米中貿易戦争の中で減速感が強まる韓国経済
調査レポート
2019年09月20日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之
概要
韓国経済の減速感が強まっている。米中貿易戦争のあおりや世界経済の減速から、輸出や設備投資が前年割れになっている。また、雇用環境や消費者マインドの悪化から個人消費も伸び悩んでいる。こうした中で、設備の稼働率の低下や家計債務残高の高止まりなどの構造的な問題が、前述のような現在広がりつつある悪影響に拍車をかけている。韓国においては政治的な側面が注目されているものの、実体経済の脆弱性に注意することが必要だと考えられる。
1. 苦境に陥る現状
韓国経済は、苦境に陥っている。図表①のように、2019年第2四半期のGDP成長率は前年同期比+2.0%となり、前期(+1.7%)から加速した。しかし、ここ1年の平均成長率は+2.2%にとどまり、2013年以降の平均成長率(+3.0%)を下回っている。
GDP成長率の寄与度をみると、2つの押し下げ要因がある。1つ目は、経済成長の牽引役だった輸出の減速だ。米中貿易戦争や世界経済の減速によって、輸出が前年割れとなっている。2つ目は、民間設備投資の減少である。民間設備投資は輸出との連動性が高く、1つ目の輸出の減速による悪影響が、設備投資にも広がっている。さらに、個人消費の寄与度も縮小しているなど、内外需ともに減速しているといえる。
米中貿易戦争が激化する中で、世界経済も減速しており、韓国経済も例外ではない。そこで、以下では、韓国経済の現状と構造的な課題について考えてみる。
2. 輸出の減速
まず、ドル建て輸出は、図表②のように、2018年秋頃から前年割れの状態が続いている。輸出総額は前年同月比で6月(▲13.8%)、7月(▲11.0%)、8月(▲13.8%)と、3か月連続で2桁減が続いている。
主要国・地域向けにみると、特に減少幅が大きいのが、中国向け輸出(2018年の輸出額に占める構成比は約27%)だった。中国向け輸出では、2018年末から2桁減の傾向が続いており、5月、6月、8月には20%以上の大幅減少となった。また、米国向け輸出(構成比12%)は年初から5月まで前年同月比プラスであったが、6月以降は前年割れに転じている。これまで急拡大してきたベトナム向け輸出(構成比8%)も減速している。2019年に入ってから前年同月比マイナスだったが、ここ2か月はプラスになっている。
2018年の中国向けドル建て輸出額をみると、一般機械が約14%、電気機械が約41%を占めていた(HSコード2桁ベース)。また、ベトナム向け輸出額では、電気機械が約51%と過半数だった。一方、米国向け輸出額では、一般機械(約23%)、電気機械(約18%)、輸送機械(約26%)が主要な輸出品目だった。
これらの主要な輸出品目別の動きをみると、図表③のように、2018年に入ってからベトナム向け電気機械が減速しはじめた。それ以前の大幅な増加の反動という一面もあるものの、携帯電話の部品などの電子部品の弱含み、すなわち半導体サイクルの動きを反映している。そこに、中国経済の減速や米中貿易戦争の悪影響から、電気機械の中国向け輸出の減速が重なった。
ただし、電気機械のベトナム向け輸出は前年同月比マイナスに転じたものの、中国向けに比べるとマイナス幅が小さい。韓国企業のベトナム進出が続いてきたことに加えて、米中貿易戦争によって、ベトナムが中国の代替生産拠点として位置づけられていることを表している。
それに対して、米国向け輸出のうち電気機械は、足元で前年同月比マイナスに転じているものの、マイナス基調になったのは2019年になってからで、中国やベトナム向けに比べて遅かった。また、自動車を含む輸送機械の米国向け輸出は、2018年半ばから堅調に推移している。中国から米国への輸出に追加関税がかかるようになるため、韓国から米国への輸出が維持された、もしくは韓国からの輸出に切り替えられた可能性がある。
このように、輸出については、中国向けなどの減速の影響が大きく、輸出総額も前年割れとなっている。ただし、内訳をみると、中国向けが減速する一方で、これまでのところ、ベトナムや米国向けなどについては、減速幅は中国に比べて限られているなど、国によって相違がみられる。
3. 設備投資の減速
GDP成長率の寄与度にみられるように、民間設備投資が減速している。図表⑤のように、輸出の減速に歩調を合わせて、設備投資の一致指数とみなされる資本財国内出荷が減少している。
こうした中で、注目されるのは、製造業の設備稼働率が右肩下がりのトレンドにあることだ。これは、機械設備がますます稼働しなくなっていることを表している。しかし、そうしたトレンドの中でも、2017年から2018年にかけて、輸出の増加とともに資本財国内出荷、すなわち民間設備投資が伸びていた。
一般的に競争力が高い財が、輸出される傾向がある。韓国の主要な輸出財である電気機械などは、資本集約的な財であり、競争力を維持するためには新しい設備投資が欠かせない。その一方、旧式の機械設備を処分していかないと、過剰設備を抱えてしまい、機械設備全体の稼働率も低下してしまう。つまり、輸出を拡大するために新しい設備投資が必要だが、それが結果的に過剰生産設備を国内に残存させ、稼働率を下げかねない構造である。
しかも、在庫の増加が重石になっている。図表⑥のように、2018年半ばから減産が続いているものの、在庫が積みあがっている。この解消が進まなければ、企業は増産に舵を切りにくく、稼働率を上げにくい。稼働率が上がりにくいということは、効率的な企業経営から乖離することになりかねない。そうなれば、企業は賃上げなどに耐える余力が乏しくなる恐れがある。
4. 個人消費の重石
輸出や民間設備投資が厳しい状況になれば、景気下支え役として期待される個人消費にも悪影響が及ぶ。実際、図表⑦のように、小売売上高には減速傾向がみられる。2018年には前年同月比4~8%程度で増加していた小売売上高は2019年になると、2%前後の伸びに減速している。
この背景には、消費者マインドの悪化がある。ただし、図表⑧のように、1世帯当たり所得はそこまで悪化していない。最低賃金の引き上げなどもあって実質賃金・俸給が下支えされていることが一因だろう。
しかし、賃金・俸給に比べて、所得が伸び悩んでいる。この一因として、賃上げの波及が遅れがちな雇用者以外の自営業主・家族従業者が韓国で多いことがあげられる。実際、2018年の自営業主・家族従業者の就業者に占める割合は25.1%と、日本の10.3%に比べてかなり高い(OECD Employment Outlook)。
また、図表⑨のように、失業率が上昇していることが注目される。最低賃金の引き上げは労働コスト増を意味しており、結果的に雇用環境に悪影響を及ぼしている。景気が回復しており、そのコスト増を吸収できれば、大きな問題にはならない。しかし、景気が減速している中では、コスト増を吸収しきれず、失業率を上昇させている。実際、2018年半ばから、失業率は緩やかな上昇トレンドになっている。こうした雇用環境の悪化が、消費者マインドの悪化につながっていると考えられる。
さらに、家計債務残高の増加も重石になっている。図表⑩のように、2018年第4四半期には家計債務残高は対GDP比で97.7%まで上昇している。日本(58.1%)や中国(52.6%)に比べると、2倍弱の規模になっている。足元では、利下げになっているものの、金融政策によって利上げが実施されれば、利払い負担の増加となって家計の重石になりうる。
韓国では、債務が家計に偏っている構造が注目される。2018年第4四半期時点で、韓国の債務残高GDP比(238.2%)のうち家計債務が97.7%であり、日本や中国と異なり企業(101.7%)や一般政府(38.9%)に比べて、家計が大きい。日本(375.3%)では一般政府(214.6%)、企業(102.6%)、家計(58.1%)であり、中国(254.0%)では企業(151.6%)、家計(52.6%)、一般政府(49.8%)だった。つまり、韓国は家計に、日本は一般政府に、中国は企業に債務残高が偏っている。言い換えれば、それぞれリスクを背負っているセクターが、国によって異なっているといえる。
例えば、韓国では住宅供給において国・地方自治体に比べて、家計の役割が大きいという。住宅の賃貸時の伝貰(チョンセ)契約(賃借人が不動産価格の70~90%の保証金を賃貸人に預託する制度)によって、賃貸人が保証金の運用益などを得られることから、不動産投資が進んできた。しかし、金利が低下する中で、賃貸人は運用益をあげにくくなっている。また、賃借人は賃貸時の保証金を銀行ローンで用意することがあり、その場合、必要な保証金の増加はローンの増加を意味するため、債務返済という重石が大きくなる。
このように、韓国では家計が債務リスクを負っているため、雇用環境などの悪化は、個人消費に悪影響を及ぼしやすいと考えられる。
5. 国内外の資金フローからみた脆弱性
経済が苦しい中でも、資金が国内で円滑に循環していれば、経済成長はある程度担保されるだろう。そこで、経常収支の動きを確認してみた。
図表⑪のように、韓国の経常収支は黒字であるものの、大半を貿易収支の黒字に依存している。第1次所得収支は直近では2011年から黒字に転じているものの、2018年の貿易黒字の約1,119億ドルに対して、第1次所得収支の黒字は約28億ドルと圧倒的に規模が小さい。つまり、投資ではなく、貿易で外貨を稼ぐ国といえる。
例えば、海外投資を進めてきたものの、直接投資収益の収支では、黒字がなかなか定着しない。直接投資収益の内訳をみると、配当金の支払い超が拡大している。これは、受け取りが2015年頃から横ばいで推移する一方で、支払いが増加しているためだ。
また、再投資収益の収支は黒字になっている。これは、受け取りが2010年頃から増えた一方で、再投資収益の支払いも減ったためだ。再投資収益の受け取りが増加したということは、海外現地法人の利益が現地に滞留していること、しかも増加していることを意味する。その一方で、再投資収益の支払いの減少は、海外投資家が韓国から再投資収益を回収していると考えられる。つまり、韓国内で上げた収益が韓国に滞留するのではなく、国外に徐々に流出している可能性がある。
このように、海外投資は道半ばで、貿易への依存度が高いため、輸出が減速することは外貨を稼ぐ上での脆弱性になるといえる。
国内外の資金のフローを確認するために、貯蓄投資バランスをみると、図表⑫のように、韓国の経常黒字(=海外の赤字)と国内の黒字がバランスしている。しかし、家計の債務残高が積みあがっているほどなので、家計の黒字幅は小さい。また、企業も黒字であるものの、企業の貯蓄は海外に向かっている。
図表⑬のように、2013年から証券投資収支がプラスに転じている。直接投資収支は2000年代半ばごろからプラスになっているものの、その規模は安定している。そのため、企業の貯蓄が証券投資として海外に向かっている可能性が考えられる。
その一方で、政府もアジア通貨危機からの教訓などもあって、財政赤字を拡大させるような積極財政にはなっていない。こうした中で、いかに国内に投資をして、成長させていくのかが課題として残っており、これが結果的に韓国経済の脆弱性につながっている。
6. 先行きへの懸念
韓国の現状については、日韓関係の悪化のような政治的な文脈でとらえられることが多い。そこで、足元までの状況を経済の視点からみておくと、図表⑭のように韓国の対日本の輸出入は前年割れになっている(2018年の韓国輸出における日本のシェアは5.0%、輸入においては10.2%)。しかし、前述のように、韓国の輸出入総額も前年比マイナスになっていることを踏まえると、対日本の貿易が大幅に減速しているわけではない。
むしろ、経済構造の変化に注目することが重要だろう。これまで韓国企業が中国やベトナムにサプライチェーンを伸ばしてきたため、貿易相手国として中国やベトナムの存在感が高まっており、その影響の方が大きい。韓国の対中貿易は、米中貿易戦争のあおりと中国経済の減速の影響を受ける構造にある。また、韓国企業がベトナム進出を加速させてきたことで、ベトナムの米国輸出が拡大しており、米国は対ベトナムの貿易収支にも注目するようになっている。この傾向が続けば、米中貿易戦争と並行して、米ベトナム貿易交渉が行われる可能性もある。
また、図表⑮の観光客数のように、2019年7月に前年比マイナスとなった日本への観光客数が注目されている。すでに2018年半ばから前年比マイナスになる月が断続的にみられており、観光客の減少は7月に始まったものではない。この背景には、韓国全体の海外への観光客数の伸びが、2018年頃にはそれ以前の明確な増加トレンドから落ち着きはじめていたことがある。そうしたトレンドに日韓関係の悪化も加わって日韓間の航空機の路線運休などの影響もあり、8月には韓国からの訪日観光客数は30.9万人(前年同月比▲48.0%)まで減少した。
その原因として、図表⑯のように、2018年秋頃からウォン安・ドル高傾向が続いていることがあげられる。円は対ドルで足元にかけて円高・ドル安方向にあるため、結果的に円高・ウォン安が進んでいる。そのため、韓国の観光客にとって日本旅行の割高感が増していることになる。通貨安ということは、市場が経済のファンダメンタルズなどに脆弱性があるとみなしていると考えられる。
以上のように、実体経済面からみると、経済構造の脆弱性の上に、米中貿易戦争をきっかけとした世界経済の減速という負の要因が重なって、現在の苦境に陥っているという視点が重要だ。こうした中、韓国企画財政省が、2020年度予算案として2019年度比8.0%増となる513.5兆ウォン規模を計画していると報道された。当該予算案では、短期的な景気下支え策に加えて、環境対策や研究開発などへの支出を拡大させる見込みである。景気下支え効果とともに、現在の苦境を生み出している構造的な課題の解決にどこまで取り組めるのかが注目される。
以上
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