「サウジアラビアとイランが中国の仲介で外交関係正常化に合意」中東フラッシュレポート(2023年3月号)

2023年04月18日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

2023年4月12日執筆

 

1.サウジアラビア/イラン:中国の仲介で外交関係正常化に合意

 3月10日、2016年1月以来外交関係を断絶してきたサウジアラビアとイランが、外交関係を復活させることに合意した。中国政府の仲介で、サウジアラビアとイランの代表団が3月6日から北京で協議を行い、3月10日に中国を含めた3か国で共同声明を発表した。声明によると、この両国は今後2か月以内に大使館を再開し、外相会談を経て大使の復帰や今後の二国間関係強化のための協議を行うとのこと。また、安全保障協力や、経済、貿易・投資、技術、文化、若者、スポーツなど、多方面にわたる協力の再開も進める。

 

 サウジアラビアとイランの交渉は2021年以降イラクの仲介で行われてきたが、イラクでの選挙による政権交代やイランにおける抗議デモの拡大などもあり、2022年夏以降は交渉が進んでいないと見られていた。今回の合意で注目されたのは、中国が仲介役を果たしたことと、米国が関与していなかったことである。中東で信頼感を失いつつある米国と、経済を中心に各国で存在感を増しつつある中国という構図が透けて見える。

 

 今回の合意は、欧米との核合意再建交渉が一向に進まない中で隣国との関係改善に活路を見出すイラン、経済改革に必要な外国からの投資を呼び込むためイエメン問題を解決し情勢の安定を求めるサウジ、中東に多くの経済権益を有し地域の安定とエネルギーの安全供給を求める中国の三者の関心が一致した結果ともいえる。今後の両国の関係回復が、実際にどのように進んでいくかに注目が集まる。

 

2.UAE:ムハンマド大統領の長男ハーリッド王子がアブダビ皇太子に任命される

 3月29日、アラブ首長国連邦(UAE)のムハンマド大統領(MbZ)は、長男のハーリッド王子(41歳)を自身の後継者となるアブダビ首長国の皇太子に任命した。同じく後継者候補であったMbZの弟のハッザーア王子(57歳)とタハヌーン王子(54歳)はアブダビ首長国の副首長に、マンスール王子(52歳)はUAE副大統領に任命された。これまで通りドバイ首長のムハンマドUAE首相もUAE副大統領を兼任しているため、今後副大統領は二人体制になるとみられる。2022年5月にMbZが大統領に就任して以来、皇太子位が空席で、後継者に誰を据えるのかが注目されてきたが、これで当面は跡継ぎ問題に終止符が打たれたと言える。

 

3.エジプト/トルコ:トルコ外相がエジプトを訪問

 3月18日、トルコのチャヴシュオール外相がカイロを訪問し、エジプトのシュクリ外相と会談を実施した。トルコの外相がエジプトを訪問するのは、2013年に両国の関係が悪化して以降初めてのことである。トルコは2021年からエジプトとの関係改善を模索してきたが、2022年11月のサッカー・ワールドカップ・カタール大会開会式でエルドアン大統領とシシ大統領が初めて握手をし、さらに2023年2月にシュクリ外相が大地震に見舞われたトルコの被災地を訪問したことで、両国の関係改善が加速した。ただ両国間には、リビア内戦や東地中海の海洋境界問題を巡ってまだ対立の火種が残っている。

 

4.イスラエル:ネタニヤフ政権が進める司法制度改革を巡る混乱

 3月27日、ネタニヤフ首相は、2023年初から政権が推し進めてきた司法制度改革に関する国会審議を一旦停止すると発表した。同改革は、最高裁が違憲と判断した法案を国会の過半数で覆せるようにしたり、裁判官の任命を行う司法人事選考委員会に政府任命のメンバーを増やしたりするなど、司法の権限を弱め、政府の力を強めることを狙ったものである。この改革に対して、三権分立のバランスを崩し民主主義の根幹を揺るがすとして、国民は毎週のように街頭に出て抗議デモを展開してきた。

 

 3月26日、改革に関する審議を一時停止すべきとTV演説を行ったガラント国防相に対してネタニヤフ首相が更迭を発表した後、国民の反発はさらに強まり、労働総同盟がゼネストを発表。3月27日には学校や病院、銀行、空港などで働く職員がゼネストに参加し経済活動が混乱する中、ネタニヤフ首相は国会審議の一時停止を発表した。これで一旦は改革が保留されたが、ネタニヤフは4月30日から始まる次期国会会期に審議を再開する意欲を見せており、改革は撤回された訳ではない。

 

5.イラク情勢

  • 内政・外交
  • 3月5日、スーダーニ首相がカイロを訪問しシシ大統領やマドブーリ首相と会談を実施。貿易の拡大、ヨルダンを含めた3者での協力や電力網相互接続プロジェクトについて協議した。
  • 3月14日、スーダーニ首相はエルビルとスレイマニヤを含むクルド自治区(KRI)訪問の冒頭に、クルド民主党(KDP)のマスード・バルザーニ代表と会談した。外相、内相など多くの連邦政府関係者も首相に同行した。
  • 3月21~22日、スーダーニ首相は就任後初めてトルコを訪問し、エルドアン大統領と会談を実施。
  • 3月23日、イラクが2014年にトルコを協定違反で訴えた裁判に関し(イラク中央政府が同意していないKRIからトルコへの独自の原油輸送を支援した)、国際刑事裁判所(ICC)はトルコに15億ドルの違約金を支払うよう命じた。これを受けて、3月25日にはKRIからトルコへの原油輸送(日量約45万バレル)が停止され、3月29日にはKRIで操業する石油会社が生産停止/減少を余儀なくされた。
  • 3月27日、イラク議会は2019年の大規模反政府デモ後に改定された選挙法を、以前の制度に戻す改正法案を可決した(1県1選挙区の比例代表制に戻すので、大政党が有利になる)。デモ隊はこの法改正に反発し、抗議行動を激化させている。なお、イラクでは2023年11月に地方選挙が実施される予定。

 

  • 石油・経済
  • 3月度原油輸出速報: 輸出額 74.04億ドル。輸出量 日量325.5万バレル(bpd)。平均単価 1バレル73.37ドル。
  • 3月13日、イラクの閣僚評議会は、2023~25年の3年間の予算案を承認し議会に提出した。複数年予算が組まれることはまれである。2022年は選挙後の組閣に時間が掛かり、予算が成立しなかったため、3か年予算が成立すれば、安定性と予測可能性に期待ができる。2023年の支出は過去最大の1,521.7億ドル、収入は1,035億ドルで、486.7億ドルの赤字予算。想定油価は1バレル70ドル、原油輸出量は350万bpdで、歳入見込みは894億ドルとの予想。

 

  • 治安・その他
  • 3月3日、イラク司法当局は、税務総局の口座から25億ドルが盗まれた「世紀の強盗」事件に関し、アラウィ前財務相を含むカーゼミー前政権の高官4人の逮捕状を発行し、資産の差し押さえを命じた。現在4人はイラク国外にいるとみられている。
  • 3月19日、イランとイラクが安全保障協力に関する二国間協定に調印した。イラン国営メディアによると、KRIに存在するイラン系クルド人の反体制派やイスラエルと協力する分子を意識したものであるとのこと。

 

6.リビア情勢

  • 3月10日、韓国の「大宇」は、リビア電力公社(GECOL)とガス火力発電所の建設契約を締結したと発表。 報道によると、建設契約の金額は7.9億ドルで、メリタとミスラタにガス火力発電所を建設する。

 

  • 3月12日、リビア国営石油会社(NOC)のベン・グダラ会長は、2024年に石油・ガスの入札ラウンドを実施する計画を発表した(実現すれば約20年ぶり)。同時に、天然ガス液化プラントの建設や隣国エジプトの天然ガス液化施設までのガス・パイプライン建設可能性にも言及。

 

  • 3月11~17日、国際通貨基金(IMF)はチュニスでリビア中央銀行代表団との対リビア4条協議を10年ぶりに行い、声明を発表。リビア経済は、当面石油・ガスに依存するため、油価の下落や石油生産の中断につながる紛争や社会不安の再燃がリスクになるとし、また世界的なCO2排出削減の潮流に乗り遅れないように石油・ガスへの依存度を下げ、民間部門主導の成長を促進する必要がある、とリビア経済の課題を指摘した。

 

  • 3月20日、代表議会(HoR)は、選挙法作成のための「6+6合同委員会」に参加するメンバーを選出。3月29日、国家高等評議会(HCS)も6人のメンバーを選出。2023年6月中旬頃には、選挙実施に向けた行程表が発表される予定。

 

  • 3月28日、ロシア政府は、近々駐リビア・ロシア大使が首都トリポリに赴任し、大使館業務を完全に再開することを発表した。

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

以上

 

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