「イラン:新大統領の就任とハマスのハニーヤ政治局長の暗殺」中東フラッシュレポート(2024年7月号)

2024年08月30日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

 

2024年8月28日執筆

 

1.イラン:ペゼシュキアン新大統領の就任とハマスのハニーヤ政治局長の暗殺

 7月5日、イラン大統領選の決選投票が行われ、改革派のペゼシュキアン候補が得票率53.6%で保守強硬派のジャリリ候補に勝利した。6月28日の第1回投票時よりも投票率が10%上昇し、無効票も約半減となったことから、第1回投票で投票所に足を運ばなかった層の票を獲得したことが勝利に貢献した要因とみられる。7月28日にハメネイ最高指導者による認証式を終え、7月30日の国会での就任宣誓式を経て、同氏は正式に大統領に就任した。ペゼシュキアン氏は、政権の閣僚候補者を選出する「政権移行戦略評議会」の議長に、ロウハニ政権時代のザリーフ元外相を任命した。若くリベラルな人物を閣僚に入れようとしており、NGOや業界団体などに対しても大臣にふさわしい人物を広く推薦するよう要請している。ペゼシュキアン氏は、欧米との関係改善や核合意(JCPOA)の建て直しを目指すが、国内で幅を利かす保守派勢力との関係性や欧米側がペゼシュキアン政権にどう対峙するかにも影響を受ける。

 

 就任宣誓式から数時間後の7月31日未明、新大統領の就任宣誓式に出席しそのままテヘランに滞在していたガザのイスラム主義組織ハマスのハニーヤ政治局長が、テヘランで暗殺された。午前2時頃に宿泊先に対する何らかの攻撃があったもようで、彼のボディーガード1人も同時に亡くなった。犯行声明は出ていないが、2023年10月7日のハマスによるイスラエル奇襲に対する報復としてハマス幹部の殺害を進めるイスラエルによるものとみられており、ハマスはイスラエルに対する報復を示唆。客人であり支援する代理勢力の幹部が自国内で殺害されたことで面目を潰されたイランのハメネイ最高指導者も、ハニーヤ氏の死に報復するのはイランの義務だと述べた。

 

2.レバノン/イスラエル:ゴラン高原への攻撃とイスラエルによるヒズボラNo.2の殺害

 7月27日、ゴラン高原のサッカー場にロケット弾が落ち、サッカー場で遊んでいた若者12人が死亡し、30人が負傷した。同地は1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領した土地で(それまではシリア領)、イスラム教ドルーズ派のアラブ系の人たちが住む町。イスラエルはこの攻撃をヒズボラによるものと断定し(ヒズボラは一切の関与を否定)、報復として7月30日にベイルート南部のヒズボラ勢力地域に対する空爆を実施し、ヒズボラのNo. 2で同組織の軍事活動を統括するシュクル上級司令官を殺害したと発表した。同時に、少なくとも女性1人と子ども2人が殺害され、85人が負傷した。ヒズボラはシュクル氏の殺害に関しイスラエルへの報復を行うとしており、緊張は高まっている。

 

3.イエメン/イスラエル:初めての両国による直接攻撃の応酬

 7月19日未明、イエメンの反政府組織フーシ派によるドローン攻撃がイスラエルのテルアビブ中心部に着弾し、1人が死亡、10人が負傷した。フーシ派は2023年10月以降何度もイスラエルに対する攻撃を行っているが、フーシ派の攻撃によりイスラエルで死者が出たのは今回が初めて。翌20日に、イスラエル軍は報復として、イエメン西部紅海沿いの港町ホデイダにある発電所や石油貯蔵施設などの民間インフラを戦闘機で空爆。これにより一帯で大規模な火災が発生し、6人が死亡、83人が負傷した。イスラエルがイエメンの領土に直接攻撃するのも今回が初めて。ガザでの紛争が確実に地域に広がりつつある。

 

4.オマーン:イスラム国によるテロ事件の発生

 7月15日、オマーンの首都マスカットにあるイスラム教シーア派のモスク周辺で銃撃事件があり、6人が死亡、28人以上が負傷した。3人の実行犯が近くの建物から同モスクに集まる群衆を狙って銃を発砲したもようで、実行犯は警察により現場で射殺された。翌16日に、スンニ派の過激派組織「イスラム国(IS)」がシーア派を狙って事件を起こしたことを犯行声明で発表。7月15日は、シーア派の宗教行事「アーシューラー」のお祈りのため、モスクに人が集まっていた。これまで治安が安定してきたオマーンでISがテロ攻撃を実行したのは今回が初めてのことである。

 

5.トルコ:シリア難民に対する反感の高まり

 トルコ中部の町で、シリア人の男が7歳の女の子に公衆トイレで性的暴行を行った疑いで逮捕されたというニュースがSNSで拡散され、怒ったトルコ人がシリア人の経営する店を襲撃し車などに放火する騒ぎとなった。騒動は県を超えて広がり、トルコのイェルリカヤ内相はシリア人に対する暴力行為でトルコ人474人を拘束したと発表した。当初、シリア人による暴行がトルコ人の少女に対して行われたと勘違いしたトルコ人が多かったため、激しい暴動に発展した(実際は男の親戚のシリア人の少女に対する暴行だった)。

 

 2011年にシリア情勢が悪化して以降、大勢のシリア人がトルコに流入し、いまだ約360万人に上るシリア人が難民としてトルコに居住している(一部はトルコ国籍を取得)。通貨リラの暴落や高止まりするインフレなどトルコ経済の悪化に伴い、シリア人難民の本国への早期帰還を求める国民の声は年々高まっており、ここ数年トルコではシリア難民に対する暴動がたびたび発生している。

 

6.イラク情勢

  • 7月8日、トルコ軍はイラク北部で「クルディスタン労働者党(PKK)」に対する越境攻撃を行い、PKK関係者3人を殺害した。また7月27日にも、イラク側国境地帯への空爆で、PKKの兵士11人を殺害した。対してPKKも、イラク国内にあるトルコ軍拠点をドローンで攻撃し、トルコ兵1人を殺害。
  • 7月11日、米国政府はイラクのイランからの電力輸入に関し、対イラン制裁の免除措置(ウェイバー)を120日間延長した。
  • 7月21日、トルコ・イラク間で電線が接続され、イラクはトルコから300MWの電力供給を受けられるようになった。イラクは慢性的な電力不足で、隣国イランからの電力および燃料ガスの輸入に大きく依存しているが、イランへの依存を軽減し電力輸入先を多角化するため、年末には湾岸諸国との電線接続も計画されている。
  • 7月22日、イラク政府高官と米バイデン政権の間でイラク駐留米軍のステータスについての協議が行われたが、撤退スケジュールについては明確に示されず。撤退協議に進捗が無かったことを受けて、7月25日、米軍が駐留するアイン・アル・アサド空軍基地に対して親イラン民兵によるものとみられるミサイル攻撃があった。
  • イラク石油省によると、6月のイラクの石油輸出量は日量341万バレル(bpd)で、5月の336万bpdより微増。
  • 国連薬物犯罪事務所(UNODC)の報告書によると、過去5年間にイラクでの麻薬の密売と消費が劇的に増加している。2023年に当局に押収されたカプタゴン錠(アンフェタミン系の精神刺激薬で、アラブ諸国で流通している)は2,400万個で、2022年の3倍、2019年の34倍の量に達する。
  • イラク政府は、過去27年間実施しなかった国勢調査を11月20日に実施する予定である。前回の国勢調査は、サダム・フセイン統治下の1997年に実施された。政府の政策立案や計画策定にこうした情報が不可欠であるとして、政府は計画を進めているが、結果が政治的に利用される懸念もあり、「宗派」と「民族」に関する情報は除外される予定。住宅状況、教育、健康、仕事、サービスへのアクセスなどに関する質問が行われる。

 

7.リビア情勢

  • 7月4日、国民統一政府(GNU)のドゥベイバ首相はエジプトを訪問し、同国のマドブーリー首相と両国間の電力相互接続に関する協定について協議した。これまでエジプトは、GNUのライバル組織であるリビア東部を支配するリビア国民軍(LNA)のハフタル司令官を支援してきたため、エジプトとGNUの関係強化の動きは注目される。7月25日には、トルコのフィダン外相がトルコの首都アンカラでハフタル氏の息子ベルカセム氏との会談を実施した。トルコは逆に、これまでGNUの側を支援してきたが、高齢のハフタル氏(80歳)の息子たちとの関係構築を進めており、エジプトとトルコの関係が改善するのに伴って、リビアでの対立構図にも変化が出てきている。
  • 7月17日、リビアの首都トリポリで「地中海横断移民フォーラム(TMMF)」が開催され、欧州・アフリカ諸国および国際機関などからの28の代表団が、アフリカから欧州へ渡る不法移民をいかに取り締まるかについて協議した。サブサハラ・アフリカからの難民・移民は、チュニジアやリビア、モロッコなどの北アフリカ諸国を経由して地中海をボートで渡って欧州へ向かおうとするが、過去10年間で2万人が溺死するか行方不明となっている。

 

以上

 

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