2050年の産業メガトレンド~サステナブルな社会に向けて

調査レポート

2021年10月20日

住友商事グローバルリサーチ 戦略調査部長
菅 史人

シニアアナリスト

菊井 彩乃

シニアアナリスト

柳沢 貴央

 

概要

 昨今、世の中では、サステナビリティの潮流、テクノロジーの著しい発展、コロナ禍による社会変化など、さまざまな変化が顕在化している。弊社では今般、「2050年の産業メガトレンド~サステナブルな社会に向けて」と題し、これらの変化を織り込んで、バックキャストのアプローチに基づき、産業全般に影響を及ぼす可能性のある中長期的な社会変化の方向性について考察を試みた。

 

 なお、本考察の目的は、2050年に向けた唯一の方向性を示すものではなく、来るべき未来を考える上での議論のきっかけを提供することである。

 

 

1. 前提

 まず、本考察の前提を4点挙げる。

 

 1点目、本考察では、バックキャストのアプローチにより、将来の大きな方向性を示すことにフォーカスした。また、政治・経済動向、特に政治動向に関しては、将来に大きな影響を及ぼす要素と認識しているものの、2050年の国同士の力関係や規制作りを論じることが今回の趣旨ではないと考え、割愛している。

 

 2点目、本考察では、個別地域や特定業種におけるメガトレンドではなく、産業全般に影響を及ぼすメガトレンドを抽出した。

 

 3点目、技術については、①エクスポネンシャル(指数関数的)に発展する技術(例えばデジタル、量子、バイオ)と、②ある程度、直線的にしか進まない技術(例えばエネルギー・インフラ関連)の、大きく2つに分けて考察した。特に①エクスポネンシャルに発展する技術は、今後の社会を大きく変革する可能性がある。

 

 4点目、2050年に向けてはさまざまな局面で、"揺り戻し"や"例外"が出てくることが想定される。例えば、技術発展と倫理観・プライバシーとの関係性や、バーチャル化が進むことによるリアルの価値向上、といった点は、重要な要素と認識している。一方、その"揺り戻し"や"例外"のレベル感については不確実性が高く、また、30年後の社会では、それらの議論を既に突破した状態にあるのでは、とも考えられる。本考察では、前提の1点目の、「将来の大きな方向性を示す」という意図を明確にするべく、これらの制約要因は織り込んでいない。

 

 

2. 世界のメガトレンド

 これらの前提条件を踏まえ、産業に関連が深いと考えられる世界のメガトレンド主要項目について、各種文献の分析や他社へのヒアリングとディスカッションに基づき、以下7点を抽出した。

 

①人口の増加・高齢化

②都市化の進展

③環境汚染・破壊による生態系への負荷

④資源不足・重要原材料の偏在

⑤気候変動の激化

⑥エクスポネンシャル・テクノロジーの発展

⑦経済発展に伴う価値観の成熟

 

 これらのメガトレンドに対して、【図表1】のとおり、長期的には、「技術の活用度」と「サステナビリティの追求度」の2つが、世界を大きく左右する要素になると考察した。2050年の世界を、技術をフル活用することによって実現するサステナブルな世界と置き、これは、住友商事グループが目指す"Enriching lives and the world"(※住友商事コーポレートメッセージ)を実現する世界とも一致するのではないかと考えた。

 

【図表1】 2050年のサステナブルな世界(出所:住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

3. 中長期的な社会変化の方向性

 これらのメガトレンドをベースに、中長期的な社会変化の方向性を5点、取り上げる。

 

(1) 長期的な価値観の変化

 日々の生活において、人々の価値観が変化している兆しがみられる。本考察では、長期的な価値観の変化を表す言葉として、「地の時代」から「風の時代」への移行を取り上げた。この「地の時代」「風の時代」という言葉は、メディアなどで、時代を象徴するキーワードとして取り上げられている言葉である。人々の価値変化の方向性を抽象化するために引用した。産業革命以降続いてきた「地の時代」では、物質的なもの、またそれらの蓄積を重視していたのに対し、「風の時代」では、「風」の名のとおり、知識・情報・体験・人脈といった無形なもの、軽やかで、循環するもの、そして、個々の多様性を重視するという特徴があるとされている。

 

 続いて、【図表2】のとおり、人々の欲求・欲望の変化について、「マズローの欲求5段階説」に基づいて考察を試みた。マズローの欲求5段階説により「精神的欲求」もしくは「物質的欲求」に分類すると、先進国の人々の欲求・欲望段階は、経済発展に伴い物質的に豊かになり、既におおむね、精神的欲求段階に達していると言える。

 

 一方、世界では、2050年でも生活水準の差が大きく、特に途上国では物質的欲求段階にいる人々がまだ多いと考えられる。ビジネスの観点では、途上国向けの物資にひも付いたビジネス、社会インフラなど、「地の時代」のビジネスが今後も、社会基盤として拡大していくと考えられる。

 

 さらに、昨今の新たな動きとして、マズローの欲求段階とは別次元の欲求のかたちが顕在化してきている。それを、本考察では、利他の精神・社会貢献をはじめとした「人々がより良く生きる欲求」と置いた。この欲求においては、共同体との関わり方に変化が出てきている。技術の進歩、特にインターネットの普及によって、地域や社会といったリアルの共同体の枠を超えた別次元での共同体が、デジタル上で生まれている。貧富の差を問わず、同じ主義主張・志向を持った人が集まり、社会課題解決に動くことが、いくらでも、どこからでも可能な時代になったことが、この欲求が顕在化した大きな要因と言える。またデジタル上のみならず、昨今の気候変動問題やコロナ禍により、自己が生きているリアルの共同体への意識も、さらに高まっている状況が存在する。これからの世界では、リアル・バーチャル両方の共同体において、互いに協力し、社会課題に対応していく必要がある。

 

  この「より良く生きる欲求」を満たすビジネスとしては、ESG投資や、エシカル消費の流れに沿ったモノづくり、さらに、モノを持たない・作らない、という観点で、シェアリングなどのサービス化が挙げられる。今後、ビジネスとしては、この2つの方向性が拡大していくと考えられる。

 

【図表2】 欲求・欲望段階の変化(出所:各種資料を基に住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 

(2) エクスポネンシャル・テクノロジーによる産業構造の変化

 デジタル化されたテクノロジーは、「ムーアの法則」にのっとって、指数関数的(エクスポネンシャル)な加速を開始することから、今後の社会・産業構造を急激に発展させるとみられる。このような「エクスポネンシャル・テクノロジー」としては、AI、ネットワーク、ロボット、クロスリアリティ、3Dプリンティング、ブロックチェーン、材料科学、バイオテクノロジーなど、【図表3】にあるようなものが挙げられる。

 

 これらのテクノロジー自体が指数関数的に成長をするのはもちろん、これらテクノロジー同士が融合することによって、今後の産業構造に大きな変化が表れると考えられる。

 

【図表3】 エクスポネンシャルテクノロジー(出所:ピーター・ディアマンディス、スティーブン・コトラー 「2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ」を基に住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 エクスポネンシャル・テクノロジーの中でも特に重要とみられるのが、テクノロジーをデジタル化するベースとなる①AI(情報処理能力の向上)、と②ネットワーク(接続性の拡大とデータ通信速度の向上)の2つのテクノロジーである。

 

 現在、多数の新技術がAIをベースにしているのはもはや言うまでもなく、今後もAIの処理能力は汎用型量子コンピュータなどの新技術にも支えられ、「ムーアの法則」の限界を超えて指数関数的に成長を続けるとみられ、情報処理能力の拡大という観点で、エクスポネンシャル・テクノロジーの成長に貢献する。

 

 また、ネットワークにつながるIoTデバイス数は年々拡大していくとみられる上、さらなる次世代通信技術が確立されていく見通しであることから、今後もデータ通信量は加速度的に拡大していくとみられる。

 

 このように、ネットワークの進化により多くのデータをあらゆるものから吸い上げ、大量のデータを高度なAIで高速処理していくことで、各エクスポネンシャル・テクノロジーを指数関数的に高度化することが可能になる。

 

 

 ここで、エクスポネンシャル・テクノロジーがどのように産業に活用されるか、製造業を例に将来像を考察した場合、【図表4】で示しているように、リアルとデジタルの両面でさらなる活用の余地があるとみられる。

 

 現在、製造業では昨今のIndustry 4.0の潮流もあり、既にリアルとデジタルの両面で製造・販売の効率化・最適化を図る取り組みが進んでいるが、エクスポネンシャル・テクノロジーは、製造・販売効率の向上はもちろん、生産と消費の垣根が低くなることで、より需要に根差した製品開発が可能になるといったメリットや、従業員の勤務環境・教育レベルの向上など、さまざまな面で技術活用の効果をもたらすと考えられる。

 

【図表4】 製造業におけるリアル/デジタル両面でのエクスポネンシャル・テクノロジーの活用(出所:住友商事グローバルリサーチ作成)

 

(3) 複数都市分散型デジタル社会

 これまで、世界人口は年々増加してきたことから、資源・物資需要の拡大や先進国を中心に都市化が進んできた。今後も途上国での人口拡大がけん引して、こうした傾向が続くとみられることから、【図表5】で示しているように、2050年には人口の7割が都市に居住するとみられる。

 

【図表5】 都市/農村別の人口推移(1950-2050年)(出所:国際連合「World Urbanization Prospects 2018」を基に住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 これまで、都市化のメリットは、主に公共・公益サービス面の効率化にあると考えられてきた。特定都市に人口が集中することにより、医療・教育施設や各種インフラの提供水準の向上と維持コストの効率性を高めることが可能になるためである。

 

 こうした都市化のメリットを背景に世界各地で都市化が進んできたことから、現在は特定の大都市に局地的に人口が集中する傾向がみられる。過密化した大都市では都市集積によるメリットだけでなく、大都市ならではの問題も抱えるようになっており、特にコロナ禍を機に、さまざまな大都市のデメリットも議論され始めている状況にある。

 

 もっとも、都市化が進むと、都市型の生活に基づくさまざまな需要が拡大・高度化し、人口1人当たりの各種資源・エネルギー消費量が拡大することから、当該都市の供給キャパシティを超えた需要拡大の懸念も生じてしまうこととなり、都市の中で拡大していく需要に供給面で応えていくことは相応に困難であると考えられる。

 

 

 現在の大都市集中型社会には、前述したような問題があるにも関わらず、【図表6】で示しているように、人々が高度な職や商品、教育を求める場合、地方から都市へ移住する必要があった。

 

 一方、今後はデジタライゼーションの進展により、実空間の制約から解放されたデジタル社会が形成され、従業地・消費地・通学地が必ずしも居住地と一致する必要がなくなり、大都市にいなくても職や教育、生活環境の両立が可能になるとみられる。

 

 こうした特性を活かし、地方の中核市に人口を分散させれば、都市集積のメリットを活かしつつ、大都市特有のデメリットの除外や過疎地維持の問題の解決が可能になることから、中長期的には、こうした「複数都市分散型デジタル社会」が形成されていくのではないかと考えられる。

 

【図表6】 複数都市分散型デジタル社会(出所:住友商事グローバルリサーチ作成)

 

(4) 気候変動緩和の取り組み

 人為的な温室効果ガス排出により、温暖化が進行している。経済成長とCO2排出量には相関性が見られ、カーボンニュートラルを目指す場合、これをデカップリングさせる必要があるが、現在のモノベースでは難しく、先程の「風の時代」、モノに依存しない要素などによって、デカップリングを実現していくという方向性が考えられる。

 

 今後の人口増加・経済発展、また、気候変動激化によって、資源不足・水ストレスが生じる地域が増えると予測される。さらに、カーボンニュートラルを実現するための技術に必要な鉱物資源の地域偏在性も課題となる。

 

 これまでは必要以上に資源・エネルギーを使い続けてきたが、これからは、いかに効率を良くし無駄を無くすか、さらに、資源・エネルギーや重要原材料を使わない、モノを作らない世界へいかに移行していくかが重要なテーマになると考えられる。

 

 エネルギー関連の技術は、エクスポネンシャルな技術とは異なり、ある程度直線的にしか進展せず、さまざまな取り組みを組み合わせてカーボンニュートラルを達成していく必要があるが、まずはそもそも、エネルギー利用を大幅に削減すること、そしてそのための代替技術や行動変容が求められる。

 

 "エネルギーを効率化する"、"モノを作らない"、また、"モノを作る場合には作り方を変える"という取り組みが、今後ますます重要になると考えられる。

 

(5) サーキュラー・エコノミーへのシフト

 【図表7】で示しているように、これまで、人類は経済拡大のために、大量に原材料を採取し、大量に生産・消費し、大量に廃棄する、直線的で一方通行型の「リニア・エコノミー」を営んできたが、こうした経済システムでは廃棄物・汚染が拡大し続け、地球の限界(プラネタリー・バウンダリー)を超えてしまうという懸念があることから、現在では、一度採取した資源は「作り、使い・作り続ける」という循環で回していくことで、廃棄物と汚染を生み出さないバリューチェーンを設計・構築する「サーキュラー・エコノミー」へのシフトが必要と考えられるようになっている。

 

 もっとも、環境面だけでなく、気候変動の激化や人口拡大で懸念される将来の資源不足、消費者の価値観変化、デジタライゼーションの進展による企業と顧客接点の変化なども、サーキュラー・エコノミーのドライバー(けん引役)となり、サーキュラー・エコノミーへのシフトが加速されていくとみられる。

 

【図表7】 リニア・エコノミーからサーキュラー・エコノミーへのシフト(出所:Government of the Netherlands 「A Circular Economy in the Netherlands by 2050」を基に住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 サーキュラー・エコノミーの下では、【図表8】にあるような、複数の新たなビジネスモデルが各所で生まれ、バリューチェーン上のさまざまな無駄を削減・有効活用する取り組みが各所で盛んになっていくと考えられる。

 

 特に、企業が(消費者に所有権を移転せず)、製品の所有権を有したまま、その製品が提供する価値自体をサービスとして提供する「サービスとしての製品提供(Product as a Service : PaaS)」は、バリューチェーンの全段階に関わる上、企業のビジネスモデルを根本から変え得るものであることから、今後事業を考える上では非常に重要なものになるとみられる。

 

【図表8】 サーキュラー・エコノミーで生じるビジネスモデルの一例(出所:ピーター・レイシー、ジェシカ・ロング、ウェズレイ・スピンドラー「サーキュラー・エコノミー・ハンドブック 競争優位を実現する」を基に住友商事グローバルリサーチ作成)

 また、今後はバリューチェーンの最適化・効率化、需給のマッチングに資する技術がサーキュラー・エコノミーに大きく貢献し、推進していくとみられ、これら技術のほとんどが、エクスポネンシャル・テクノロジーによるものである。エクスポネンシャル・テクノロジーがサーキュラー・エコノミーを推進するとも言えるだろう。

 

 

4. まとめ

 本考察では、【図表9】のとおり、「2050年のサステナブルな世界」は、2.における世界のメガトレンドをベースとし、3.(1)から(5)で示したような中長期的な社会変化の方向性によって形作られると想定した。

 

(1) 長期的な価値観の変化が全てに影響を与え、多様性、軽やかさ、無形、人間中心の考え方が顕在化する。

(2) エクスポネンシャル・テクノロジーによって、社会・産業構造が激変する。

(3) 都市の在り方は、複数都市分散型デジタル社会に移行する。

(4) 気候変動緩和の取り組みが活発化し、エネルギーの効率化・省力化に加え、モノを作らず、サービス化の方向にシフトする。

(5) 大量生産・大量消費の一方通行から、サーキュラー・エコノミーモデルにシフトする。

 

 また、この(3)、(4)、(5)に関しては、今後、地産地消の域内バリューチェーンが創出されていく流れとなり、その域内の規模や程度について、当面、最適解を模索していく流れが続くのではないかと考えられる。

 

【図表9】 中長期的な変化の方向性まとめ(出所:住友商事グローバルリサーチ作成)

 

 (1)から(5)が互いに影響し合いながら、2050年のサステナブルな社会を築き、"Enriching lives and the world"を実現する世界を形作っていくだろう。

 

 そしてこれらは、住友商事が掲げる重要社会課題、特に「地域社会・経済の発展」、「生活水準の向上」、「気候変動緩和」、「循環経済」の4つに深く関連すると考えられる。

 

以上

 

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