「2023年、世界の軍事費が過去最高額に」中東フラッシュレポート(2024年4月後半号)

2024年06月12日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

2024年6月5日執筆

 

1.2023年、世界の軍事費が過去最高額に

 4月22日、スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は、2023年の世界の軍事費が前年比+6.8%の2兆4,430億ドル(約378兆円)に上り、過去最高だったことを発表した。世界の軍事費総額の4割近くを占める米国の2023年の軍事費は、前年比+2.3%の9,160億ドル。2位の中国は、同比+6.0%の2,960億ドル。3位のロシアは、+24%の1,090億ドル。4位はインド、5位はサウジアラビア(758億ドルでGDP比7.1%)で、上位5か国で世界の軍事費の61%を占める(日本は10位)。中東地域全体の2023年の軍事費は、前年比+9.0%の2,000億ドルで、中東諸国は平均してGDPの4.2%を軍事費に費やした。2023年10月からパレスチナ自治区ガザへの軍事攻撃を続けるイスラエルの2023年の軍事費は、前年比で+24%増加した。

 

2.イラン/イスラエル:イランとイスラエルの直接攻撃の応酬

 4月19日、イラン中部イスファハン州でミサイルとドローンによる攻撃があり、防空システムがドローン3機を破壊した、とイランの国営メディアが報じた。なお、防空システムのレーダーが破壊されたとの報道も出ている。イスラエルは公には認めていないが、事前に米国政府に対しては通達があったとされており、4月13日のイランによるイスラエル本土への攻撃に対する報復攻撃だったとみられている。イスファハン州には核施設もあるが、核施設への攻撃はなく、イランのアブドラヒヤン外相は「物的、人的被害はなかった」と発表した。

 

 4月1日の在シリア・イラン大使館領事部に対するイスラエルの空爆に端を発する今回のイランとイスラエルによる直接攻撃の応酬は、イランが今回のイスラエルによるものとみられる攻撃に対する報復を行わないとしたことで、一旦落ち着くとみられるが、今後再度エスカレートする可能性は残されている。

 

3.イスラエル:軍諜報トップが辞任

 4月22日、イスラエル軍参謀本部諜報局のハリバ局長が、2023年10月7日のハマスによるイスラエル奇襲を防ぐことができなかった責任を取って辞任することを発表した。同事件の責任を取って、イスラエル軍高官が辞任するのは初めて。2023年10月7日の奇襲では、1日で約1,200人が殺害され、約250人が人質としてガザに連れ去られており、イスラエル情報機関の重大な失敗と広く受け止められている。当然ながら国のトップである首相の責任を問う声も大きいが、ネタニヤフ首相は各方面からの辞任要求を拒否し続けている。

 

4.日本/オマーン:JERAがオマーンと10年間のLNG売買契約締結

 4月16日、日本最大の発電事業者であるJERAは、オマーン国営のオマーンLNG社と、2025年から10年間にわたって年間最大12カーゴ(約80万トン)のLNG(液化天然ガス)を購入するLNG売買契約を交わした。同契約は、2022年12月に当時の西村経産相がオマーンを訪問した際に交わされた基本合意書に基づくもの。日本のオマーンからのLNG輸入は2000年に開始しており、日本のLNG総輸入額の3%程度を占めている。2022年のオマーンのLNG生産量は年間約1,000万トンで、うち457万トンが韓国向け、269万トンが日本向けの輸出となっており、オマーンにとっても日本は重要な市場となっている。

 

5.中国/カタール:史上最高額のLNGタンカー造船契約を締結

 カタールエナジーは、中国船舶工業集団(CSSC)との間で、最新QCマックス型のLNGタンカー18隻の造船契約を締結した。契約総額は60億ドルに上り、1件の造船契約としては史上最高額となる。タンカー1隻の容量は27.1万立方メートルで、CSSCの完全子会社である滬東(ことう)中華造船所で建造される予定。18隻のうち8隻は2028~29年に納入され、残りの10隻は2030~31年に納入される予定。

 

 2023年、カタールは中国に対して1,700万トンのLNGを輸出。原油や石油化学製品なども多く輸出しており、中国とカタールのエネルギー関係の強化は顕著である。カタールは長期的に世界最大のLNG輸出国としての地位強化を目指しており、今回の契約もその目標に沿ったものである。

 

6.UAE:バラカ原子力発電所の拡張計画

 4月26日付ロイター通信によると、UAE初の原子力発電所であるバラカ原発(1,400MWの原子炉4基、うち3基が稼働中)の拡張が計画されているとのこと。拡張計画では、同原発に新たに4基の原子炉を建設し、2032年までに稼働させ発電量を倍増させる。バラカ原発は2021年に1基目の原子炉が稼働を開始し、UAEはアラブ諸国で初めて原発を稼働させた国になった。UAEは産油・ガス国であるが、世界の脱炭素化の潮流に沿って原子力や再生可能エネルギーの開発にも力を入れている。

 

7.イラク情勢

  • 4月19日、人民動員部隊(PMF)が使用するバビル県の軍事基地で大きな爆発があり、1人が死亡、少なくとも8人が負傷した。PMFは米軍による空爆と主張するも、米軍は関与を否定。同日、イスラエルからイランへの報復攻撃もあり、この攻撃に関してもイスラエルの関与が疑われている。
  • 4月21日、イラクからシリア国内の米軍基地に向けて少なくとも5発のロケット弾が発射された。また、翌22日には、米軍が駐留するイラク国内のアイン・アル・アサド空軍基地付近で、無人機2機が防空システムによって撃墜された。犯行声明は出ていないが、イラク・イスラム抵抗運動(IRI)による攻撃とみられている。
  • 4月22日、トルコのエルドアン大統領は、2011年以来13年ぶりにイラクを訪問し、スーダーニ首相らとの会談を実施した。外相、内相、国防相など8人の大臣が同行。両国政府は、貿易・投資、観光、農業、教育、医療など多岐にわたる合計26の合意や覚書に署名した。また、カタールとUAEの閣僚も参加して、総工費170億ドルのイラク開発道路プロジェクト(IDR、3月後半号参照)への協力に関する4者合意にも署名した。エルドアン大統領はバグダッドを訪問後、イラク北部クルド自治区のエルビルも訪問し、クルド自治政府の大統領や首相とも会談した。
  • 4月26日、TikTokで約50万人のフォロワーを持つインフルエンサーの女性が、バグダッド東部の自宅前に停めていた車中でバイクに乗った男に射殺された。彼女は音楽に合わせて踊る動画などを投稿し多くのファンを獲得していたが、2023年2月には「公衆道徳を害する」として逮捕され、6か月間の禁固刑に処されていた。イラクでは、ほかにも女性のインフルエンサーが殺害される事件が発生している。
  • 4月27日、イラク議会は、宗教的価値観を守るためとして、同性愛の関係を持った者を10~15年の禁固刑とする法案「売春・同性愛禁止法」を可決した。売春や同性愛を助長したものは7年以上の禁固刑、トランスジェンダーの人物や性別適合手術を行った医者は最長3年の禁固刑に処される。欧米諸国や人権団体などは、イラク国内のLGBTQコミュニティに対する攻撃であるとして非難の声を上げている。

 

8.リビア情勢

  • 4月21日、リビア中央銀行は、2024年8月末までに市場から50ディナール札をすべて回収することを発表した。50ディナール札は最高額紙幣のため、特に2023年以降偽札が出回っており、これを取り締まることが目的。
  • 4月22日、リビア、アルジェリア、チュニジアの3カ国のトップがチュニジアの首都チュニスで3者会談を実施。2024年3月にアルジェで開催されたガス輸出国会議の際に、定期的に3者会談を実施することを決定。今後3か月ごとに実施される予定(次はトリポリで開催)。モロッコと国交を断絶したアルジェリアが、モロッコを除外した北アフリカ諸国との関係強化を狙ったものと考えられる。チュニジアやリビアにとっても3か国の協調は望ましい。
  • 4月24日、国民統一政府(GNU)のドゥベイバ首相は、財務相、運輸相、労働相、青年相らを同行してエチオピアのアディスアベバを訪問した。4月25日にはアビィ・アハメド首相との会談を実施。
  • 4月24日、リビアのフウェイジ経済貿易大臣は、中国企業のリビアへの投資誘致を進めるため、中国からの投資プロジェクトに関する手続きを簡素化するよう関連部署に指示した。

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

以上

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