「イランにおける抗議デモの拡大」中東フラッシュレポート(2022年9月後半号)

2022年10月11日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

2022年10月5日執筆

 

1.イラン:抗議デモの拡大

 9月13日、イラン北西部に住むクルド系イラン人の22歳の女性が、家族とテヘランを訪問中に「ヒジャブ(女性が髪を覆う布)をきちんと着用していない」としてイスラム風紀警察に拘束されたが、同日意識不明となり、16日に死亡した。政権寄りのメディアは、彼女が持病持ち(糖尿病やてんかん)で幼少時に脳手術をしており心臓発作により死亡したと報道したが、彼女の家族は彼女に持病は無く全くの健康状態だったと反論。拘束時に一緒にいた弟や、移送車両に同乗していた女性たちは、彼女が警察に暴力を振るわれていたと証言しており、事件発生以降イラン全土において抗議デモが発生している。

 

 抗議デモは、ヒジャブ着用義務に反対する女性たちのデモから始まり、ヒジャブを適切に着用していなかっただけで若い女性が死ななければならなかった現在の体制を批判するデモへと発展した。経済苦境も背景に抗議デモは激化し、デモを弾圧する治安部隊との衝突で、公式発表では既に41人が死亡、1,400人以上が逮捕されているとのこと(在外人権団体は死者数が130人以上と主張)。10月3日、ハメネイ最高指導者はこの抗議デモを「暴動」と表現し、「米国とイスラエルによって計画されたもの」と一方的な主張を展開した。

 

2.クウェート:議会選挙実施で野党が議席伸ばす

 9月29日、クウェートで議会選挙が実施され、50議席中28議席を政府批判勢力が獲得した。有権者は79.6万人で、投票率は52%。立候補した305人のうち女性候補は22人で、2人が当選した(前回選挙では女性候補の当選は無し)。クウェートでは、国を治める首長が任命する政府と、国民による直接選挙で選ばれる議会との間での対立が常態化しており、議会議員の任期は4年だが、2012年以降の10年間で既に6回の解散総選挙が行われている。クウェートは、議会がほとんど力を持たない湾岸諸国の中で議会が比較的大きな役割を持つ珍しい国であるが、政府と議会の対立のせいで、政府の提案が議会で通らずなかなか政策が進められない原因にもなっている。

 

3.サウジアラビア:ムハンマド皇太子が首相に任命される

 9月27日、サウジアラビアのサルマン国王は内閣改造を発表し、自身の息子であるムハンマド・ビン・サルマン皇太子(MbS)とハーリッド副国防相を、それぞれ首相と国防相に任命した。MbSは2017年に皇太子に就任以降、高齢の国王(86歳)に代わって実質的に国政を取り仕切ってきたが、今後は名実ともにサウジ政府のトップとなる。国王はMbSへのスムーズな権限委譲を望んでおり、今回の人事では、自身の息子でMbSの異母兄にあたるアブドゥルアジーズ・エネルギー相が留任し、MbSの実弟のハーリッド王子が国防相に就任したことで、サルマン家による統治強化という意味もある。

 

4.イエメン:停戦の延長に合意できず

 10月2日、グランドバーグ・イエメン担当国連特使は、サウジアラビア主導連合軍と反政府武装組織フーシ派が、停戦の延長に合意できなかったことを発表した。これを受けてフーシ派は、早速サウジとUAEへの攻撃を再開する旨の警告を出したが、同特使は、現在も停戦延長のための協議は継続中であるとして、当事者に対し挑発行為を慎むように釘を刺した。イエメン内戦は、2014年にフーシ派が首都サナアを占拠して以来8年間にわたって続いているが、2022年4月に2か月間の停戦に合意し、その後6月、8月と2度にわたり延長されていた。

 

5.レバノン:固定為替レートを90%切り下げか

 9月28日、レバノンのハリール財務相は、レバノン・ポンド(LBP)の固定為替レートを、10月末以降に現行の1米ドル=1,507LBPから、1米ドル=15,000LBPに約90%切り下げると発表した。現在経済危機にあるレバノン政府はIMFとの融資交渉中だが、IMFは条件として現在レバノンに複数存在する為替レートの統一を求めており、今回の措置はその一歩となる。LBPは2019年以降下落が激しく、現在市場では1米ドル=39,000LBP程度で取引されているため、さらなる切り下げが必要との見方もある。

 

6.イラク情勢

  • 政治情勢
  • 9月25日、2021年10月の選挙後にサドル派とともに政権樹立を模索してきたスンニ派の「主権連合」と「クルディスタン民主党(KDP)」が、サドル派の対抗派閥である「調整枠組み」との同盟に鞍替えし、新たな「国家運営連合」が誕生した。
  • 9月28日、「国家運営連合」はハルブーシ国会議長の辞任を否決して再任を支持。今後、大統領、首相の選出を目指す。しかしこのプロセスを妨害すべく、サドル派支持者は同日グリーン・ゾーンの近くで抗議デモを実施。治安部隊との衝突で133人が負傷した。また同日、議会に向けてロケット砲3発が発射され、うち1発が駐車場に命中し警備員7人が負傷した。

 

  • 石油・経済
  • 9月度原油輸出速報:輸出額87.73億ドル。輸出量日量329.2万バレル。1バレル当たり平均単価88.83ドル。
  • イラクは石油が輸出の95%を占める石油依存経済。2022年は油価が高値で推移し、OPECプラスによる協調減産も緩和されたため、石油収入は大幅に増加するとみられている。IMFは2022年のイラクの経済成長率を+9.5%と予想し、経常収支もGDP比+15.8%と大幅な黒字予想。2023年は政府支出の増加が見込まれるが、政権が樹立されて2023年度予算が承認されることが条件である。
  • 9月21日、連邦最高裁は、政府が設立に向けて動いていたイラク国営石油会社(INOC)に関し、設立を無効とする判断を下した。イスマイル石油相や関係者によるINOC設立に向けた努力は、この判断を受けて一旦停止するとみられる。

 

  • 外交・治安
  • 9月23日、国連総会の場でカーゼミー暫定首相が演説を行い、イスラム国(IS)によって破壊された地域の復興や避難民の帰還に対する国際社会からの支援に感謝を表明。また水不足により同国南部の湿地帯が干上がりつつあることに言及し、周辺国に対話による水問題の解決を求めた。最後に、イラクの民主主義はまだ発展途上であり、今後も国際社会からの理解とサポートが必要である旨を訴えた。
  • 9月28日、イランの革命防衛隊(IRGC)がイラク北部のクルド地域に存在するクルド系の反イラン武装組織の拠点に対してミサイル・ドローン攻撃を実施、少なくとも13人が死亡し、60人以上が負傷した(ほとんどが民間人)。IRGCは「イラク国内の反イラン組織がイランでの抗議デモを扇動している」と主張し、今後も攻撃を続けると表明。イラク外務省や米政府は、「イラクの主権を侵害している」としてイランを非難。

 

7.リビア情勢

  • 9月21日、米ニューヨークで開催された第77回国連総会の場で、メンフィー大統領評議会議長が演説を行い、リビアの政治プロセスへの国連の積極的な関与に感謝した。また、外国勢力の介入がリビアを混乱に陥れていると批判、さらに全てのリビア人に裨益するための石油収入の管理透明化の重要性にも言及した。

 

  • 9月22日、国連総会の行われたニューヨークで、米、英、仏、独、伊5か国の政府高官が集まり、リビア情勢に関する協議を行った。協議後の共同声明では、新たに任命されたバシリ国連特使への支持を表明し、また早期にリビアで大統領・議会選挙を実施するための国連仲介に強い支持を表明した。セネガル人外交官のバシリ氏は、リビア担当国連特使兼国連リビア支援ミッション(UNSMIL)代表として、10月初旬に赴任予定。

 

  • 9月25日、首都トリポリから西へ40キロメートルの町ザウィヤの中心部において、ガソリンの密輸に絡んだ殺人事件を発端に、対立する武装勢力間での銃撃戦が発生し、10歳の少女を含む5人が死亡し、13人の民間人が負傷した。8月末にもトリポリで、武装勢力同士の衝突で32人が死亡する事件が発生している。

 

  • 9月19日、ロシアのボグダノフ外務副大臣は、近日中にリビア国内でロシア大使館を再開すると発表した。在リビア・ロシア大使館は、2013年10月に攻撃を受けて以来、隣国のチュニジアに移転している。

 

  • OPECの8月報告書によると、リビアがアンゴラに次いでアフリカ大陸で2番目の石油生産国となった。

 

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

以上

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