インド総選挙~モディ政権3期目の展望

2024年06月24日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
石井 順也

2024年6月21日執筆

 

概要

  • 2024年6月4日、インド総選挙の開票が行われた。与党連合は過半数の議席を確保したが、最大与党・インド人民党(BJP)は大幅に議席を減らし、モディ首相を首相候補に立てた2014年以降の選挙で初めて単独過半数を下回った。BJPの議席減少の主な要因は、雇用不足とインフレに対する有権者の不満にあったと考えられる。
  • 6月9日、第3次モディ政権が発足した。内務、財務、外務、国防の主要ポストをはじめとして、ほとんどの閣僚は留任した。主要連立パートナー政党であるテルグ・デサム党とジャナタ・ダル統一派との調整は重要な課題となるが、モディ政権の改革のペースを多少遅らせることはあっても、その大きな方向性を変える可能性は低いと考えられる。
  • モディ政権は引き続き製造業の振興をはじめとする経済改革を進めることが見込まれる。産業政策の見直しやデジタル政策等は迅速に実施されるが、土地収用等の分野の大型改革は長期的課題となり、主に州レベルで追求されると予想される。ヒンドゥー・ナショナリズム政策については、民族義勇団(RSS)の発言力が増すとの見方もあるが、政権が重点的に追求する可能性は必ずしも高くないと考えられる。外交面では、米国、クアッドとの協力、中国への対抗等の方針が継続するが、保護主義的政策の推進も予想される。
  • 2023年度(2023年4月~2024年3月)の実質GDP成長率は前年度比+8.2%だった。民間消費と投資が全体をけん引した。2024年度も内需を中心に引き続き堅調な成長が予想される。実質GDP成長率の見通しは中銀+7.0%、IMF+6.8%である。

 

1. 総選挙

(1)総選挙の結果

 2024年6月4日、インド総選挙(連邦議会下院・定数545、選挙で選出される議席は543、4月19日から6月1日まで選挙区によって7回にわけて実施)の開票が行われた。与党連合・国民民主同盟(NDA)は293議席を獲得し、過半数の議席(272議席以上)を確保したが、最大与党・インド人民党(BJP)は前回2019年の選挙から大幅に議席を減らし、モディ首相を首相候補に立てた2014年以降の選挙で初めて単独過半数を下回った。一方、野党連合・インド国家開発包括同盟(INDIA)と最大野党・インド国民会議派(INC)は大幅に議席を増やした(表1参照)。

 

 

表1 2024年インド総選挙の結果(連邦議会下院543議席(定数545議席))(出所)インド選挙管理委員会より住友商事グローバルリサーチ作成。 

 選挙期間中の出口調査によれば、BJPが議席を増やす可能性が極めて高いと予想されていたため[*1]、議席を大幅に減らしたのは驚きだった。特にBJPにとって伝統的な地盤である最大州ウッタル・プラデシュ州で29議席、人口第2位の州であるマハラシュトラ州で14#a1議席を失ったのが痛手となった[*2]。一方、南部・東部の一部では健闘し、ケララ州では初めて1議席を獲得し、タミル・ナドゥ州では議席を獲れなかったが得票率は上昇し、オディシャ州では初めて勝利した。また全体の得票率(36.6%)は前回から0.8ポイント低下したにすぎなかった(ただしウッタル・プラデシュ州では8.6ポイント低下した)。

 

(2)総選挙の評価

 BJPの議席減少の主な要因は、雇用不足とインフレに対する有権者の不満にあったと考えられる。発展途上社会研究センター(CSDS)の投票後の調査によれば、BJPが政権を担うべきではないとの回答者が挙げた理由のうち最も多かったのは物価上昇(30.4%)と失業の増加(27.2%)だった[*3]。インド経済は経済成長率の高さ、株価の好調、CPI上昇率の落ち着き(+4~5%)からすれば好調に見えたが[*4]、国際労働機関(ILO)の報告書[*5]によれば、2023年の若者の失業率は10%、そのうち大卒については29.1%に上り、また食料品価格の上昇率は5月まで+8%台後半の高水準が続いていた。雇用とインフレへの不満は、特に貧困層の多いウッタル・プラデシュ州の低所得層の離反を招いたとみられる。

 ウッタル・プラデシュ州では、1月にアヨーディヤでのラーマ寺院の建立というBJPの重要公約の実現があったが、有権者へのアピール効果は限定的だったとみられる。またウッタル・プラデシュ州とマハラシュトラ州では伝統的なカースト政治の手法(下位カーストの取り込み)が選挙戦の大きなポイントになり、この点でBJPは地域政党のサマジワディ党(SP)とシブ・セーナー(ウダヴ・タッカレー派)に後れをとったとみられる[*6]。またBJPは伝統的に影響力が弱い南部等での勢力拡大を目指し、党外の勢力を積極的に取り込んだが、このことは党内の一部で不一致を招き、またウッタル・プラデシュ州ではヨギ・アディティヤナート州首相とアミット・シャー内相(ともにモディ首相の有力な後継者候補)の対立もあって、伝統的な支持層の動員が不十分だったとの指摘もある[*7]

 とはいえ、5月時点のモーニング・コンサルトの調査によればモディ首相の支持率は74%に上り、上記CSDSの投票後の調査でもモディ政権のパフォーマンスに69%が「満足」と回答している。ウッタル・プラデシュ州とマハラシュトラ州という大票田においては、地域的な事情もあって予想外の議席減少につながったが、モディ政権に対する支持は今なお一般的に高く、このため全体としての得票率はさほど下がらなかったため、BJPはなお2位のINCに大差をつけ、与党連合も過半数は確保できたと考えられる。

 

2. モディ政権3期目の展望

(1)政権の発足

 6月9日、モディ首相の就任式が行われ、政権は3期目に入った。同日、閣僚会議(内閣に相当)を構成する閣僚31人(表2参照)、閣外専管大臣5人、閣外大臣36人の計72人が任命された。

 

表2 第3次モディ政権の閣僚(出所)インド政府公式ポータルより住友商事グローバルリサーチ作成。

 

 内務、財務、外務、国防の主要ポストをはじめとして、ほとんどの閣僚は留任し、あるいは他のポストから横滑り就任した。31人の閣僚のうち26人がBJPで占められ、連立パートナー政党には5党それぞれに1つずつポストが充てられた。モディ政権2期目の発足時(計58人)と比べると閣僚と閣外大臣の数は大幅に増えている。

 

(2)政権の展望

 モディ首相は、グジャラート州首相時代(2001~2014年)から前政権に至るまで、BJPが単独過半数を下回る状態で統治した経験がない。これまでのテクノクラートを中心としたワンマン的な統治ではなく、政治的な調整を通じて政策を進めることが求められる。特に主要連立パートナー政党であるテルグ・デサム党(TDP)とジャナタ・ダル統一派(JD(U))との調整が重要な課題となる。

 もっとも、TDPとJD(U)との調整はモディ政権の改革のペースを多少遅らせることはあっても、その大きな方向性を変える可能性は低いと考えられる。TDPのチャンドラバブ・ナイドゥ党首(今回の総選挙ではアンドラ・プラデシュ州の州議会選で勝利し、同州首相に就任)は改革志向で知られ、新州都建設や州内の製造業・IT産業の振興に熱心であり、モディ政権の改革を支持しつつ、中央政府からの財政支援を期待しているとみられる。JD(U)のニティシュ・クマール党首(ビハール州首相)は中道左派であり、土地収用や民営化といった改革には消極的な姿勢を示す可能性があるが、2025年のビハール州議会選挙に向けてBJPの支持と中央政府からの財政支援を確保したいと考えているはずである。ナイドゥ、クマール両氏は長年にわたり地方政界で君臨してきた熟練の政治家であり、その時々の政治状況に応じて、BJPとは協力と対立を繰り返す関係にあった。しかし現時点においてはモディ政権とは利害が一致しており、離脱を交渉材料にして政権を不安定化させる可能性は低いと考えられる。

 またTDPとJD(U)はモディ政権の経済政策に基本的に反対の立場ではない。両党ともその関心は州レベルの課題に向けられている。モディ政権は主として前述の両州の課題について支援を行うことで両党の期待に応えようとするだろう。このことは連邦政府のポストにおける両党への配慮が最小限にとどめられたことにも示唆されている。

 モディ政権は近いうちに100日間にわたる大規模な改革プログラム(100日計画)を発表し、7月には2024年度の予算案を発表する予定である。BJPは選挙直前の4月14日に選挙公約「モディの保証」を発表しており、雇用創出、インフラ整備、製造業の強化、福祉プログラムの拡充等が主要アジェンダとして挙げられた[*8]。モディ政権の100日計画と2024年度予算はこの公約に沿って策定されるとみられる。具体的には、まず産業政策の見直し、新労働法制の施行、デジタル政策(データ・プライバシー、AI規制)等立法を必要としない措置が迅速に実行されると予想される。長期的には、土地収用、金融、エネルギー、国営企業・機関の民営化といった分野での大型改革が追求されるが、これらについては主に州レベルでの実現が期待され、与党連合が政権を担う州を中心に段階的に実行されることが予想される。

 ヒンドゥー・ナショナリズム政策については、BJPの議席減少により、モディ首相の求心力が低下し、民族義勇団(RSS)の発言力が増すとの見方がある。もっとも、ヒンドゥー・ナショナリズムに関するBJPの主要な選挙公約はほとんど達成されている(ジャンムー・カシミール州の直轄化(2019年)、市民権改正法の成立(2019年)と施行(2024年)、アヨーディヤでのラーマ寺院建立(2024年))。残る大型公約である統一民法典の導入は全国レベルで実現することは現実的ではなく、州レベルでの段階的な導入が見込まれている[*9]。前述のBJPの選挙公約でもヒンドゥー・ナショナリズムに関する政策への言及はほとんどなかった。さらに上記1.で述べたとおり、今回の選挙は、有権者の支持を得るためにはヒンドゥー・ナショナリズムよりも経済政策が重要であることを示されたといえる。TDP、JD(U)をはじめとする連立パートナー政党との関係を維持する上でも経済政策への重視に傾くと予想される。したがって、政権がヒンドゥー・ナショナリズムを推進する政策を重点的に追求する可能性は必ずしも高くないと考えられる。

 もっとも、RSSには、民族主義的思想から、外資導入や市場経済型の改革に反発する傾向がある。モディ首相はかねてから経済政策についてはRSSに相談することがなく、このために関係が悪化したとも言われている[*10]。モディ首相に対する国民の支持は今なお極めて高く、BJPの唯一無二のリーダーであるとの評価に変わりはなく、党内での求心力が低下することは考えにくい。しかしRSSとの関係にはある程度の配慮が必要であり、外資規制の緩和や国営企業の民営化等においては多少とも制約を受ける可能性もある。

 外交はこれまでの方針が継続され、米国とクアッド(日米豪印)メンバーとの防衛・技術協力、中国への対抗、中東との協力(I2U2(インド、イスラエル、米国、UAE)、IMEC(インド・中東・欧州経済回廊))等が推進される。通商については、中国への対抗を意識したサプライチェーンの強化と国内生産の促進が重視され、その方針を前提に、英国、豪州、湾岸諸国等との自由貿易協定(FTA)交渉を進めつつも、結果として保護主義的傾向を強めている。今後もこうした政策の推進が予想される。

 

3. 経済:内需を中心に堅調な成長が続く

 2023年度(2023年4月~2024年3月)の実質GDP成長率は前年度比+8.2%だった。前年度(同+7.0%)から加速し、インド準備銀(RBI)の予想(同+7.6%)を上回った。GDPの6割を占める民間消費(同+4.0%)と3割を占める投資(同+9.0%)が全体をけん引した。一方、輸出(同+2.6%)は輸入(同+10.9%)を大幅に下回り、純輸出のマイナス幅が拡大して成長率を押し下げた。同年度の実質GVA成長率は前年度比+7.2%で、すべての産業部門がプラス成長となった。

 四半期ベースでみると、2023年度第4四半期(2024年1~3月期)の実質GDP成長率は前年同期比+7.8%だった。前期(同+8.6%)から減速したが、7%台後半の高い水準を維持した。民間消費(同+4.0%)と投資(同+6.5%)の堅調に加え、輸出(同+8.1%)も大幅に拡大した(下図参照)。

 

図 インドの実質GDP成長率(出所)インド中央統計局より住友商事グローバルリサーチ作成

 

 経常収支は、2020年度は輸入の減少により黒字となったが、国内経済の回復により輸入が伸び、2021年度に赤字に戻り、2022年度はエネルギー価格の上昇もあり、赤字がさらに拡大した(GDP比2.1%)。2023年度はエネルギー価格の低下から貿易赤字が縮小し、経常赤字も縮小すると予想される。

 連邦政府は2025年度までに財政赤字をGDP比4.5%に引き下げるとして財政健全化を進め、2022年度は6.4%、2023年度予算は5.9%、2024年度暫定予算は5.1%と低下が続いている。連邦政府の2022年3月末時点の債務残高は同86.5%(連邦政府は同56%)に上っている。

 CPI上昇率は2022年2月からRBIの目標レンジ(4%±2%)の上限を上回ったが、9月以降鈍化し、2023年5月には前年同月比+4.3%と目標レンジの中央付近まで低下した。7~8月は野菜価格の上昇により目標レンジを上回ったが、その後低下し、目標レンジ内で推移している。ただし食品価格は同+8%台で高止まりしている。RBIの2024年度の見通しは前年度比+4.5%である。

 ルピーの対ドルレートは下落基調が続いている。2023年に入ってから1ドル=82~83ルピー前後で横ばいとなったが、2024年4月から下落傾向を強め、1ドル=83.5ルピーを超えて最安値を更新した。

 RBIは2022年5月以降、政策金利を計2.5%引き下げ6.5%とした。それ以降は据え置きを続けている。2024年6月の金融政策決定会合では6人中2人の委員が利下げを主張しており、食品インフレが低下する兆しが見えれば利下げサイクルに入ることが予想される。

 外貨準備高は2021年から2022年半ばにかけて為替介入のため減少傾向にあったが、その後増加に転じ、2023年6月7日時点で6,558億ドルと過去最高を記録した。

 2023年度のFDI流入額は444億2,300万ドル(前年度比▲3.5%)だった。3年連続で前年を下回った。

 2024年度の展望については、消費は緩慢な成長が続くが、インフレは低下を続けており、農業生産の改善により食品インフレも落ち着く可能性があり、そうなれば加速が予想される。投資は高金利が重石となっているが、モディ政権3期目が確定したことで投資意欲は改善し、政府のインフラ投資の拡大も見込まれ、年後半には利下げサイクルに入る可能性もあることから、堅調な拡大が予想される。輸出は改善しているが、世界経済の停滞により大幅な拡大は見込めないだろう。以上より、内需を中心に引き続き堅調な成長が予想される。実質GDP成長率の見通しはRBI+7.0%、IMF+6.8%である。

以上


[*1] 主要な出口調査はNDAが350~400議席程度を獲得すると予想していた。 “Poll of Exit Polls 2024 Live: No '400 paar', BJP-led NDA likely to win 350-380 seats,” India Today, June 1, 2024, https://www.indiatoday.in/elections/lok-sabha/story/poll-of-exit-polls-results-2024-live-updates-lok-sabha-election-bjp-congress-india-bloc-pm-modi-rahul-gandhi-2546638-2024-06-01.等参照。

[*2] ウッタル・プラデシュ州では地域政党サマジワディ党(SP)が37議席、マハラシュトラ州ではインド国民会議派(INC)が12議席、地域政党シブ・セーナー(ウダヴ・タッカレー派)が9議席を獲得した(BJPはウッタル・プラデシュ州で33議席、マハラシュトラ州で9議席だった)。

[*3] Lokniti-CSDS, Social and Political Barometer Post Poll Study 2024-Survey Findings https://www.lokniti.org/media/PDF-upload/1718435207_67606300_download_report.pdf.

[*4] 筆者は2024年5月19~29日にインドで現地調査を行ったが、多くの日系企業の業績が改善していることを聴取した。JETROの「2023年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」によれば、インドの日系企業の黒字割合は70.9%、今後1~2年で事業拡大を検討する企業の割合は75.6%に上る。一方、業績が改善しているのは長期にわたりインドで事業を行っている大企業が多数を占めた。

[*5] International Labour Organisation, India Employment Report 2024, https://www.ilo.org/sites/default/files/wcmsp5/groups/public/@asia/@ro-bangkok/@sro-new_delhi/documents/publication/wcms_921154.pdf.

[*6] 野党はBJPが圧倒的多数を獲れば憲法改正を行って下位カーストに対する優遇措置を廃止すると主張し(BJPは否定)、有権者に影響を与えたとみられている。

[*7] BJP’s 'disastrous' performance in Uttar Pradesh: Yogi in Delhi amid concerns in party about 'internal sabotage,' The Telegraph, June 21, 2024, https://www.telegraphindia.com/india/elections/lok-sabha-election-2024/bjps-disastrous-performance-in-uttar-pradesh-yogi-adityanath-in-delhi-amid-concerns-in-party-about-internal-sabotage/cid/2025165.等参照。

[*8] Bharatiya Janata Party, “Modi ki Guarantee 2024,” https://www.bjp.org/bjp-manifesto-2024.

[*9] 2024年2月、ウッタラカンド州議会が統一民法典の導入を可決し、国内初の導入例となった。グジャラート州とアッサム州が続くと言われている。

[*10] BJPのナッダ総裁は保健・家族福祉相兼化学・肥料相として入閣したが、同氏はBJPは政治運営においてRSSを必要としていないと発言しており、今回の入閣は総裁からの降格を目的とした人事とも言われている。

 


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