米国大統領選、トランプ勝利 ~歴史は韻を踏むのか

2024年11月08日

住友商事グローバルリサーチ 国際部、経済部
足立 正彦

国際部 シニアアナリスト  足立 正彦
国際部 シニアアナリスト  前田 宏子
経済部 シニアエコノミスト 鈴木 将之

 

解説 「米国大統領選、トランプ勝利 ~歴史は韻を踏むのか」

(写真: Gerd Altmann による Pixabay より)
(写真: Gerd Altmann による Pixabay より)

  11月6日、米国大統領選の開票が進み、トランプ前大統領の当選が決まった。正式な選挙結果が確定するには時間を要するが、トランプ・ハリス両候補の接戦が予想されていた7州全てにおいてトランプ氏が勝利を収めた模様だ。獲得総票数もトランプ氏が上回ることは確実。連邦議会選では、共和党が上院多数党の座を奪還したため、今後2年間、第2次トランプ政権は閣僚など政権幹部や連邦裁判事の人事を障害無く進めることができる。下院選の結果は、さらなる開票を待つ必要がある。次期大統領は、2025年1月20日の正午に就任する予定だ。

 


国際部 シニアアナリスト 足立 正彦
(研究・専門分野:米州全般、米国大統領選挙分析、米議会動向)


 11月5日に投開票が行われた米国大統領選挙でトランプ前大統領(共和党)が次期大統領当選に必要な大統領選挙人270人を上回る291人を獲得して、ハリス副大統領(民主党)に勝利した(日本時間11月7日正午時点で24人の大統領選挙人は未確定)。

 

 トランプ氏勝利は、以下二つの観点から画期的であったと考えられる。先ず、大統領選挙の帰趨を決する「激戦州」7州のうちノースカロライナ、ジョージア、ペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシンの5州でトランプ氏が勝利し、未確定のアリゾナ、ネバダ両州でも優勢を維持しており、「激戦州」7州すべてを制する見通しである。投票日直前に公表された各種最新世論調査結果ではハリス氏が盛り返す傾向が明らかになり、接戦の結果、開票作業が長期化する見方もされていたことを考えると、トランプ氏にとって明確な勝利となった。

 

 次にトランプ氏が獲得した一般投票数に注目したい。トランプ氏が訴える「米国第一主義」に共鳴する「MAGA共和党員(Make America Great Again Republicans)」の支援を受けてトランプ氏は盤石の支持基盤を党内に構築する一方、無党派層や女性、民主党支持者には支持を拡大することが困難とみられていた。実際、得票率で過半数を上回ることができない「48%の壁」が指摘されていたが、トランプ氏は一般投票数でも過半数を上回っており、日本時間11月7日正午時点でハリス氏を約470万票引き離す7,250万票余りを獲得して得票率は50.8%に達した。

 

 事前の見方では、トランプ氏はハリス氏との接戦の末に、大統領選挙人獲得数で過半数270人を上回って次期大統領当選の可能性が指摘されていた一方、2016年と2020年の2度の大統領選挙同様に、



 一般投票数では劣勢になる事態が予想されていた。当初の見方に反し、一般投票数でも上回った背景には、トランプ氏がヒスパニック系、アフリカ系、若年層の一部をうまく取り込んだことがあると指摘されている。

共和党はホワイトハウスのみならず、米議会上下両院の多数党の立場も支配する見通しである。トランプ氏の公約の実現に向けて2025年1月召集の第119議会から取り組まれることになる。

 


国際部 シニアアナリスト 前田 宏子
(研究・専門分野:中国、台湾、モンゴル、朝鮮半島)


 トランプ氏が再選され、当面、米国の対中政策はいっそう厳しさを増すことが予想されるが、8年前と違い、中国側に大きな驚きや動揺はみられない。トランプ当選の可能性が十分想定されていたこと、どちらの候補が勝利しようと米中関係悪化の趨勢に変化はないとの見方が広がっていたことが背景にある。

 

 とはいえ、もしハリス氏が当選すれば、少なくとも初期はバイデン政権の対中政策を維持するだろうとみられていたのに対し、トランプ氏は中国に対して一律60%の関税を課すことや、最恵国待遇を取り消すこと等を主張しており、ただちに中国への経済的圧力が強まることが予想される。また、ホワイトハウスのみならず、議会上院も共和党が多数を奪還したが、もし下院も共和党が多数となれば、米国の対中政策はより一層厳しさを増すことになるだろう。たとえば、2024年9月に下院が可決した一連の中国関連の法律(「中国共産党がもたらす軍事的、経済的、イデオロギー的、技術的な脅威からアメリカ国民を守るために25の重要な法案」)が成立したり、下院の中国特別委員会が継続したりする可能性もある。

 

 中国は、米新政権とのコミュニケーション確立のために、米国にミッション(崔天凱元駐米大使など)を派遣するだろうが、米国の対中貿易・経済圧力に対しては8年前と異なり、より強力な対抗策を打ち出してくることが予想される。たとえば、米国企業に対する制裁や、重要鉱物の規制強化、中国が保有する米国債の一部売却などが考えられる。

 

 トランプ政権の再登場は、中国にとって経済的問題をもたらす一方で、外交面ではチャンスももたらす。中国は、自国こそが自由貿易や国際平和に貢献する大国だというナラティブを強化し、グローバルサウスでの影響力拡大を図るとともに、米国の同盟国やパートナー国との軋轢(あつれき)を、米国の同盟ネットワーク弱体化の好機と捉え、それらの国への働きかけを強めるだろう。

 

 また台湾に対しては、軍事的圧力と経済的・文化的な取り込み策を同時に強化しつつ、「台湾が頼りにできる国やシステムは国際社会に存在しない」という宣伝、および台湾内での影響力工作に力を入れていくと予想される。

 


経済部 シニアエコノミスト 鈴木 将之
(研究・専門分野:マクロ経済)


 トランプ次期政権の経済政策として、バイデン政権と共通する点と、異なる点がある。例えば、共通することは、半導体をはじめとした先端技術に関連する規制や追加関税など、対中国政策の姿勢は強まることがあっても、弱まることはないことだろう。

 

 一方で、異なる点として、注目されるのは関税だ。トランプ前政権時にはじまった貿易戦争は継続というよりも、拡大することになる。これまで発表されている公約によると、対中関税は一律60%、その他の国・地域には10~20%を課すとしている。税収は10年で2.7兆ドル増える(超党派の「責任ある連邦予算委員会」)と試算される一方で、その負担増の分だけ輸入には下押し圧力がかかる。また、関税の負担は米国内であるため、関税分の負担増が販売価格に転嫁されれば、インフレ圧力にもなる。ただし、トランプ氏の「ディール」として、関税が政策手段として位置づけられると、企業にとってはビジネス上の不確実性が高まる恐れがある。

 

 また、財政赤字の拡大も懸念材料だ。「責任ある連邦予算委員会」による試算では、トランプ氏の公約を織り込むと2026~2035年度の10年間で、財政赤字が7.5兆ドル増加する。2025年に期限を迎えるトランプ減税(個人所得税の減税)の恒久化や法人税率の15%への引き下げ、残業代の非課税化など、減税が多い。前述の関税率引き上げが税収増につながるものの、相対的に減税が多く、財政は悪化する。

 

 そのほかにも、人々の関心が高かった物価高騰や移民対策のうち、脱炭素投資支援から化石燃料の増産支援への重心のシフト、パリ協定からの再離脱、インフレ抑制法(IRA)の縮小、国境の壁の建設、不法移民の強制送還など、これまでトランプ氏が言及してきた政策が実際にどこまで実施されるかも注目される。

 

 総じて、財政は拡大方向の政策であり、個人消費をはじめとして需要を後押しすることになる。そのため、物価上昇率が高止まりする可能性がある。一方で、財政赤字の拡大から利払い費も増加する。物価を抑制するためには、政策金利を高止まりさせる必要があるものの、それは同時に家計の利払い負担も高めることになる。物価の安定と雇用の最大化を目指すFRBとしては苦しい意思決定となるだろう。しかも、トランプ氏は利上げや高金利に批判的で、金融政策の独立性も危うさが漂う。

 

 大統領選の開票とともに、為替相場は円安・ドル高方向で反応した。短期的にみれば、ドル買いなのかもしれないが、その先を見通すと、ドル買いとは言いがたい。先行きが見通せないのは常であるものの、トランプ次期政権下での不確実性は大きい。前政権時とは異なり、日本も欧州も政治が不安定化しているし、地政学的なリスクも高まっている。こうした環境の変化を踏まえると、「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」のか、韻すら踏まないのか、見通しがたい4年が始まるのかもしれない。

 

以上

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