開かれていくサウジアラビア経済を深掘りする
2020年04月08日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
大西 貴也
(2020年3月30日執筆)
<注目点・特徴>
サウジアラビアは中東において域内の主導的役割を持っている大国で、特に湾岸諸国では盟主といえる立場にある。また、産油国としても有名で、サウジアラムコを筆頭に石油産業が国の根幹を成している。そんなサウジアラビアは従来世界中から注目されてきたが、特に、ムハンマド・ビン・サルマン・ビン・アブドルアジズ・アール・サウード(Mohammed bin Salman bin Abdulaziz Al Saud, 以下MbS)氏が皇太子に就任してからは長期的な経済改革構想「Vision 2030」(図表①)の発表もあり、より一層注目を集めているが、どのような特徴があるのだろうか。
まず、イスラム界に絶大な影響力を持っている。これはイスラム教の2大聖地を擁していることに起因している。しかし、宗派の違いからシーア派のイラン、イラク、レバノン、シリアなどとは緊張関係もある。湾岸諸国、そして中東の安定にはサウジアラビアの協力が不可欠である。
次に、経済構造は石油に大きく依存している。分野別GDPに占める石油関連産業(鉱業+製造業)の割合は約5割(図表④、⑧)で、輸出に占める石油(鉱産品)割合は約8割(図表⑪)となり、歳入に占める石油収入は7~9割となっている。石油抜きにはサウジアラビア経済について語れない。
そして、人口構成は生産年齢(15~64歳)比率、及び、外国人比率が高い(図表②)。サウジアラビアの人口の若さ、そして外国人の多さはVision 2030にも影響を与えており、サウジアラビアの課題や展望を考える上でも重要となる。
以下、経済について詳しく見ていきたい。
(出所:https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/saudi/index.html)
<経済成長>
サウジアラビアの実質GDP成長率は、1980年から1992年までは約20%減~約15%増まで上下動が激しかったが、その後は約5%減~約10%増までの幅に落ち着き、2013年以降は約0%~約5%増まで振れ幅が狭まっている(図表③)。従来油価の変動に大きく左右されていた経済は、非鉱業部門の成長で油価の変動の影響が薄まっていると考えられる(図表④、⑧)。なお、近年は国内の油価上昇に加え増税の影響で消費が減少し、成長率は低下傾向である。
経済成長率の見通しについて、政府は2019年0.4%、2020年2.3%とみている一方、IMFは2019年0.2%、2020年2.2%、世界銀行は2019年0.5%、2020年1.6%と予測しており、2019年の落ち込みが一時的であるとする点では一致しているとみえる。
2019年のサウジアラビアの1人当たり名目GDPは1981年と比べると3割増し程度で、他の主要新興国(モロッコ約6倍、メキシコ約3倍)と比べて伸び率はあまり大きくない(図表⑤)。1981年で既に2万ドル弱の水準に達していたが、その後1988年まで下落し続け、何と5,000ドル近くまで減ってしまっている。これは主に油価下落および減産に伴う石油部門の不振により経済成長率が低迷しGDPが伸び悩む中で人口が増えていったためだと考えられる。1985年から2003年までの18年間は産油国とはいえ1人当たり名目GDPは1万ドルを下回っていた。その後は油価上昇と共に1人当たり名目GDPは再び上昇し、2007年には2万ドルを超え、2012年から3年ほどは2万5,000ドル近辺に達していた。しかし2015年以降は油価と共に伸び悩んでおり、経済の生産性の改善が必要との認識が強まっている。なお、2004年以降の1人当たりGDPの上昇は、同年を境に政府の人的資源開発や社会福祉開発の予算が大きく増額されていったことが一つの要因として考えられる。
<経済構造>
サウジアラビアのGDP(2019年第1四半期)を需要別に見てみると、輸出が約+45%、個人消費が約+36%、総固定資本形成が約+22%、政府消費が約+17%、在庫変動が約+6%、輸入が約▲26%となっている(図表⑥)。項目別では輸出が一番大きいが、輸入と相殺した純輸出(約19%)では個人消費や総固定資本形成を下回っている。
需要別実質GDP寄与度の推移を確認すると、2001年以降では輸出が大きな牽引役となっているが、年によっては総固定資本形成や個人消費、政府消費の寄与度が大きい時もある(図表⑦)。傾向としては2009年のリーマンショックを境に、以降は輸出や総固定資本形成の寄与度が低下し、代わりに政府消費の寄与度が増えている。2016年は油価低迷による経済成長率の減速で輸入が大きく落ち込んだことがGDPには大きなプラス寄与となった一方、油価低迷による歳入減を受け政府消費や総固定資本形成が大きくマイナス寄与となっている。2016年以降、国内の油価上昇や増税の影響で個人消費が激減し成長率は低下傾向にある。
<産業構造>
分野別実質GDP構成の2019年第3四半期までの数値では、鉱業(石油・天然ガスなど)38.47%、政府サービス(軍事、教育、保健・社会福祉など)13.42%、製造業(石油精製、石油化学など)12.02%、金融・保険・不動産10.23%、商業・飲食・宿泊9.18%などとなっている(図表⑧)。また、観光業はGDP比では商業・飲食・宿泊の内数で5.39%であり、労働人口割合は全体の4.1%になっている。政府は石油・天然ガス依存からの脱却のために多角化を図っているが、製造業でも石油関連産業である石油精製業や石油化学業が盛んであることから、GDPの半分近くはいまだに鉱業関連産業が占めている状況である。
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鉱業:GDPの約4割を占め、また、輸出の約8割が鉱産品であり(図表⑪)、鉱業がサウジアラビア経済を支えていると言っても過言ではない。特に石油は埋蔵量で世界2位、天然ガスも6位(出所:2017年末、BP統計)であり、石油は主要な輸出品目として、天然ガスは国内での主要な燃料として重要な資源であり、引き続きサウジアラビアの主要産業は鉱業であろう。
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製造業:サウジアラビアが進めている経済多角化で成果が見られるのが、石油精製および石油化学の分野である。石油精製については2008年に213.5万バレル/日だった精製能力が2017年には288.6万バレル/日まで増加しており、生産量も197.1万バレル/日から287.4万バレル/日に、輸出量も105.8万バレル/日から143.8万バレル/日に、それぞれ増加している(出所:OPEC Annual Statistical Bulletin)。石油化学品の場合は生産量の約4分の3が輸出に向けられており、主要輸出品の一つになっている(図表⑪)。
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観光業:イスラム教の2大聖地であるメッカとメディナを有するため、巡礼だけでも年間1,000万人近い外国人が訪れる。また、古代遺跡なども複数存在しているため、2000年から限定的に観光ビザの発給を承認し、2006年に政府審査済み旅行会社での発給へと運用を拡大した。2010年以降はテロ取り締まり強化関連で、外国人に対する観光ビザ発給を無期限に停止していたが、2019年9月末に解禁し、多くの観光客を受け入れている。また停止期間中でも巡礼者の増加に伴いジェッダやリヤドでのホテル不足から客室料金は高騰していた他、紅海沿岸で高級ビーチリゾート開発が計画されているなど、観光産業の育成を政府は推進している。
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農業:主要食糧品の輸入依存度の引き下げ、遊牧民の定着及び所得向上を目的として、政府は農業用地・用水の無償供与、燃料・電気料金の補助など積極的な振興策を推進してきた。しかし耕作可能な地域は限定されており、財政赤字の縮小のための補助金削減などもあり、農業の産業規模はGDP比でわずか2.5%に留まっている。生産性を高めるにはイノベーションが不可欠。主要な農産物は小麦、大麦、トマト、スイカ、デーツ。
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エンターテインメント産業:現段階では特に大きくはないが、サウジアラビアでは欧米などの映画はもちろん、日本のアニメなどエンターテインメント作品が多く普及している。特にロボットやサッカーが題材のアニメは子供達に人気で、それを見て育った若者が独学で日本語を習得しているほどに流行している。また、eスポーツに関しても政府は普及を後押ししており、同業界において中東諸国の中でもサウジアラビアの存在感は大きい。
分野別実質GDP成長率寄与度の推移を確認すると、2011年以降でも引き続き鉱業が大きな牽引役になっている。政府による経済多角化の効果は一定程度あり、製造業、金融・保険・不動産、商業・飲食・宿泊、交通・倉庫・通信なども年によっては一定程度の寄与度がある(図表⑨)。ただ、依然として鉱業の影響は大きく、産業構造の変化のペースはゆっくりしたものに留まっており、経済多角化の推進について政府が四苦八苦していることがうかがえる。
産業別労働人口はサービス業が7割超、鉱工業が約2割、農林水産業が1割未満、という構成になっている(図表⑩)。労働人口比とGDP比を比べると、労働生産性については鉱工業が非常に高く、農林水産業が非常に低く、サービス業がやや低いことがうかがえる。産業の多角化を図っているサウジアラビア政府ではあるが、鉱工業以外での生産性を高める工夫も必要と考えられる。
<貿易構造>
サウジアラビアの輸出は約80%が鉱産品(ほぼ石油)で、さらに、石油を原料とする化学品やプラスチックが約14%のため、大半が石油やその関連品となっている(図表⑪)。豊富な石油はサウジアラビアの富の象徴であるが、同時に油価の変動に経済や財政が左右されるという不安定さの原因でもある。安定的成長のために、政府は経済多角化に腐心している。輸出先としては中国がトップで、日本、インド、韓国、米国と続いている他、湾岸諸国や欧州も主要な輸出先である(図表⑫)。大きな偏りのある品目別と比べると国別はバランスが取れた構成となっており、冒頭で触れた通り、特定国への極端な依存はみられない。強いて言えば地域別ではアジアが約半分と偏りがあるように見える。
サウジアラビアの輸入は機械・電気機器を筆頭に輸送機器・自動車、食料品、化学品、ベースメタルおよび同製品など、輸出に比べて偏りがあまりない構成をしている(図表⑬)。輸入元としては中国(主に携帯電話・パソコン)がトップで、米国(主に航空機部品・自動車)、UAE(主に金)、ドイツ(主にタバコ・医薬品・自動車)、インド(主にコメ・ベンゼン)と続いており、輸出同様、輸入相手国がバランス良く分散した構成になっている(図表⑭)。特に輸出よりも地域的な偏りが少ない印象を受ける。
<財政・国際収支>
サウジアラビアの歳入に占める石油収入の比率は約7~9割と非常に高いため、財政収支は油価の動向に大きく左右される。同様に、国際収支の経常収支はほぼ財の貿易収支で構成されており、輸出の8割が石油であることから、こちらも油価の動向に大きく左右される。実際、両収支の推移は油価とほぼ同様の動きになっている(図表⑮)。油価が好調だった2005年から2008年では両収支はプラスで推移していたが、2009年のリーマンショックで大きく下落し、財政収支は赤字となった(図表⑯)。その後2013年まで再び両収支はプラスで推移していくが、2014年、再び油価が下落し、財政赤字となった。翌2015年及び2016年は両収支が赤字となり、いわゆる双子の赤字を抱えることになった。これはまさに石油に依存していることの弊害であり、経済多角化を含め長期的な変革を目指すMbS皇太子主導のVision 2030発表へと繋がっていく。
図表⑰が示すように、公的債務については2004年から2014年まで順調に減り、GDP比では数%にまで減少していたが、財政収支が大きく赤字になった2015年以降急増し、2018年時点では2004年時点に近い水準にまで増えている。ただ、GDPが増えている関係で、2004年に60%を超えていた公的債務の対GDP比は2018年では20%程度に留まっている。なお、2015年以降の債務の急増は、外貨準備高の急落で資金調達目的の起債を海外でも始めたことが一因である。
<課題と今後の展望>
最大の課題は鉱業依存からの脱却である。いまだ道半ばではあるが、Vision 2030計画は進展しており、引き続き長期的に取り組まれていくものと思われる。Vision 2030は経済多角化のみならず、財政改革、社会改革、ビジネス環境改善など多岐にわたる変革を目指す国家計画である。財政改革や経済多角化は以前から取り組まれてきたが、今回注目を集めているのは社会改革やビジネス環境改善である。サウジアラビアはイスラム世界の盟主であることもあり厳格な戒律で知られているが、今回の改革では、映画館や音楽などの各種エンターテインメントが解禁され、特に女性の運転解禁やドレスコード緩和などにより女性の社会進出が促進され、従来著しく高かった女性失業率が改善された。一方、Vision 2030に対して宗教界からの不満や反発が予想されていたが、これまでのところ表立った批判などはされていないもようだ。
また、サウダイゼーション(サウジアラビア人の雇用を奨励する国家政策)の一層の進展も重要な課題である。従来石油収入の恩恵で働く必要がなかった国民は就業意識が低く、失業率は高止まりしている。昨今の油価低迷下では財政への負担が厳しくなっていることから、国民に自ら稼いでもらう必要があり、政府はサウダイゼーションの進展を必死に図っている。また、結果的に外国人労働者の送金額が軽減されることで経常収支の改善にも繋がる。
なお、MbS皇太子は国内では権勢を誇っているものの、カタール断交、イランとの確執、イエメンへの介入など外交面では予想と異なる結果が続き、経済に悪影響が出たため、今後は対外姿勢を軟化させるかどうかが注目されている。政府が期待している外資流入に関しては外交動向を不安視する向きもありあまり芳しくない。こうした中、タイミング良く、2020年サウジアラビアはG20のホスト国であり、世界へアピールする機会に恵まれている。
さて、Vision 2030の進展の結果、サウジアラビアでは投資庁を筆頭にマインドの変化が図られ、規制改革委員会が設置され、経済特区(SEZ)設置の期待もあることから、サウジアラビアのビジネス環境に対する世界の評価は改善した:
IMD World Competitiveness Ranking (2019年5月)
・39位 ⇒26位 +13
WEF Global Competitiveness Index (2019年10月)
・39位 ⇒36位 +3
World Bank Ease of Doing Business (2019年10月)
・92位 ⇒62位 +30
上述の通り、特に世界銀行の評価が著しく向上しており、現地でもこれまでの努力が報われた事が喜ばれている。Vision 2030はその名のごとく2030年を見据えた計画であることから、ビジネス環境の改善は一時的なものではなく、今後も継続されていくと考えられる。また、MbS皇太子もまだ若いため、今後長期にわたって安定的な権力を保持すると考えられる。既に当地で操業している企業については事業拡大の機会が、またこれから進出を検討している企業については進出の機会が、それぞれ到来しているといえるのではないだろうか。
特にサウジアラビアはイスラム世界では大きな影響力を持っているため、ハラール事業で当地に進出することは、他のイスラム諸国に進出する際の橋頭保としても効果的と思われる。また、観光やエンターテインメント産業など新分野への期待が高まっており、政府も後押ししていることから、有望視できる。
若き世代によるサウジアラビアの改革と発展はまだ始まったばかり。今後の進展を注視していきたい。
以上
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