「シリアが12年ぶりにアラブ連盟に復帰」中東フラッシュレポート(2023年5月前半号)
調査レポート
2023年06月06日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司
2023年5月31日執筆
1.シリア:12年ぶりにアラブ連盟に復帰
5月7日、エジプトの首都カイロで開催されたアラブ連盟外相会合において、シリアのアラブ連盟への復帰が決まった。シリアを巡っては、2011年に発生した反政府デモをシリアのアサド政権が武力で厳しく弾圧したとして、同年以降アラブ連盟の参加資格を停止されてきたが、2023年2月に発生した大地震や3月に発表されたサウジアラビアとイランの外交関係正常化などがきっかけとなって、数年前から徐々に動き始めていたシリアをアラブ連盟に復帰させようという動きが、今年に入って加速した。
この決定を受けて、アサド大統領は5月19日にサウジアラビアで開催されるアラブ連盟首脳会議に招待され、アサド大統領の国際社会への復帰を印象付ける機会になった。また、同大統領は年末にUAEで開催される第28回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP28)にも招待されているため、シリアとの関係改善を図るアラブ諸国の動きを批判しアサド政権に制裁を科し続けている欧米諸国のリーダーたちとも顔を合わせることになるかもしれない。
2.エジプト:岸田首相のエジプト訪問
4月29~5月1日、岸田首相が2泊3日でエジプトを訪問した。日本の首相によるエジプト訪問は、2015年に当時の安倍首相が訪問して以来8年ぶり(岸田氏個人としては15年ぶり)。エジプトのシシ大統領、マドブーリ首相、アブルゲイト・アラブ連盟事務総長などとの会談を実施した。シシ大統領との会談では、日・エジプト関係を「戦略的パートナーシップ」に格上げすること、また、2023年9月に第3回日・アラブ政治対話を開催することや、日・エジプト・ヨルダンの3者協力のさらなる推進でも合意した。岸田首相は大エジプト博物館を視察し、日・エジプト・ビジネスフォーラムにも参加した。
3.トルコ/シリア:関係改善に向けたトルコ、シリア、ロシア、イラン4か国外相会合の実施
上記の通り、12年ぶりにアラブ連盟に復帰したシリアだが、同国の北隣に位置するトルコとの関係改善も同時並行で進んでいる。5月10日、トルコ、シリア、ロシア、イランの4か国の外相が参加する会合がロシアの首都モスクワで開催された。ロシアの仲介で進められているトルコとシリアの関係改善交渉である。シリアのアサド政権の後ろ盾になって支えているのがロシアとイランであるため、イランもこの場に参加している。トルコとしては、国内に存在する360万人以上と言われるシリアからの難民を安全にシリアに帰国させたいと考えており(トルコ国民とのあつれきが社会問題になりつつある)、シリアとしては、同国北西部に駐留するトルコ軍の完全撤退や、トルコによるシリア反体制派支援の停止を求めている。今後の交渉の展開が注目される。
4.チュニジア:シナゴーグを狙ったテロ事件の発生
5月9日、北アフリカの小国チュニジアのリゾート地であるジェルバ島にあるシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)の近くで警備員の男が銃を乱射し、犯人を含む計6人が死亡する事件が発生した。チュニジアはスンニ派イスラム教徒を中心とするイスラム教国だが、ジェルバ島にはチュニジア最大のユダヤ人コミュニティ(約1,000人)が存在する。また、アフリカ最古と言われる同シナゴーグは、様々な伝説から欧米やイスラエルのユダヤ人たちの巡礼地となっており、事件の前日には駐チュニジア米国大使も同地を訪問していた。同地では、2002年には国際テロ組織アル・カイダによる爆破テロが発生しており、その際には21人の観光客が殺害された。
5.スーダン:軍とRSFの双方が人道支援のための一時的な停戦に合意
5月6日、サウジアラビアと米国の仲介で、対立するスーダン軍と同国の準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」の代表団がサウジアラビアのジェッダで停戦交渉を開始し、5月10日に人道支援のための一時的な停戦に双方が合意したと発表した。サウジアラビアは、イエメン戦争への軍事介入を通してスーダン軍とRSFの双方にパイプがあるため、仲介を主導した。サウジアラビアはまた、スーダンからの外国人退避にも積極的に関与し、サウジ人404人を含む約8,500人の外国人を、海路や空路で紅海沿いのポートスーダンから対岸のジェッダへ退避させた。地域の安定をサウジアラビアの経済発展のための条件でありプライオリティと考えるサウジ政府は、ここ数年対立してきたカタールやトルコとの関係を改善し、2023年に入ってからもイランやシリアとの国交を回復した。また、イエメンのフーシ派とも交渉を重ねている。
6.イラク情勢
- 内政・外交
- イラク検察は、2020年1月にバグダッド空港で、米軍のドローン攻撃によりイランの革命防衛隊クッズ部隊司令官ソレイマーニー氏やイラクの人民動員部隊副司令官のムハンディス氏らが殺害された事件において、当時イラクの情報機関のトップだったカーゼミー前首相の捜査を開始することを決定した。
- 5月7日、イスラム国(IS)の分析が専門で、メディアなどでシーア派民兵集団を厳しく批判していた著名な政治アナリスト兼政府顧問であるHisham al-Hashimi氏が、2020年7月にバグダッドの自宅前で武装集団に銃撃を受けて殺害された事件に関し、バグダッドの裁判所は主犯格の当時警察官だった男に死刑を求刑した。
- 5月10日、フランス・パリのイダルゴ市長がバグダッドを訪問。イラクのラシード大統領、スーダーニ首相などとの会談を実施し、バグダッド市との間で水管理、衛生、廃棄物管理、エネルギー、都市計画などで協力する覚書を締結した。
- 5月14日、クルド自治政府(KRG)の閣議に、クルディスタン愛国同盟(PUK)に所属する6人の閣僚メンバーが復帰した。2022年10月にPUKに所属する情報高官がエルビルで何者かに殺害されて以降、PUKは閣議をボイコットしてきた。エルビルは、ライバルでKRGを主導するクルディスタン民主党(KDP)の支配地域である。
- 石油・経済
- 4月度原油輸出速報:輸出額 77.96億ドル。輸出量 日量328.8万バレル。平均単価 79.04ドル/バレル。4月のイラクの原油生産量は日量410万バレル(bpd)で、前月より25万bpd減。
- 5月4日、ヨルダンのエネルギー鉱物資源大臣がイラクを訪問し、アブドゥルガニ石油相との会談を実施。イラクからヨルダンへ、陸路で1万bpdの原油輸出を再開することで合意した。
- 5月10日、イランのオウジ石油相がバグダッドを訪問し、スーダーニ首相やアブドゥルガニ石油相、ファーデル電力相などとの会談を実施。エネルギー分野での二国間協力を拡大する覚書を締結した。
- イラクの国会では、2023~25年の3か年予算が現在協議されている。2023年単年の支出額は1,520億ドルと過去最大規模で、油価は70ドル/バレル、原油輸出量は350万bpdと想定されている。また、クルド自治区(KRI)からの原油輸出量は40万bpdと想定され、KRIへの予算配分は毎月13億ドルの見込み。
- KRIからトルコへのパイプライン経由での原油輸出は2023年3月下旬以降止められており、5月10日にはイラクの国営石油販売会社(SOMO)がトルコ政府にパイプラインの再開を要請した。トルコは、国際商業会議所(ICC)の仲裁裁定により違約金15億ドルをイラクに支払うよう命じられて以降同パイプラインを止めているが、原油輸出が止まったためKRIでの油田操業も縮小・停止せざるを得ない事態となっている。
7.リビア情勢
- 5月2日、選挙法の起草を協議する「6+6合同委員会(国家高等評議会(HCS)及び代表議会(HoR)からそれぞれ6人の代表者が参加)」が首都トリポリで会議を行った。5月7日にも会議を実施。委員会メンバーの1人は、現在議会選挙について協議中で大統領選挙についての協議はまだ始まっていない、とコメントしている。委員会メンバーは、5月8日には高等選挙委員会のサーイエ議長と、5月13日にはバティリー国連特使と面談を実施した。
- 5月15日、トリポリに駐リビア・オランダ大使館が再開した。開所式にはオランダの外務副大臣が参加。
- 5月16日、2022年2月にHoRに任命された国家安定政府(GNS)のバシャガ首相が、HoRの採決によって職務停止とされ、代わりに同政権のハマード計画・財務相がGNSの首相に就いた。バシャガ首相は就任以来、首都トリポリを国民統一政府(GNU)から奪取しようと何度も試みたが、その度に失敗しており、HoRに見限られたものとみられる。GNUとGNSはお互いに自らの正当性を主張しており、1国2政府状態が続いている。
- 4月のリビアの原油生産量は日量113万バレル(bpd)で、前月より3万bpd減。リビア国営石油会社(NOC)のベン・グダラ会長は、年末までに日量130万bpdまでの増産を目指すと発言。なお、リビア中央銀行は、2023年1~4月の4か月間の石油販売収入が191億ディナール(約40億ドル)であったと発表した。
以上
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