マレーシア経済:インフレ対策のための補助金による財政圧迫が懸念(マンスリーレポート7月号)

2022年07月12日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
片白 恵理子

経済概況・先行き・注目点:回復が続いている。2021年第3四半期の実質GDP成長率は、COVID-19再拡大を受けロックダウンが実施され、前年同期比▲4.5%となったが、第4四半期にはロックダウンが緩和されたことで持ち直し(同+3.6%)、通年では+3.1%のプラス成長となった。2022年第1四半期の実質GDP成長率は同+5.0%とCOVID-19対策の緩和で経済活動が正常化し、雇用環境が改善されたことで内需が拡大した。特にGDPの約6割を占める個人消費が同+5.5%と前期の同+3.7%から伸びが加速し全体のGDPを押し上げた。先行きについては、回復が続くとみられる。引き続き半導体製品およびその部品の外需、コモディティ価格の上昇の恩恵を受け、輸出が好調さを維持し、入国制限緩和で観光業も回復し、パーム油農園などでは海外からの出稼ぎ労働者が戻り、労働力不足が解消されるだろう。マレーシア中央銀行の2022年の実質GDP成長率見通しは+5.3%~+6.3%。IMF、世界銀行、ADBによる同見通しはそれぞれ+5.6%、+5.5%、+6.0%。注目点は、価格が高騰している燃料、食品等への補助金支給が続くことにより、財政を圧迫する懸念があることだ。

 

経済成長率見通し (出所)IMF、世界銀行、ADBよりSCGR作成

 

生産: 堅調に推移している。5月の鉱工業生産は前年同月比+4.1%と伸びが前月(同+4.6%)を下回った。鉱業(同▲4.9%)が落ち込んだ一方、電気・電子製品(同+15.5%と大幅な伸びを記録)を含む製造業(全体の約7割)の生産(同+6.9%)がけん引した。先行きは、雇用状況の改善(失業率は、コロナ禍でピークだった2020年5月の5.3%から2022年5月に3.9%まで改善)がさらに進み堅調さを維持するとみられる。

 

貿易:好調を維持している。輸出入とも伸びは2桁台が続いており3月には輸出入とも過去最高額を更新。5月の輸出額は前年同月比+30.5%の1,205億リンギット(約272億ドル)だった。パーム油とパーム油関連製品(同+53.9%)や半導体需要を追い風に電気・電子製品(同+45.3%)の輸出が伸びた。輸入額は同+37.3%の1,079億リンギット(約244億ドル)。中間財(輸入全体の58.4%)が同+34.1%、消費財(同7.9%)が+19.3%と増加した一方、資本財(同8.2%)は同▲0.8%に落ち込んだ。貿易収支は126億リンギット(約28億ドル)の黒字。今後も輸出入とも内外需に支えられ好調を維持すると予想する。

 

    主要経済指標(出所)マレーシア統計庁よりSCGR作成

 

物価: 消費者物価指数(CPI)は、上昇している。5月のCPIは前年同月比+2.8%と前月の同+2.3%から伸びが上回った。世界的なサプライチェーンの制約や需要増が押し上げ要因となり、生産者物価指数(PPI)は前年同月比の伸びが3か月連続で2桁台と高水準になっている(5月同+11.2%)。年内、政府は物価抑制のため燃料・食品価格などへの補助金支給などを続けているため、CPIは6月以降同+3%を超えても大幅な上昇にはならないだろう。

 

金融政策: 緩和を解除。7月6日、政策金利を0.25pt引き上げ2.25%にした。5月(0.25pt引き上げ)に続き2会合連続。米国などの追加利上げに対応するため、利上げが継続するとみられるものの、インフレが他国と比較し低水準にとどまっているため、急速な引き締めにはならないだろう。

 

財政政策: アジア通貨危機後の1998年以降、慢性的な赤字が続いている。COVID-19対策のため景気刺激策や税収減により2020年の財政収支GDP比は▲6.2%、2021年は▲6.5%と拡大。2022年の政府見込みは▲6.0%だが、政府は6月末に燃料・食品等への補助金が史上最高額になる見通しを示しており、同見込みを上回る赤字になる可能性がある。7月中旬には税源拡大を目指す財政責任法案が提出される見込み。消費税(GST)の再導入が検討されている。2018年にGSTに替えて、免税対象がより多い売上税・サービス税(SST)が再導入され国民の税負担は軽減されたものの、税収が減っている状況にあるためだ。

 

    物価(出所)マレーシア統計庁よりSCGR作成

 

為替: 下落している。米国株安を受けたグローバルなリスクオフの流れからアジア通貨が弱含み、同国も同様の動きとなり下落。5月には2年2か月ぶりに1ドル=4.4リンギットを突破しその後も下落している。しかし、好調な輸出、潤沢な外貨準備高などが下支えしているため、2008年の金融危機後の下落率より低い。今後、他国と比較し急激な資金流出にはならないとみられ、通貨安は進んでも緩やかなペースになるだろう。

 

株価: 5月以降、急落している。7月初旬には2年2か月ぶりの安値を更新。中国でのCOVID-19再拡大やインフレ抑制のための米国での利上げなどにより、世界的に景気後退懸念が強まっており、アジア株から資金を引き上げる動きが出ていることが背景にある。今後も下落基調が続くと予想する。

 

    為替・株価 (出所)BloombergよりSCGR作成

 

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