうち、27.4%にあたる2,252万人が60歳以上である。この割合は2005年からみると10年間で2.4%増加しており、60歳以上の人口の伸びは総人口の伸びを上回っている(図表10)。国連の世界人口予測2015年改訂版によると、2030年には36.1%にあたる2,928万人が60歳以上になる見込みであり、高齢者向けの健康・医療関連市場は今後も拡大すると予測される。また、最近では利便性の良さからインターネットで商品を購入する高齢者が増えており、販売業態の変化も小売売上高の伸びを後押ししている。

 

  図表9 小売売上高指数(数量) (出所:ドイツ連邦統計局より住友商事グローバルリサーチ㈱作成)

 

 図表10 60歳以上の人口の伸び率 (出所:ドイツ連邦統計局より住友商事グローバルリサーチ㈱作成)

 

 情報・通信機器の売上高(図表11)は2011年以降、急速に伸びている。背景にはサムスンやiPhoneなどのスマートフォンの売り上げが好調だったことがある。Pew Research Centerによると、ドイツのスマートフォン保有率は60%(2015年)であり、市場は今後も拡大する余地がある。これに加え、スマートフォンの周辺機器やコンピューターも売り上げを伸ばしている。矢継ぎ早に進む技術革新によって消費者の購入商品の幅が広がり、新規の購入量が増えていることに加え、2年程度の買い替えサイクルが発生するため、情報・通信機器の売上高は今後しばらくの間継続して伸びるだろう。

 

 家電の売上高(図表12)も緩やかに増加している。環境先進国のドイツでは節水型や節電型の洗濯機や食洗機などの白物家電は人気がある。とりわけ、再生可能エネルギーの導入後、電気料金が高止まりしているため節電型商品が売れている。

 

 2010年にFIFAワールドカップが開催された際には薄型テレビの販売が急増した。ドイツの人々は家族との団らんの時間を大切にするといわれ、スポーツイベントをきっかけに高画質テレビへの買い替え需要が発生したことも一因であった。

 

 今後も様々な新しい種類の家電が発売され、売り上げが伸びる可能性がある。例えば、フェーシャルスチーマーのような理美容家電や温水洗浄便座のようなトイレタリー製品、スマート家電などで新たな市場の開拓が期待される。

 

 また、イーバイクと呼ばれるスポーティーなデザインの電動アシスト自転車も売上高が増加している(図表9)。ドイツは今やオランダを抜いて欧州一の電動アシスト自転車市場に成長している。

 

図表11 小売売上高指数(数量) 情報・通信機器 (出所:ドイツ連邦統計局より住友商事グローバルリサーチ㈱作成)

 

図表12 小売売上高指数(数量) 家電、トイレタリー・化粧品 (出所:ドイツ連邦統計局より住友商事グローバルリサーチ㈱作成)

 

 自動車販売・修理、自動車部品の売上高(図表8)は、2014年以降の景気の回復や低金利の自動車ローンが消費を刺激し、堅調に伸びている。2015年にはフォルクスワーゲンの排ガス問題が発覚したが、売上高への影響は限定的だった。今後についても、好調な景気を背景に自動車売上高は堅調に推移すると予想される。また、2009年に政府が実施した自動車の購入補助金による一斉購入が一巡し、買い替えサイクルが始まりつつある。さらに、国際自動車工業連合会(OICA)によると、ドイツの自動車保有台数は2007年の4,118万台から2015年にかけて一貫して増え続け4,507万台に達した。買い替え需要に加えて新規の自動車購入が増えていることから、自動車の販売台数は今後しばらくの間堅調に伸びると見込まれる。

 

 最後に、宝石・腕時計といった高級品の売上高(図表13)は2013年以降、一貫して売り上げが減少している。景気が回復しつつある中、消費者が高級品を購入しない理由に消費者の消費の傾向が変化していることが考えられる。例えば、宝石や高級時計の代わりに、高価な医療器具やスポーツ機器、オーガニック食品などを好んで購入している可能性がある。

 

 図表13 小売売上高指数(数量) 宝石・腕時計 (出所:ドイツ連邦統計局より住友商事グローバルリサーチ㈱作成)

 

 

◇消費は今後も堅調に伸びるのか?

 ドイツ経済を牽引してきた消費は今後しばらくの間、堅調に伸びるだろう。

 

 消費は不況下では生活必需品が中心であったが、2015年以降は嗜好品の消費が増加し、景気の回復は鮮明になっている。今後も低失業率が続き、所得がさらに改善すれば、生活必需品に加えて幅広く嗜好品の消費が拡大するだろう。また、小売りについては、健康・医療関連商品やスポーツ機器、情報・通信機器、家電のように高齢化や技術革新といった社会的な構造の変化を背景に売り上げを伸ばしている商品や、自動車のように買い替えサイクルで需要が発生し売り上げが伸びている商品があり、これらの需要が相まってドイツの小売売上高の伸びを支えている。各商品の今後の市場の大きさを考慮すると、小売売上高は今後もしばらくの間堅調に増えると見込まれる。よって、個人消費と小売売上高の両側面において、消費はしばらくの間堅調に伸び、ドイツ経済を牽引する主因となるだろう。

 

以上

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