原油市況:2024年央レビュー
調査レポート
2024年07月31日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
鈴木 直美
2024年7月18日執筆、25日加筆修正
概要
- 2024年上期のブレント原油価格は1バレル74.79~92.18ドルのレンジで推移
- 地政学的リスクは残るが、供給途絶は起こらず。OPEC+には生産余力あり。需要サイドに根強い懸念
- OPEC+の減産長期化も、現状に鑑み、生産戦略を微調整か
- 米国大統領選の行方にも注目
答え合わせ
2023年末に2024年の展開を予測した際、ブレント原油の想定レンジを65~95ドル(vs. 2023年実績70.12~97.69ドル)とした。この背景として、①OPEC+減産により当面、価格は下支えされる、②経済減速で需要の伸びは鈍る、③市場は弱気に傾いており、供給ショックなどにより揺り戻しのリスクがある、④減産と低価格長期化なら、OPEC+のシェア回復のための増産も俎上に上ってくる、という点を挙げた。ロシア・ウクライナ戦争が継続し、2023年10月にはイスラエルとハマスの軍事衝突も発生したが、OPEC+が大きな供給余力を残しているため、1バレル100ドルを上回る展開はメインシナリオにならないとみていた。実際、7月中旬までのレンジは74.79(1/3)~92.18ドル(4/12)と予想の範囲内で推移しており、足元で下向き圧力がやや強まりだしている。下期は、想定レンジの下方に展開するか、踏みとどまって持ち直すかが焦点となりそうだ。
振り返り:2024年上期は前年下期と同価格帯で推移
2024年の相場は上昇スタートとなった。2023年11月末のOPEC+会合での発表通り、2024年1月からOPEC+加盟8か国が日量計220万バレルの自主的追加減産を開始。イスラエルと戦闘状態にあるハマスへの連帯を示すフーシ派が2023年末から紅海でイスラエル関連の船舶への攻撃を強め、紅海の航行リスクが高まったことは、喜望峰への迂回による輸送日数長期化・陸上在庫の減少・バンカー燃料需要増をもたらした。また、1月は米国の原油生産が悪天候で一時的に大きく落ち込んだ。4月に入り、在シリアのイラン大使館が攻撃を受け、イランがイスラエルに対する報復を宣言すると、中東紛争拡大の緊迫感が急速に高まり、ブレント原油はリスクプレミアムを織り込む形で一時、90ドルを超えた。しかし大規模な供給途絶は発生せず、高値によって需要悪化・精製マージン低下が顕在化したことで、再び売り込まれた。結果、OPEC+が6月会合で自主減産の3か月延長を決定して下支えし、今に至る。
OPEC+を主導するサウジアラビアの「現実回帰」?
2024年に原油相場の下振れリスクを意識していたのは、低価格と減産が続いた場合に産油国が石油収入拡大を求め、OPEC+生産管理の足並みが乱れる可能性を考慮したものだった。実際、2023年末にはアンゴラが生産枠削減に反発してOPECを脱退し、ロシア・イラク・カザフスタンなどはたびたび合意に違反して超過生産している。他方、2024年上期は中国の原油輸入量こそ高水準だったが、需要増加を伴っておらず、国内備蓄が増えたとみられている。下期に中国の輸入需要が低下するようだと、原油価格の下振れリスクとなり、OPEC+減産長期化の可能性も高まる。
しかし、6月会合で、以前から生産枠拡大を求めるUAEの増枠を含めた2025年末までの生産計画で合意できたことで、 OPEC+瓦解の当面のリスクは低下した。OPEC+を主導するサウジアラビアが、石油需要に対して強気発言を続けながらも、スタンスを「現実回帰」させている様子があるからだ。サウジアラビアはこれまで、減産により1バレル100ドルの油価を追求してきたとされるが、2024年上期に90ドルでさえ原油需要が明らかに低下したこと、高インフレ・生活費危機への有権者の不満、新興国のロシア・イランなどからの原油値引き購入、足元の中国・米国経済の減速といった現状からみて、世界は経済的・政治的に100ドルの油価を受け入れられる状況とは思われない。また、OPEC+を脱退する国が増え、高油価が米国シェールやブラジル・ガイアナなどの深海油田開発を促したため、OPEC+のシェアは下がり、生産管理が効きにくくなっている。サウジアラビアは無理を重ねて他国以上に生産量を削ってきたが油価は上がらず、石油収入が減り、2023年・2024年第1四半期はマイナス成長となり、財政赤字は拡大した。サウジアラビアの原油生産量は日量900万バレル前後と、米国と同400万バレル以上の差がついており、さらに減産を拡大するのは難しいだろう。今年に入り、サウジアラビアは国債やイスラム債を発行したり、サウジアラムコの国有株の一部を売却したりして資金を捻出する一方、MbS(ムハンマド・ビン・サルマーン)皇太子肝いりの未来都市プロジェクト「NEOM」の規模を縮小したとされる。2024年の財政均衡油価は1バレル100ドル超だとされるが、もはや原油の生産量と油価をコントロールすることだけで財政を均衡させようとはしていないように見える。
中東産油国の脱石油依存
中東産油国は、将来的に需要堅調が見込まれ、自国の温室効果ガス排出削減にも寄与するガスへの注力を強めている。サウジアラビアは2030年までにガス生産量を2021年比60%増やすことを目指し、Jafurah非在来型ガス田の開発を進め、将来のLNG輸出も視野に米国のLNGプロジェクトへの出資を通じて国際ガス市場に参入。UAEアブダビ国営石油会社(ADNOC)はRuwaisプロジェクトに着手し、米国やモザンビークなどのLNGにも投資している。特にサウジアラビアは石油消費量で米国・中国・インドに次ぎ世界4位であり、未来都市など巨大プロジェクト建設だけでなく、発電や海水淡水化などでも石油を大量に消費する。石油発電をガス火力に切り替えることで自国消費を減らせば、産油量は変わらずとも原油輸出を増やせる。このため、原油の生産動向だけでなく国内消費動向も、国際原油市場の変動要因として注目度が高まりつつある。
下期は米国選挙の行方にも注目
大統領選挙が11月に迫っている。米国共和党が7月8日に公表した2024年政策綱領案では、ホワイトハウスと上下院で共和党過半数を獲得した場合に迅速に達成する20の公約の3、4番目に「インフレを終わらせ、値ごろな価格にする/アメリカを断トツで世界一のエネルギー大国にする」を挙げている。共和党候補のトランプ前大統領は、ブルームバーグ・ビジネスウィークとのロングインタビューの中で、「インフレは国を壊す。高金利は(経済にとって)自殺行為で、エネルギーコストを下げられれば金利も下げられる」、「ロシアが戦争をできたのは、油価上昇で資金を得たから」と述べており、化石燃料増産によってエネルギー価格を下げるとの考えを示す。他方、現職バイデン大統領の再選出馬断念で民主党の有力候補に急浮上したハリス副大統領は、カリフォルニア州司法長官・上院議員時代から化石燃料に厳しい姿勢で、水圧破砕禁止や海洋石油開発の制限を提唱したこともある。今後、米国選挙の行方次第で市場のボラティリティも高まりそうだ。もちろん、実際の供給途絶を伴うような地政学的情勢の悪化があれば、価格に対する上振れリスクとなる。
(本稿は、社内向けレポートの一部を抜粋し、加筆修正したものです)
以上
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