金融政策の転換点

2023年02月13日

住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 将之

2023年2月8日執筆

概要

  • 歴史的な物価上昇に直面して、欧米の中央銀行は金融引き締めを実施してきた。足元では利上げ打ち止めに近づいており、金融政策は転換点を迎えつつある。しかし、ロシアのウクライナ侵攻など不確実性が高い中で、急ピッチの利上げの経済・物価の影響を見極めることが難しい局面でもある。

 

  • グリーン化や分断を前提にした供給網の組み替えなどは、コスト増を通じて、物価上昇圧力になる。需要ではなく、供給側が問題であり、供給力を整える設備投資を支援するためには、低金利が好ましい。しかし、物価を抑制するためには、金利を引き上げ高めに据え置くことが必要である。このジレンマを抱えながら、経済・物価が安定するところを探し出すことが各国の2023年以降の課題になっている。

 

 

1. 利上げを継続するFRBと年内利下げを織り込む市場

 FRB(米連邦準備制度理事会)はFOMC(連邦公開市場委員会)し、2月1日に0.25%の利上げを決定した。2022年3月の開始から累計で4.5%分の利上げになった。利上げ幅は2022年12月にそれまでの0.75%から0.5%に、今回2月に0.25%に縮小された。政策金利が2.5%程度とみられる中立金利を超えた上、金融引き締めの累積効果や実体経済に波及するまでの時差を見極めたいという考えがFRBにはあるからだ。

 

 パウエルFRB議長が記者会見で「ディスインフレ」と発言したことから、そちらが耳目を集めたものの、FOMC声明文では「継続的な利上げが適切」と当面利上げを実施していく姿勢が示されていた。2022年12月時点のFOMC参加者の経済見通し(中央値)では、2023年末に政策金利を5.1%まで引き上げる姿が描かれている。また、12月のFOMC同様に、パウエル議長は記者会見で「2023年中の利下げは想定していない」と述べ、利下げがあるならば2024年以降という見通しを示した。

 

 その一方で、市場は2023年内の利下げを織り込みつつある。2022年はCPIショック、2023年2月は雇用統計ショックと、物価と雇用の経済指標に市場は一喜一憂しているものの、メインのシナリオは2023年半ばまでに打ち止め、2023年末にかけて利下げ開始というものだ。足元の政策金利の誘導目標レンジは4.50~4.75%であり、FOMC参加者の2023年末の見通し(中央値)の5.1%に相当するレンジの5.0~5.25%まで、あと0.5%分というところにある。仮に、今後の利上げ幅が2月同様に0.25%であるならば、3月と5月のFOMCでその水準に達する計算だ。つまり、利上げは終盤戦を迎えている。

 

 図表①のように、もちろん、物価の上昇ペースが鈍化しつつあるとはいえ、12月のPCE(個人消費支出)デフレータは前年同月比+5.0%と目標の2%を大きく上回っている。この状況でFRBが追加利上げに消極的な姿勢を示せば、金融引き締め効果が損なわれる事態になりかねない。ロシアのウクライナ侵攻があったとはいえ、2022年の利上げ開始まで、物価上昇を「一過性」ととらえており、金融引き締めが後手に回った経験や、約40年ぶりの物価上昇に直面した中で、歴史からの教訓を踏まえると、FRBとしては、物価抑制のために追加利上げに積極的な姿勢を示さざるを得ないといえる。

 

図表① 米国の物価・雇用・金利(出所:BEA、BLS、OECD、BIS、St.Louis Fedより住友商事グローバルリサーチ(SCGR)作成)図表② カナダの物価・雇用・金利(出所:カナダ統計局、OECD、BIS、St.Louis FedよりSCGR作成)

 

 

 1月の雇用統計で、非農業部門雇用者数が前月比51.7万人と大幅に増加し、失業率が3.4%と1969年以来の低水準に達するなど、雇用環境は堅調だ。堅調すぎるほどであり、これまで金融引き締めが効いていないのではないかという疑念さえ生じさせる、雇用統計ショックとなった。また、平均時給もやや鈍化したものの、前年同月比+4.4%と新型コロナウイルス感染拡大前の3%前後から上振れており、今後の物価上昇圧力につながると懸念されている。こうした状況では、金融引き締めの長期化観測が強まりやすい。利上げ継続の姿勢をみせるFRBと年内利下げを織り込む市場の綱引きは当面続きそうだ。

 

 FRBに加えて、欧米の中央銀行も、ロシアのウクライナ侵攻など不確実性が高い中で、急ピッチの利上げの経済・物価の影響を見極めることが難しい状況に置かれている。

 

図表③ 欧米中銀の金融引き締め(出所:カナダ中銀、FRB、ECB、イングランド中銀、BIS、日本経済新聞、JETROなどから作成)

 

 

2. 一歩先を行くカナダ中銀

 カナダ中銀は1月25日、政策金利(オーバーナイト金利)を0.25%引き上げて4.5%にすることを決定した(銀行金利は4.75%、預金金利は4.25%)。これまでの累計引き上げ幅は4.25%。また、量的引き締めも継続している。

 

 カナダ経済の現状について、想定よりも力強く、超過需要が残っていると、中銀は評価した。労働需給も依然としてひっ迫しており、失業率は歴史的な低水準になり、企業は労働者を採用することが難しくなっていると分析されている。ただし、これまでの金融引き締めによって、個人消費は2022年前半に減速しており、住宅市場もかなり低調なことに加えて、サービス消費や企業設備投資が今後減速する見通しも示された。

 

 図表②のように、物価上昇率は6月の前年同月比+8.1%から12月の+6.3%まで伸び率を縮小させたものの、依然として高い上昇率になっている。しかし、エネルギー価格の低下や供給網の問題の緩和、高金利などから、中銀の見通しでは、物価上昇率は2023年半ばに約3%、2024年には2%目標に戻ると、予想されている。

 

 1月の会合で、カナダ中銀は、見通し通りに経済活動が進展するならば、累積的な利上げ効果を評価できる間、政策金利を現在の4.5%に据え置く方針を示した。もちろん、物価上昇率が2%目標に戻るために、必要ならば追加の利上げを実施する用意があると注記している。マックレム総裁も会合後、利上げ停止は条件付きのものと発言している。また、利上げ停止を想定する理由として、2023年Q3までにカナダの経済成長率がゼロ%近くまで減速すると見通しており、金融引き締めが過度に経済を減速させうる恐れがあることを挙げている。

 

 

3. 一歩後を行くECB

 ECBは2月2日の理事会で、0.5%の利上げを決定した。さらに次回3月に0.5%の利上げを実施するつもりと、声明文に明記した。12月と同様に、着実なペースで大幅な利上げ路線を維持することと、2%の中期目標に回帰するよう十分に制約的な水準に金利を維持する方針も示した。次々回5月会合で、「金融政策の道筋を評価する」方針も示した。

 

 さらに、前回12月に発表されたように、今回正式に量的引き締めを3月から開始することが決まった。3月から6月の間は月額150億ユーロであり、それ以降の削減については今後決定する方針だ。また、パリ協定の目標に沿うように、2022年10月に開始したプロセスを強化し、段階的な気候変動対策に取り組む企業に資金をより多く振り向けるようにした。

 

 図表④のように、1月の消費者物価上昇率は前年同月比+8.5%と、2か月連続で10%を下回った。しかし、ECBの中期目標の2%を大きく上回っている。また、欧州のシンクタンクであるブリューゲルがまとめたように、2021年9月以降、欧州各国はエネルギー・物価対策として6,000億ユーロ超の政策を打っている。その効果もあって、物価上昇率が鈍化しつつあるという一面もある。一方で、エネルギー・食料品を除くコア指数は+5.2%で高止まりしており、物価が抑制されつつあるとは必ずしもいえない。

 

 12月の理事会では、0.5%利上げ支持派と、0.75%利上げ支持派で意見が割れた。理事会後の会見でラガルド総裁が今後数回の0.5%利上げを示唆するというタカ派的な姿勢を示すことで、反対していた一部が0.5%利上げ支持に回り、0.5%利上げが実現した。ただし、声明文で、将来の利上げについてデータ次第であり、会合ごとに決めると明記していた。ECB内の意見をまとめるために、そうした整合性を無視してまでも、ラガルド総裁がタカ派的な発言をせざるをなかったといえる。

 

 2月の理事会では、次回3月にも0.5%利上げを実施する方針を声明文に明記した。その一方で、5月以降について意見が割れていたと報じられている。5月は0.25%利上げなのか0.5%利上げなのか、また、それ以降について利上げを継続するのか打ち止めにするのか、見方は割れている。そのため、今後の利上げ方針を巡って、焦点は5月の金融政策の道筋の評価に移りつつある。

 

図表④ ユーロ圏の物価・雇用・金利(出所:Eurostat、OECD、BIS、St.Louis FedよりSCGR作成)図表⑤ 英国の物価・雇用・金利(出所:ONS、OECD、BIS、St.Louis FedよりSCGR作成)

 

 

4. 条件付きのイングランド中銀

 イングランド銀行は2月2日、政策金利を0.5%引き上げて4.0%にすることを発表した。9人の政策委員のうち7人が0.5%利上げを支持、2人が据え置きを支持した結果、0.5%利上げが決定された。

 

 2月の声明文では、「国内の物価上昇圧力の緩和度合は、これまでの利上げの影響を含めて、経済の進展に依存している」として、「労働市場のひっ迫や賃金上昇、サービス価格の上昇などを含めて、持続的な物価上昇圧力の兆し(indications)をしっかりと監視し続ける」ことを表明した。その上で、「より持続的な物価上昇圧力の証拠(evidence)があるのならば、更なる金融引き締めが必要とされる」と記載され、前回2022年12月会合の表現から一歩後退した。

 

 12月会合を振り返ると、9人の政策委員のうち6人が0.5%利上げ、1人が0.75%利上げ、2人が据え置きを支持した結果、0.5%利上げが決定された。また12月の声明文では、「委員会の大勢は、11月の見通し通りに経済が進展すれば、インフレ目標に持続的に回帰するために、一段の利上げが必要になるかもしれないと判断している」ことや、「経済見通しがより持続的な物価上昇圧力を示唆するならば、必要に応じて力強く対応すると委員会は判断し続ける」ことが記載されていた。

 

 ただし、ベイリー・イングランド銀行総裁は、利上げがこれで終わりというわけではなく、条件付きの利上げ停止と言及、見通しにおける最大のリスクは、インフレの上振れと指摘するなど、慎重な姿勢を見せた。実際、図表⑤のように、12月の消費者物価指数は前年同月比+9.2%と、依然として高い伸びを示している。

 

 

5. 久しぶりに話題にのぼった日銀

 日本銀行は、大規模な金融緩和政策を続けている。2022年12月の金融政策決定会合で、日本銀行は長期金利の許容変動幅を従来の±0.25%程度から±0.5%程度に拡大した。日銀としては、政策運営上の修正という位置づけである一方で、市場では事実上の利上げという受け止めが広がった。

 

 また、12月会合で指し値オペの対象年限の拡大、国債買い入れの増額なども決定した。年末には従来短期を対象にしていた共通担保資金供給オペは2年物を対象に実施された。2023年1月の会合では、共通担保資金供給オペの実施を変更、5年物の資金供給を実施した。政策修正観測から金利が上昇していたスワップ市場まで、抑えにかかることになった。

 

 日銀正副総裁人事を巡って、金融政策の変更や政府・日銀の共同声明の修正について観測が広がっている。図表⑥のように、足元で、約40年ぶりの物価上昇が日本でも発生している上、海外の金利上昇などから日本の金利にも上昇圧力がかかりやすくなっているためだ。これまで動かなかった日銀が、ようやく動くかもしれないという期待が高まっている。

 

 修正時期が今後の焦点だ。総裁らが交替し、これまでの金融政策の検証を行ってから、政策を変更することになるだろう。また、前年比で物価上昇率が2023年以降も高い水準なのか、もしくは2%目標近傍で推移するのかも見通し難い。足元では、一時に比べて資源価格は落ち着いており、対ドルの円相場も一時に比べて円安・ドル高ではなくなっている。こうした状況を踏まえれば、2023年半ば頃から、物価上昇率が鈍化することも想定される。そうした時期に、FRBは利上げを止め、もしかしたら利下げに向かいつつあるのかもしれない。そうなると、日銀が積極的に政策を修正していくことは難しくなる。

 

図表⑥ 日本の物価・雇用・金利(出所:総務省、BISよりSCGR作成)

 

 

6. 物価と金融政策のジレンマ

 2022年の供給網のボトルネックや資源価格の高騰などは一服しており、物価上昇率はこれから鈍化するとみられる。その一方で、ゼロコロナ政策を事実上終了した中国経済が回復に向かえば、資源などの需要が拡大、価格に上昇圧力がかかる可能性がある。今冬、欧州の天然ガス不足は、暖冬と中国経済減速に伴う需要減が下支えとなったものの、来冬に向けて同じような状況になるとは限らない。

 

 一方で、グリーン化対策も進めていくことになる。そのためには、設備投資が不可欠で、供給網の組み替えもありうる。中国やロシアなどとの関係の上でも、供給網の組み替えが生じており、それらはコスト増につながる。また、ビジネスが、2000年代のグローバル化の中での平時における最適化から、感染拡大時という非常事態時の最適化を経て、世界の分断を前提にした最適化に移行する中で、制約条件が変わるため、コスト増になる。

 

 こうした変化は、コスト増を通じて、物価上昇圧力になる。需要ではなく、供給側が問題であり、供給力を整える設備投資を支援するためには、低金利が好ましい。しかし、物価を抑制するためには、金利を引き上げ高めに据え置くことが必要である。このジレンマを抱えながら、経済・物価が安定するところを探し出すことが各国の2023年以降の課題になっている。

 

以上

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