「イランのライーシ大統領が乗っていたヘリの墜落事故で死亡」中東フラッシュレポート(2024年5月後半号)
調査レポート
2024年07月04日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司
2024年6月28日執筆
1.米/イスラエル:バイデン大統領が発表したガザ停戦案
5月31日、バイデン米大統領はパレスチナ自治区ガザでの紛争に関する停戦提案を発表した。提案は3段階になっている。第1段階の6週間の停戦期間中に、イスラエル軍がガザの人口密集地から軍を撤退させ、イスラム主義組織ハマスは、ガザに囚えている約120人の人質のうち老人や女性などを解放、そしてイスラエルは、パレスチナ人の囚人数百人を釈放する。またイスラエルは、援助物資のガザへの搬入を許可し、双方が恒久的停戦に向けた協議を行う。第2段階でイスラエル軍はガザから完全に撤退し、ハマスは残りの生存する人質を全員解放する。第3段階では、遺体となった人質の引き渡しと、今後数年間にわたって行われることになるガザの復興計画を始動する。
バイデン大統領はこの停戦案を「イスラエルの案」であると強調し、イスラエルも同意していると語ったが、イスラエルのネタニヤフ首相はバイデン氏が発表した案について「不完全だ」と指摘し、改めてハマス壊滅を目指す姿勢を強調した。
2.ICJ:イスラエルに対する暫定措置命令
5月24日、国際司法裁判所(ICJ)は、イスラエルに対して、ガザ最南部のラファハに対する攻撃の即時停止、イスラエルが占拠し封鎖を続けるラファハ検問所(エジプトとの国境検問所)の開放、国連の調査委員会によるガザへの支障のないアクセスの確保、そして1か月以内に実施状況の報告を求める暫定措置命令を出した。ICJは国連の裁判所であり、全ての国連加盟国はICJの命令に従う義務がある。南アフリカは、2023年12月に「ジェノサイド条約(集団殺害罪の防止および処罰に関する条約)に違反している」としてイスラエルをICJに提訴しており、2024年1月と3月にもICJがイスラエルに対して虐殺を防止するためのあらゆる措置を講じるよう暫定措置命令を出したが、イスラエルは反発しており、これらの命令に応じていない。
3.ICC:ネタニヤフ首相らの逮捕状を請求
5月20日、国際刑事裁判所(ICC)のカーン主任検察官は、イスラエルのネタニヤフ首相とガラント国防相、そしてイスラム主義組織ハマスのハニーヤ政治局長、同組織ガザ地区トップのシンワール氏および軍事部門トップのデイフ氏に対し、逮捕状を請求すると発表した。逮捕状を出すかどうかの判断は、今後ICCの3人の判事による審議会によって行われるが、もし逮捕状が出ることになれば、ICCに加盟する日本や欧州諸国を含む世界124か国(米・中・露やイスラエルは非加盟)は、逮捕状を出された指名手配者が領土内に入った場合に、直ちに逮捕してICCに引き渡す義務を負うことになる。
4.EU/パレスチナ:EU3か国がパレスチナを国家承認
5月28日、スペイン、ノルウェー、アイルランドの3か国がパレスチナを正式に国家承認した。これに伴い、ノルウェーとアイルランドはパレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区にある代表事務所を大使館に格上げする方針。パレスチナ自治政府はこの発表を歓迎したが、イスラエルはこれに反発し、同3か国に駐在するイスラエル大使を本国に召還した。既に世界140か国以上がパレスチナを国家承認しており、今回の承認が全く新しい事態という訳ではないが、日本を含むG7の国々や多くのEU諸国は依然としてパレスチナを国家として認めておらず、イスラエルはこの国家承認の動きが欧州諸国に拡がる可能性を懸念している。
5.イラン:ヘリが墜落してライーシ大統領らが死亡
5月19日、イランのライーシ大統領とアブドラヒヤン外相を乗せたヘリコプターが、イラン北西部の山岳地帯で墜落し、大統領、外相含め、同じヘリに乗っていた9人全員が死亡した。大統領一行はアゼルバイジャンとの国境沿いに建設された水力発電ダムの完成式に出席した後、現地からの帰途で事故に遭った。事故当時、ヘリは悪天候で濃霧の中を飛んでいたもよう。一緒に飛んでいた別の閣僚や関係者などを乗せた残りのヘリ2機は、無事に目的地に到着した。
翌20日の早朝になってから事故現場が特定され、イラン政府はライーシ大統領ほかの死を公式に発表。また、5日間の服喪に加え、モフベル第一副大統領が大統領代行になること、バーゲリ・キャニ外務次官が外相代行となることも発表された。急逝したライーシ大統領に代わる新たな大統領を選出するイラン大統領選挙は、6月28日に実施される予定。
6.中国/アラブ:第10回「中国・アラブ諸国協力フォーラム」が北京で開催
5月30日、北京で第10回「中国・アラブ諸国協力フォーラム」が開催された。同フォーラムは2004年から2年ごとに開催されており、20周年の今回はアラブ諸国の4か国(エジプト、チュニジア、バーレーン、UAE)から国家元首が参加し、22か国のアラブ連盟加盟国すべてから外相や政府高官が出席した。開会の基調演説は習近平国家主席が行い、ガザ紛争の解決と、イスラエル・パレスチナの二国家解決を目的とした中東和平会議の開催を呼びかけ、アラブ諸国に寄り添う姿勢を示した。中国は、2023年3月にサウジアラビアとイランの国交正常化の仲介役を果たすなど、近年中東における政治的・経済的プレゼンスを高めつつある。
7.イラク情勢
- 5月15日、イラク石油省傘下の南部精製公社と中国化学工程集団(CNCEC)が、バスラのファオ港に推定80億ドル規模の製油所・石油化学複合施設(発電所と訓練施設も含む)を建設する契約を締結した。イラクの石油産業における中国の存在感は着実に高まっている。
- 5月18日、イラクの国会は議長を選出する投票を行ったが、過半数を得る候補が出なかったため選出できず。2023年11月にハルブーシ国会議長(スンニ派)が解任されて以降、議長の選出に手間取っており、マンダラウィ副議長(シーア派)による議長代行の状態が半年にわたって続いている。
- 5月21日、イラクの最高司法評議会は、クルド自治区(KRI)議会の100議席のうちの5議席を民族・宗教少数派に割り当てることを決めた。これまでKRI議会は100議席に加えて11議席を少数派に割り当ててきたが、2024年2月にイラク最高裁がこれを違憲と判断。次回選挙からは全100議席のうち5議席が少数派に割り当てられることになる。
- 5月26~27日、首都バグダッドのケンタッキー・フライド・チキン2店舗が襲撃された。28日にはペプシの工場前で親パレスチナ・デモが発生。30日には米系企業キャタピラー(建設機械などの製造)の支店も攻撃を受けるなど、イラクにおいて、反米・反イスラエル感情から米系ビジネスに対する攻撃や抗議活動が頻発している。
- 5月28日、イラクの選挙管理委員会は、KRIの議会選挙を9月5日に実施する案をKRI大統領府に提案した。KRIの議会選挙は、当初2022年10月に実施が予定されていたが、その後諸事情で何度も延期されている。(※その後、バルザーニ・クルド自治政府大統領が、10月20日にKRI議会選挙を実施すると発表)
- 5月31日、国連安保理は、2003年のイラク戦争後に設立された国連イラク支援ミッション(UNAMI)の活動を2025年12月31日で終了する決議案を、全会一致で採択した。イラク政府側から正式に要請があったもの。
8.リビア情勢
- 5月28日、2024年3月に職務停止処分となったアウン石油・ガス相に対する捜査が終了し、同氏が職務に復帰した。
- 5月29日、国民統一政府(GNU)のドゥベイバ首相は、「中国・アラブ諸国協力フォーラム」に参加するため北京を訪問。李強首相や王毅外相などの中国政府高官らと会談し、中国からの投資誘致や在リビア中国大使館の再開などについて話し合った。30日には、同じく中国を訪問していたムハンマドUAE大統領やチュニジアのサイード大統領などとの会談を実施。また31日には、中国企業のリビアへの復帰を奨励すべく「第1回中国・リビア経済フォーラム」を開催し、中国企業84社が参加した。フォーラムの第2回会合は10月にリビアの首都トリポリで開催される。
- 5月31日、ドゥベイバ首相は北京からの帰途にトルコの首都アンカラを訪問し、エルドアン大統領と会談した。リビア情勢やイスラエルによるガザ攻撃、東地中海でのエネルギー協力などについて話し合った。
- 石油輸出国機構(OPEC)の5月レポートによると、リビアの5月の原油生産量は日量118万バレルだった。
以上
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