ソ連崩壊から30年 ③
2022年01月14日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
アントン ゴロシニコフ
ソ連はかつて巨大な「コムナルカ」 (共同アパート)だった
旧ソ連時代の遺物と言われる共同アパート(Communal apartment、ロシア語では略して「コムナルカ」と言われ、バスルーム、トイレ、キッチンを数世帯共同で使うシェアハウス)は、ロシア第二の都市サンクトペテルブルクでは今も珍しくない。人口500万人超、ヨーロッパでは4番目の都市である[*1]サンクトペテルブルクの市当局によると、2021年時点で市内のコムナルカの数は6万5,000戸あり、21万8,000世帯が居住している。ソ連が崩壊した90年代には約20%のアパートがコムナルカだったが、その後の30年間にその数はかなり減少した。多くの人が、自分の家族だけで住める住宅購入を希望したからだ。しかし面白いことに、ロシア国内の不動産市場では、今もコムナルカの需要があり、2021年にはサンクトペテルブルクのコムナルカの価格は前年比2割以上、上昇した[*2]。お手頃の値段とロケーション(コムナルカの大部分は観光地である中心部に残っている)が人気の秘訣のようである。そして、独身者にも人気で、シェアしている隣人とコミュニケーションが取れ、孤独を感じないと言う人もいる[*3]。
ソ連時代初期の中央アジアでは、現在のような国のくくりがなかったので、その国境確定作業を担当していた政治家のイオシフ・バレイキスは、ソ連を巨大なコムナルカになぞらえた。「単一民族国家、独立した共和国と自治区」はコムナルカの「別々の部屋」であると1924年に書いている[*4]。実は、1922年12月に形成されたソ連は、1917年に帝政ロシアから独立した複数の多民族共和国からできた連邦国家だったからだ。ソ連建国者の一人でロシア共産党のリーダーだったレーニンは、共産主義国家内で諸民族はいずれ融合するだろうと考え、連邦制度を採用した。ソ連は、民族領土連邦主義(ethno-territorial federalism、つまり、それぞれの民族と彼らが住んでいる地域における主権を認めること)を正当化し、ウクライナなどを含む帝政ロシア時代の諸国の主権を大幅に認めた。ソ連の初期憲法では、最大勢力だったロシアの主導権についても強調されておらず、構成諸国間の上下関係はなく、対等な主権国家の共同体と記されていた。さらに各国にはソ連から自由に脱退する権利も与えられていた。
しかし、ソ連のコムナルカの寿命は、その形成から70年を待たずして、ワンジェネレーションで終わった。ソ連崩壊後、一部の国はヨーロッパの共同住宅ともいえる欧州連合に引っ越し(バルト三国)、一部の国は今もその引っ越しの準備をしている(ウクライナ、モルドバ)。そして、中央アジアのカザフスタンやウズベキスタンなどは国家主権を維持しながらもマルチ・ベクトルの外交路線をとり、独自の個別住宅に留まっている。一方、一部の国は再び一緒に住もうと考えている。2021年、ロシアのプーチン大統領とベラルーシのルカシェンコ大統領は1999年に締結した両国の連合国家創設条約に基づき、経済や軍事面の統合を加速させる合意文書に署名し、両国間の関係を緊密化しようとしている。ロシアとベラルーシの連合国家が実現すれば、旧ソ連圏の統合に向けた動きが再び活発化する可能性もある。
筆者もソ連時代、レニングラード市(現在のサンクトペテルブルク市)のコムナルカに10年ほど住んだことがある。4つの部屋に三家族が住み、もちろんバスルーム、トイレ、キッチンは共用だった。当時、まだ携帯電話はなく、設置されていた一台の電話も共用だった。他の人宛の電話に出てしまうと、その人が住んでいる部屋まで呼びに行かなければならなかった。また、家の呼び鈴は一つしかなかったので、一号室の住人を呼ぶときは一回、二号室は二回、三号室は三回呼び鈴を鳴らすなどのルールもあった。寒い冬にアパートの鍵を忘れたときは、隣人を呼び、ドアを開けてもらい助かった。こうしたコムナルカでの生活をユーモラスな歌詞で表現した曲がいくつか存在するほどである。実際、プーチン大統領も幼少期は、レニングラード市のコムナルカで育ったのである。
以上
[*2]Петербургские «коммуналки» резко выросли в цене — РБК (rbc.ru)
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