インドネシアの政治経済情勢:2024年大統領選に向けた動きが活発化

2023年05月16日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
石井 順也

 

2023年5月12日執筆


概要

  • インドネシアでは2024年2月14日に大統領選と総選挙が予定されているが、ガンジャル中部ジャワ州知事、プラボウォ国防相、アニス前ジャカルタ特別州知事の3人が主要な大統領候補となっている。ガンジャル知事は各種世論調査では次期大統領候補としての支持率で首位を独走していたが、2023年4月に発表された世論調査結果では支持率を落とし、プラボウォ国防相の後塵を拝した。しかし同月、最大与党・闘争民主党は同知事を大統領選の候補に指名した。同知事は現時点で極めて有力な候補と考えられる。もっとも有力政党の連携も流動的な面があり、大統領候補が登録締切日の11月25日に正式に確定するまでは不確定な要素も多い。
  • インドネシアは2023年にASEAN議長国に就任した。ミャンマー情勢の改善を目指し、2021年4月の特別首脳会議で決定された「5項目の合意」の履行に向けて各方面で協議や働きかけを行ったが、5月9~11日にインドネシアのラブアンバジョで開催されたASEAN首脳会議では、具体的な進展がなかったことが示された。2023年は日・ASEAN友好協力50周年にあたり、その節目に合わせ、12月16~18日に東京で日・ASEAN特別首脳会議が予定されている。
  • インドネシアの2022年の実質GDP成⻑率は前年⽐+5.31%と2013年以来の⾼成⻑となった。新型コロナウイルスの感染状況の改善に伴う経済活動の再開から消費が拡⼤し、⼀次産品の価格上昇から輸出が⼤きく伸びた。2023年1~3月期は前年同期比+5.03%だった。財輸出の伸びは鈍化したが、資源価格の高止まりによって高水準を維持し、消費の堅調と観光業の回復に伴うサービス輸出の拡大は続いた。今後は世界経済の減速、市況商品価格の調整等により財輸出の成長の鈍化が予想されるが、観光業の回復は続き、インフレも落ち着きをみせ、利上げも停止に入りつつあることから、消費の堅調な拡大と投資の回復が見込まれる。2023年の実質GDP成長率を中銀は+4.5〜5.3%、IMFは+5.0%と予想している。

 

1. 政治:24年大統領選

 インドネシアでは2024年2月14日に大統領選と総選挙(議会選)が予定されているが、2023年4月21日、最大与党・闘争民主党のメガワティ総裁(元大統領)がボゴール宮殿で、大統領選の候補にガンジャル・プラノウォ中部ジャワ州知事を指名したと発表した。ジョコ大統領も指名を支持した。[*1]

 ガンジャル知事は、各種世論調査で次期大統領候補としての支持率で首位を独走し、同知事が所属する闘争民主党の党員の多くは早くから同知事を大統領候補に指名することを求めていたが、今般、ようやく上記決定に至った。メガワティ総裁は娘のプアン・マハラニ国民議会(下院)議長を候補に推したいと考えていたが、周囲の圧力から人気のあるガンジャル知事を推さざるを得なかったと考えられる。

 一方、ガンジャル知事の支持率は、4月11日に発表されたインドネシア世論調査研究所(LSI)の世論調査によれば、プラボウォ・スビアント国防相の支持率を下回った。[*2]ガンジャル知事の支持率低下の原因は、国際サッカー連盟(FIFA)が5月に予定されていたU-20(20歳以下)のワールドカップ(W杯)のインドネシア開催を3月末に取りやめた問題の影響とみられる。FIFAの開催取りやめの決定の理由は明らかにされていないが、インドネシア国内でイスラエルの参加への反対論が盛り上がっていたことが考慮されたと考えられている(インドネシアはスカルノ大統領の時代からイスラエルと外交関係を結ばない政策をとり、保守的なイスラム教徒はイスラエルに敵対的な感情を抱いている)。ガンジャル知事は一部の試合を受け入れる中部ジャワ州の知事として、イスラエル排除を強く求めていた。このため同知事はFIFAの開催取りやめの決定の原因をつくったとみなされ、批判を浴びた。特に自身の主要な支持層である若者の反発を招いたとみられる。

 もっとも、ガンジャル知事のイスラエル排除論は、メガワティ総裁(スカルノ大統領の娘)の支持を得るために必要な「忠誠心テスト」だったとみられる。ジョコ大統領はかねてからガンジャル知事を自身の後継者とみて、支持する姿勢を見せていたが、メガワティ総裁とは大統領選の候補者への影響力を争う立場にあった。そうした中で、ガンジャル知事はメガワティ総裁に寄り添う姿勢を見せ、支持を得ることに成功したとみられる。ジョコ大統領は前述のとおりガンジャル知事の指名を支持したが、プラボウォ国防相との関係も重視しており、自身の影響力を最大限に高めるための道を探っているとみられる。

 ガンジャル知事に加え、与党第3党のグリンドラ党党首のプラボウォ国防相と無所属のアニス・バスウェダン前ジャカルタ特別州知事も大統領選への出馬の意向を示しており、この3人が有力な大統領候補となっている。ガンジャル知事とプラボウォ国防相は現政権の継承を打ち出し、アニス前知事は現政権から距離を置いている。グリンドラ党と与党第5党の民族覚醒党の政党連合はプラボウォ国防相、与党第4党のナスデム党と野党2党の政党連合はアニス前知事を擁立すると発表しているが、与党第2党ゴルカル、第6党の国民信託党、第7党の開発統一党の政党連合はまだ方針を明らかにしていない。ガンジャル知事は最近、支持率が低下しているとはいえ、中部ジャワ州での統治実績の評価は高く、ジョコ大統領と闘争民主党の支持を受けていることは大きなアドバンテージであり、現時点では極めて有力な候補と考えられる。もっともゴルカル党のみならず他の有力政党の連携にも流動的な面があり、大統領候補が登録締切日の11月25日に正式に確定するまでは不確定な要素も多い。

 

2. 外交:ASEAN議長国

(1)G20、ASEAN

 インドネシアは2022年にG20議⻑国を務めた。同年2⽉のロシアのウクライナ侵攻に対しては、領⼟と主権を侵害する⼀切の⾏動を⾮難するとの声明を発出したが、ロシアへの⾮難は控えている。6⽉にジョコ⼤統領がウクライナとロシアを訪問し、ゼレンスキー⼤統領、プーチン⼤統領それぞれと会談した。いずれの⾸脳に対しても11⽉のG20サミットへの出席を呼び掛けた。ロシアとウクライナの⾸脳の出席は実現しなかったが、⽶中⾸脳会談が実現し、⾸脳宣⾔も採択され、議⻑国としての存在感を⽰した。

2023年にはASEAN議⻑国に就任した。ミャンマー情勢について、2021年4月の特別首脳会議で決定された「5項目の合意」の履行に向けて各方面で協議や働きかけを行ったが、5月9~11日にインドネシアのラブアンバジョで開催されたASEAN首脳会議では、暴力の停止など主要な項目について具体的な進展がなかったことが示された。[*3]2023年は日・ASEAN友好協力50周年にあたり、その節目に合わせ、12月16~18日に東京で日・ASEAN特別首脳会議が予定されている。

(2)中国

 中国はインドネシアにとって最⼤の輸出⼊先であり、近年、シンガポールに次ぐ第2の投資国になっている。中国は⼀帯⼀路構想の下、インドネシアのスマトラやカリマンタンへのインフラ投資を進めてきた。15年にジャワ島の⾼速鉄道の建設を受注したが、総事業費は大幅に上振れし、完成時期も当初予定の2019年から遅延を続けている。2022年11⽉、G20サミットに合わせて⾛⾏試験が⾏われ、訪尼した習近平国家主席とジョコ⼤統領が試運転をオンラインで視察した。ジョコ⼤統領は⾼速鉄道が2023年6⽉に運航開始となることを希望した。南シナ海ではナトゥナ諸島周辺海域の漁業権等に関する問題を抱え、インドネシアは同海域での軍事的・経済的プレゼンスを拡大しているが、中国はインドネシアのガス田開発に反発している。2023年2⽉、秦剛外相が就任後初の東南アジアの訪問としてインドネシアを訪問した。秦剛外相は農産物の輸入拡大を軸にインドネシアへの経済協力を強める考えを示し、ジョコ大統領は首都移転やカリマンタン島での再エネ関連のインフラ整備に関し、中国の協力への期待感を表明した。

(3)米国

 ⽶国はインドネシアにとって第2位の輸出先である。2009年以来、両国は合同軍事演習「ガルーダシールド」を毎年実施している。2021年11⽉のCOP26でジョコ⼤統領とバイデン⼤統領が初の⾸脳会談が実現した。2022年5⽉、⽶国はインドネシアを含む12か国とともにインド太平洋経済枠組み(IPEF)を発⾜させた。

(4)欧州

 欧州はインドネシアにとって主要輸出先である。2016年からインドネシアとEUは包括的経済連携協定(CEPA)の交渉を開始。⼀⽅EUは、パーム油の生産については環境破壊を理由に2030年までに段階的に利用を禁止するとしており、インドネシアはマレーシアとともにこれに抗議。2019年12月にWTOに提訴した。

(5)豪州

 豪州とインドネシアは2019年3⽉、CEPAを締結、2020年7⽉に発効。2021年9⽉に米英豪が創設したAUKUSにインドネシアは懸念を表明した。2022年6⽉、豪州のアルバニージー⾸相が訪尼し、ジョコ⼤統領と会談した。

(6)韓国

 韓国とインドネシアは2020年12⽉、CEPAを締結。2022年7⽉、ジョコ⼤統領が訪韓し、尹錫悦⼤統領と会談した。

(7)日本

 2022年11⽉、岸⽥⾸相がG20サミット出席のためインドネシアを訪問し、ジョコ⼤統領と会談した。「アジア・ゼロエミッション共同体構想(AZEC)」に関する共同発表と「公正なエネルギー移⾏パートナーシップ(JETP)」に関する共同声明が発出された。JETPは、⾼排出インフラの早期退役の加速化と再エネ及び関連インフラへの投資のための⽀援をドナー国が連携し実施するパートナーシップで、今後3〜5年間で200億ドルの⽀援が予定されている(2050年までのネットゼロの達成を⽬指す)。

 

3. 経済:コロナ前の経済成長に回帰

 2022年の実質GDP成⻑率は前年⽐+5.31%と2013年(+5.56%)以来の⾼成⻑となった。新型コロナウイルスの感染状況の改善に伴う経済活動の再開から消費が拡⼤し、2⽉のロシアのウクライナ侵攻に伴う⼀次産品の価格上昇が追い⾵になって輸出が⼤きく伸びた。

 2023年1~3月期の実質GDP成長率は前年同期比+5.03%だった。前期(同+5.01%)からわずかに加速し、6四半期連続で5%を上回った。投資と財輸出の伸びは鈍化したが、財輸出は資源価格の高止まりによって高水準を維持し、観光業の回復に伴うサービス輸出の拡大と消費の堅調は続いた。

 今後は世界経済の減速、一次産品価格の調整等により財輸出の成長のさらなる鈍化が予想されるが、観光業の回復は続き、インフレも落ち着きを見せ、利上げも停止しつつあることから、消費の堅調な拡大と投資の回復が見込まれる。したがって2023年も底堅い成長の継続が予想される。2023年の実質GDP成長率を中銀は+4.5〜5.3%、IMFは+5.0%と予想している(下図参照)。

 

 

 経常収⽀は輸⼊の減少により2020年に⾚字幅が⼤幅に縮⼩し、2021年は⿊字に転じた。2022年は、国内経済の回復に伴い輸⼊が増加したものの、資源価格の⾼騰により輸出が堅調に拡大し、132億ドルの黒字(GDP比1.0%)となった。

 政府は新型コロナの対策費⽤で歳出が⼤幅に増加するため、国家財政法が定める財政⾚字上限(GDP⽐3%)を2020〜2022年度の3年間に限り超過することを認め、2020年度の財政⾚字はGDP⽐6.1%に達した。2021年度は資源価格の上昇により税収が増加し、同4.6%に縮⼩。2022年度予算では同4.5%。2023年度予算では同2.84%に抑えられ、国家財政法が定める上限を下回った。

 2021年10⽉、税制改⾰法が成⽴し、個⼈所得税の課税所得区分変更(富裕層への課税強化)、付加価値税(VAT)の税率引き上げ、炭素税の新設、租税特赦の第2弾(2022年1⽉1⽇〜6⽉30⽇)が導⼊された。炭素税の導⼊は2022年4⽉1⽇に予定されていたが、延期が続いている。2022年9⽉、補助⾦対象の燃料価格引き上げを決め、即⽇実施した。原油価格の上昇により補助⾦の⽀出が拡⼤していたことが背景にある。

 CPI上昇率は2022年6⽉から中銀の⽬標圏(+2.0〜4.0%)を上回っている。補助⾦燃料の価格の引き上げもあり、9⽉は前年同⽉⽐+5.95%に達したが、10⽉から鈍化を続け、2023年4月は+4.97%まで低下した。

中銀は2022年8⽉以降、政策⾦利を計2.25%引き上げて5.75%としたが、2023年1⽉から据え置きを続けている。CPI上昇率の鈍化を受け、中銀は利上げサイクルの終了を⽰唆している。

 外貨準備⾼は2023年4⽉末時点で1,442 億ドル(輸⼊の6.4か⽉分)。

 2022年の海外直接投資額は456億ドル(前年⽐+44%)。

 2021年7⽉に2060年までのカーボンニュートラル達成⽬標を発表した。策定中のロードマップには⽕⼒発電所の削減計画や再エネの導⼊⽬標が盛り込まれた。2022年11⽉、ADBは「エネルギー移⾏メカニズム(ETM)」を活⽤し、⻄ジャワ州のチレボン1⽯炭⽕⼒発電所が10〜15年早く運転を停⽌することを条件に、2.5億〜3億ドルのリファイナンスで合意したと発表。同⽉、⽇尼⾸脳会談でJETPに関する共同声明が発表された(上記2.(7)参照)。

 2022年1⽉1⽇から31⽇まで、国内で発電⽤の⽯炭を確保するために⽯炭の輸出を禁⽌した。⽯炭事業者の国内供給義務の遵守の定期的な報告を求めるなど規制が強化されている。また同年4⽉28⽇から5⽉19⽇まで、国内で⾷⽤油の供給を確保するためにパーム油とその原料の輸出を禁⽌し、⽣産者の国内供給義務を再導⼊した。

 2022年12⽉、ボーキサイトの輸出を2023年6⽉から禁⽌すると発表した。資源加⼯産業への外国投資を促進するため、2009年新鉱業法に基づき、2014年1⽉から未加⼯鉱⽯の輸出を禁⽌したが、2017年1⽉に輸出禁⽌を緩和し、その後、緩和の期限を2023年6⽉まで延⻑するとしていた。そして、ニッケルの輸出は2020年1⽉から禁⽌し、次はボーキサイト、銅、スズの輸出を禁⽌すると発表していた。

以上


[*1] インドネシアの制度では、国会での議席が20%以上、もしくは直近の総選挙での得票率が25%以上の政党または政党連合だけが正副大統領候補を擁立できる。

[*2] 「大統領選挙が今行われたら誰を選ぶか」の質問に対し、プラボウォ・スビアント国防相が30.3%、ガンジャル知事が26.9%、アニス・バスウェダン前ジャカルタ特別州知事が25.3%との回答だった。ガンジャル知事は前回の調査では首位だったが、8.1%下げ、プラボウォ国防相に抜かれた。

[*3] ルトノ外相は人道支援については進展があったことを記者会見で説明した。もっとも、首脳会議に先立ち、5月7日には人道支援のためにミャンマーのシャン州に入ったASEANの代表団が発砲される事件が起こり、ASEAN首脳会議の議長声明にはこの発砲を「強く非難する」という記載がなされた。

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