停滞するドイツ経済~一時的な要因か構造変化か

2020年02月28日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

(2020年2月21日執筆)

概要

 ドイツ経済の停滞感が続いている。ここ2年程度を振り返ると、天候要因や自動車の新排ガス規制などの一時的な要因が景気の下押し圧力とみられていた。そこに、米中貿易戦争や英国のEU離脱など先行き不透明感が重石となり、ドイツ経済の停滞感が一層強まった。その一方で、労働コストの上昇、自動車産業の生産移管などもあり、産業構造に変化の兆しもみられつつあるようだ。先行きについて、当面、停滞感が続く中で、ドイツ経済がどのように変化していくのかがますます注目される。

 

 

1. ドイツの憂鬱

 ドイツ経済の停滞感が続いている。例えば、図表①のように、ドイツ企業の景況感を捉える上で注目されるifo経済研究所の景況感指数は、足もとで横ばい圏の動きとなっている。2019年の年末にかけて、米中貿易戦争の第1段階合意への期待感から景況感は下げ止まったものの、明確な回復とまではいえない。一方、先行きへの期待を大きく織り込んだ欧州経済研究センター(ZEW)景況感指数は、2月に新型コロナウイルス感染拡大の影響もあって反落、景気回復への期待感はしぼみつつある。

 

 ドイツ経済を考えるとき、成長ペースが鈍化してきた原因を踏まえておくことが重要だ。図表②のように、ドイツの経済成長率(実質GDP成長率)は2018年以降、低水準となっており、2018年第3四半期(以下、Q3)や2019年Q2に前期比マイナス成長になるなど、2四半期連続のマイナス成長で景気後退とみなされる状況に近づいていた。2017年と2018年以降の内訳を比べると、投資(民間企業の設備投資と公共事業)のプラス寄与度が縮小している。また、純輸出(=輸出-輸入)と在庫純増の変動が大きくなっている。つまり、企業の生産・販売動向が大きく変動しており、結果的にそれが成長の下押し要因として寄与している。

 

 この減速が一時的な要因によるものならば、時間が解決してくれる。しかし、産業構造の変化などが生じているならば、なんらかの対策を講じる必要があろう。以上のような視点から、ドイツ経済の現状を確認してみる。

 

図表① ドイツの景況感(出所:ifo、ZEWより住友商事グローバルリサーチ(SCGR)作成)

 

図表② 実質GDP成長率(出所:EurostatよりSCGR作成)

 

 まず、ドイツの供給側から生産活動に注目する。図表③のように、鉱工業生産指数は2017年末をピークに緩やかな減産トレンドにある。ただし、生産が横ばい圏で推移していた2018年半ばまでと、明確な減産トレンドになった2018年半ば以降とでは、生産のトレンドが変化している。

 

 次に、需要側をみると、生産と歩調を合わせて減少に転じたのが輸出だった。そのため、生産という供給要因と、輸出という需要要因によって、ドイツ経済が停滞感を強めてきたといえる。

 

 また、資本財売上高で示される設備投資は、振れが大きいものの、ならしてみれば2018年以降横ばい圏で推移している。米中貿易戦争や英国のEU離脱(Brexit)などにより先行き不透明感が高まったことで、企業が設備投資に慎重になったためだ。その一方で、AIやIoTなどへの設備投資も欠かせなかったため、押し上げ要因と下押し要因の綱引きによって、横ばい圏の動きとなったのだろう。

 

 それに対して、底堅い動きを見せたのは、建設投資と個人消費だった。住宅投資は堅調であり、成長を下支えした。特に、2018年末から2019年初めの冬場に天候が良かったこともあり、建設業の生産活動は増加した。人手が足りないことが供給制約になると懸念されたほど、ここ数年は建設ブームだったといえる。

 

 また、図表④のように、堅調な雇用・所得環境が個人消費を後押しする構図が続いた。例えば、失業率の改善が進み、3%台に低下した。また、それまでの経済成長を背景に、2018年6月末に独立最低賃金委員会が向こう2年間かけて最低賃金を5.8%引き上げることを勧告し、政府もそれを受け入れる方針を示した(2019年に時給8.84ユーロから9.19ユーロへ、2020年に9.35ユーロへ、計0.51ユーロ増/ドイツ連銀『Monthly Report(月報)』18年8月)。

 

 このように、製造業や輸出が不調な一方で、経済成長の下支え役として個人消費や非製造業の役割が大きくなった。ドイツ経済は「2つのスピードの経済(two-speed economy)」(ドイツ連銀『月報』19年5月)という状態になっている。

 

図表③ 月次経済指標(出所:EurostatよりSCGR作成)

 

図表④ 雇用・所得環境(出所:EurostatよりSCGR作成)(注)実質化はGDPデフレータによる

 

 

2. 一時的な要因か構造変化か

 鉱工業生産指数が2年も低下しつづける状況において、これが一時的な要因によるものなのか、それとも構造変化の結果なのかが注目されつつある。

 

 当初は、一時的な要因との見方が大勢だった。例えば、インフルエンザが流行した2017年の冬や、暑くて乾燥した2018年の夏、新しい排ガス規制が導入された2018年秋など、生産や消費などに悪影響を及ぼす一時的な要因が続いたためだ。また、米中貿易戦争や英国のEU離脱(Brexit)のような先行き不透明感が高い事象が、ドイツ経済の変化を見えづらくさせていたようだ。

 

 以下では、ここ2年間のドイツ経済について、ドイツ連銀の『月報』に基づいて、ドイツ経済の減速を時系列で振り返っておく。

 

 まず、2017年の欧州経済は、巡航速度といわれる潜在成長率を上回る成長を遂げていた。2018年Q1には、2017年冬にインフルエンザが流行り、2018年年初にかけて十分な労働力を確保できなかった生産拠点では、生産に下押し圧力がかかった(『月報』18年5月)ものの、一時的な現象であり、成長は再び加速するという見通しがあった。

 

 2018年Q2になると、米中貿易戦争が本格化しはじめたことで、特に輸出産業などで警戒感が高まった(『月報』18年8月)。米中は制裁関税を課し合い、2020年1月の第1段階合意に至るまで、ドイツをはじめ世界中に先行き不透明感が広がった。

 

 こうした中で、ドイツ経済を大きく揺るがせたのが、2018年9月に導入された自動車の新しい排ガス規制(国際調和排出ガス・燃費試験法、Worldwide harmonized Light vehicles Test Procedures:WLTP)だった(『月報』18年11月)。ディーゼル車が多かったドイツでは、ディーゼル車の排ガス検査の不正問題から、ディーゼル車離れが進んだ。自動車メーカーの環境規制への対応が遅れていた中、WLTPが導入され、自動車メーカーはさらに対応が遅れた結果、減産となった。

 

 これは需要サイドにも影響を及ぼした。例えば、減産という供給減によって、消費需要はあったものの、購買には結びつかなかった。その一方で、2018年Q3には、商業用自動車の登録が増えた。これはGDP成長率の計算において、設備投資の増加として成長率を押し上げる。一方で、この商用車は2018年Q3に生産されたものではなく、すでに生産されていた在庫の取り崩しによるものとみられている(『月報』18年11月)。そのため、GDP成長率においては、在庫の取り崩しとしてGDP成長率の押し下げ要因となる。

 

 また、8月にはディーラー自身による1日の登録台数も増加した。それによって、中古車市場に自動車が流出することになり、ドイツ連銀はそれが個人需要を満たすのか不透明と警戒していたものの、次第にこの問題は解消されていったため、一時的なものとの見方が大勢だった。

 

 同時期に、暑くて乾燥した2018年の夏が、経済に影響を及ぼしていた。衣料品などの売れ行きが芳しくなかった一方で、エアコンなどの家電は堅調、オンラインや通信販売などの売り上げは増加していた(『月報』18年11月)。

 

 このように、2018年末までは、天候要因や新排ガス規制(WLTP)などでの一時的な要因とみられた。しかし、必ずしもそうではなかったことが後に明らかになった。

 

 2018年末から2019年年始にかけて、家計の自動車購入は繰越需要によって、緩やかに回復に向かった。2018年Q3に自動車産業の減産によって供給が減少したため、そのときに購入できなかった消費者が2018年Q4 以降に自動車を買ったためだ。中古車の購入も、懸念したほど少なくなかったようだ(『月報』19年2月)。

 

 それにも関わらず、2019年Q1には生産や輸出で減速基調が強まっていた。特に、自動車生産の回復が遅れた。その一因は、2019年に入ってから回復した家計の自動車購入において、繰越需要による増分が剥落したことがあげられる。また、世界的な自動車販売台数の減少によって、ドイツからの輸出も減ったことも考えられる。さらに注目されるのは、ドイツ連銀が、ドイツ国内から他の欧州への生産移管もありうると指摘していたことだった(『月報』19年5月)。

 

 こうした状況で、ドイツ企業の景況はさらに悪化した。先行きの受注が反転せず、懸念が募るばかりだった。2019年8月にifo経済研究所はifo景況感指数のうち、製造業について「一筋の光すら見えない(Not a single ray of light was to be seen in any of Germany's key industries.)」と表現したほどだった。ドイツ連銀も、2019年Q2にコンピューターや電子部品などの生産は拡大したものの、その他の産業では減産傾向となり、わずかな減速が幅広い部門に及ぶようになったと分析した(『月報』19年8月)。

 

 一方で、製造業の受注が増えないことが、ドイツ経済の先行きを考える上で重石になっていた。こうした状況について、『月報』(19年8月)の注で、自動車産業の受注減がWLTPに関係しているか否かは明確ではないと、疑問を呈していた。

 

 2019年Q4になると、自動車産業の減産基調が改善されない中で、世界の自動車需要の減速だけでは説明できないとした。自動車メーカーが電気自動車への生産シフトを進めている移行期間であるとともに、自動車メーカーがドイツ国内から他の欧州諸国へと生産移管を進めていることによる産業構造の変化という見方を示した(『月報』19年11月)。その根拠の1つとして、ドイツの自動車工業会(VDA)のデータに基づき、2018年のドイツ国内の自動車生産が前年比▲8%減少した一方で、他の欧州諸国の生産が8%増加したことを挙げた。実際、図表⑤のように、ドイツの輸出の伸びを要因分解すると、これまで堅調だったユーロ圏向けの輸出が縮小していることが、輸出減の一因だった。

 

 この背景には、輸出競争力の低下があったのだろう。図表⑥のように、2000年前半に横ばいだった単位労働費用(=名目雇用者報酬÷実質GDP)はここ数年、伸び幅を拡大させている。2000年代前半の労働市場改革によって単位労働費用を抑えることで、輸出競争力を高めてきたドイツが、ここ数年その競争力を失ってきたと解釈できる。単位労働費用は、名目賃金と労働生産性の積であるため、個人消費の後押しとなった堅調な所得環境は企業にとっては労働コスト増という負担増になっていたといえる。賃金上昇を上回るような労働生産性の上昇が実現できれば、企業の負担感は重くない。しかし、経済成長が続いたとはいえ、2018年以降に減速する中で、賃金が上昇しつづけたことで、負担感が重くなったのだろう。

 

 また、2000年代前半に、ユーロ導入前の通貨マルクに比べて、ユーロ安という恩恵を受けてきたドイツにとって、その恩恵も剥落しつつあるようだ。つまり、競争環境の変化、競争力の低下などから、生産移管が起きやすい環境になりつつあると考えられる。

 

図表⑤ ドイツの輸出(出所:BloombergよりSCGR作成)(注)2019年Q4は10-11月計

 

図表⑥ 単位労働費用と為替レート(出所:Eurostat、St.Louis FedよりSCGR作成)

 

 

3. 払しょくしがたい先行き懸念

 ドイツ経済の先行きについても、当面厳しい状況が続きそうだ。

 

 まず、個人消費について、これまでのところ、雇用・所得環境が底堅いことが、引き続き支えになるだろう。また、消費者物価の上昇ペースが鈍いことも、個人消費の後押しになる。図表⑦のように、経済全体の需給バランスを表すGDPギャップと消費者物価上昇率はおおむね連動している。つまり、現在の消費者物価上昇率は需要の動向におおむね沿っているため、個人消費の抑制要因にはなりにくいと考えられる。ただし、堅調な米国、弱含む欧州という対比からユーロ安・ドル高傾向になりやすく、輸入物価の影響による物価上昇の可能性もある。その一方で、世界経済の減速から、資源エネルギー価格の上値は抑えられ、コストプッシュ要因によって物価が上昇しにくい環境は、個人消費などの後押しになるだろう。

 

 輸出環境でも、引き続き厳しい状況が続くだろう。米中は、ドイツにとって主要な輸出先である。その米中の貿易戦争が継続している。2020年1月に、ようやく第1段階合意に到達した状況であり、本質的には解決していない。そのため、先行き不透明感は払しょくできない。

 

 そうした状況では、設備投資にも懸念が残る。欧州にとっては、米欧貿易協議が控えていることのリスクも大きい。これまで先送りにされているものの、米国向け自動車輸出や為替レートなどに、制約が課せられる可能性が否定できないからだ。交渉の途中で、制裁関税を課されることも想定される。また、1月末にBrexitが実現したものの、貿易協定を含む将来協定の先行きも不透明だ。このような状況で、企業は設備投資に積極的にはなれない。実際、図表⑧のように、製造業の受注は増えておらず、企業の先行きは厳しいものになっている。

 

 さらに、米中貿易戦争の第1段階合意をきっかけに、下げ止まりから回復に向かう動きをみせた企業の景況感も、足もとでは新型コロナウイルスへの感染拡大が重石になっている。主要貿易相手国である中国の経済が2019年Q1に停滞していることも、輸出などを通じてドイツの経済成長の下押し要因になる。

 

 こうした状況のなか、自動車の生産移管の可能性が指摘されているように、ドイツ経済の構造変化が進んでいくことも想定される。それは、ドイツだけではなく、必然的に欧州経済全体の変化を誘発しうる。例えば、自動車産業のドイツから他の欧州諸国への生産移管は、欧州のサプライチェーンを変化させる。これまでドイツは、EUとして欧州が統合されていく中で、サプライチェーンを東欧などに拡大することによって、経済成長など統合の恩恵を享受してきた。

 

 しかし、そのサプライチェーンの変化次第では、成長という恩恵を享受できなくなる恐れもある。自動車などの輸出型企業の意思決定と、ドイツ経済の成長が必ずしも一致するわけではない。その一方で、ドイツ経済の成長が鈍化すれば、内需型産業の成長は下押し圧力を受ける可能性がある。そうなると、ドイツ経済の「2つのスピード」が、停滞する製造業・堅調な非製造業から、成長する製造業・停滞する非製造業へと、変化する可能性もある。こうしたことを踏まえると、企業にとって、経済環境の変化を先取りして事業戦略を練り直すことが、ますます重要な時期に差し掛かっているといえるだろう。

 

図表⑦ 消費者物価指数とGDPギャップ(出所:EurostatよりSCGR作成

 

図表⑧ 製造業受注(出所:BloombergよりSCGR作成)

 

<参考文献>

Deutsche Bundesbank (2018, 2019), Monthly Report, (各年2、5、8、11月).

 

以上

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