トランプ外交2.0で露呈する各国政治事情
調査レポート
2024年11月18日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司
国際部 シニアアナリスト 広瀬 真司
国際部 シニアアナリスト 石野なつみ
国際部 シニアアナリスト 石井 順也
解説 「トランプ外交2.0で露呈する各国政治事情」
2025年1月20日より、トランプ政権の2期目がスタートする。次期政権の政策展開は、大統領自身による意思決定もさることながら、連邦議会や政権幹部人事よっても大きく左右される。外交関連では、現段階ではルビオ上院議員が国務長官に、そしてウォルツ下院議員が国家安全保障問題担当の大統領補佐官に就任する見込みだ。まずトランプ外交で注目されるのが、ウクライナ戦争への関与のあり方と、ガザ地区とレバノンにおける紛争への対応である。トランプ大統領の再登板に対する受け止め方、対応は各国によって大きく異なる。
国際部 シニアアナリスト 広瀬 真司
(研究・専門分野:中東・北アフリカ情勢分析)
米大統領選の翌日11月6日にトランプ前大統領の当選が決まり、真っ先にトランプ氏に「史上最大のカムバックだ!」と祝辞を送った世界のリーダーの1人がイスラエルのネタニヤフ首相である。トランプ氏は前政権時代に、「エルサレムはイスラエルの首都」と宣言して駐イスラエル米国大使館をエルサレムに移転したり、ゴラン高原におけるイスラエルの主権を認めたりと、極めてイスラエル寄りの政策を次々に取ってイスラエルを喜ばせた経緯から、ネタニヤフ首相としてはトランプ大統領の再選を待ち望んでいた。特に、ガザやレバノンで継続する紛争に対する国際社会からの批判の高まりで、イスラエルが孤立しつつある中ではなおさらである。
対照的に、トランプ政権の再来を懸念しているのがイランである。トランプ氏は、イランがオバマ政権時代に米・英・仏・独・露・中の6大国との交渉でまとめ上げた核合意(略称JCPOA)から一方的に離脱し、イランに対して過去になかったほどの経済制裁を「最大限の圧力キャンペーン」と称して矢継ぎ早に発表。米国制裁をちらつかせて、第3国企業のイランとのビジネスも厳しく制限した。またトランプ氏は、親イラン地域勢力を束ねる革命防衛隊コッズ部隊のソレイマニ司令官をバグダッドの空港で殺害し、サウジアラビアなどの地域諸国とともに反イラン連合を構築しようと画策した。トランプ氏は予見不能性が高いとはいえ、トランプ前政権時代の政策を振り返れば、イランの懸念も理解できる。
トランプ氏の再選で特に影響が注目されるのは、ガザおよびレバノンでの紛争の行方である。トランプ氏は紛争を止める方向で動くとみられるが、果たしてどのような手段を取るのか、どの程度の期間で停戦に持ち込めるのかなど、未知数な点も多い。また、トランプ新政権がスタートする2025年1月20日までにはまだ約2か月あり、既にレームダック化したバイデン政権のうちに何かをしてしまおうと地域のリーダーが考える可能性もある。そういう意味では、トランプ新政権始動までの期間の地域の動きにも注目が必要である。
国際部 シニアアナリスト 石野 なつみ
(研究・専門分野:欧州)
多くの欧州政界にとって望ましくなかったであろうトランプ前大統領の再選が決定に際し、いち早くマクロン仏大統領が、そしてフォンデアライエン欧州委員会委員長や、スターマー英首相なども祝辞送ったが、その文面から積極性は感じられなかったのが印象的だった。
奇しくも、トランプ再選が決定した11月7日には欧州政治共同体、11月8日にはEUサミット(非公式)がハンガリーの首都ブダペストで行われたこともあり、ハンガリーのオルバン首相はトランプに最大の祝辞を送っていたが、彼以外のほぼすべての欧州首脳らは、高まる不確実性への警戒心は隠すことがなかったように思う。
欧州が一致団結してアメリカ第一主義のトランプ政権に立ち向かうことができれば、トランプ再選をチャンスとしてとらえ、欧州の強靭化が可能とみられるが、現状は関税引き上げなどの経済的影響、ウクライナ情勢の方針転換・NATO離脱などの地政学的影響に必ずしも準備ができてはいないとみられる。さらに、ハンガリーの「Fidesz」やドイツの「ドイツのための選択肢」などの極右政党が、いわゆる「多数派、主流派」とは異なる主張を繰り返すことが予想され、欧州分断の拡大が予想される。
特に問題視されているのが、欧州の政治的なリーダーの不在。前トランプ政権時はドイツのメルケル前首相が采配を振るったが、後任のショルツ首相は2021年年末の就任以来、リーダーシップの欠如が問題視されている。2025年2月23日に予定されている解散総選挙では、ドイツの政権交代が確実視されているが、ショルツ首相の後任のメルツCDU党首の外交手腕は未知数。フランスでもマクロン大統領が、戦略ミスといわれる国民議会解散とその後の選挙で事実上の敗北を喫して政治的に弱体化したことから、彼がリーダーシップを発揮することは難しいだろう。
一方、スターマー英首相は、2024年7月の政権発足時こそ高い支持率を誇っていたが、自身や労働党所属議員のスキャンダルに加え不人気な予算案発表などを経て、国内の支持は急降下。さらに、欧州との関係強化に励んでいるが、政権交代があったとはいえ英国はBrexitをした国。EUとの真の結束は難しい。
イーロン・マスク氏との関係が良好とみられるメローニ首相(イタリア)の活躍が期待されるが、結局は、フリーデン首相(ルクセンブルク)のいう、トランプ次期大統領への協調路線への期待ではなく、「予測不能性、不安定性」から対話を求めるという姿勢が、多くの政治家が念頭に置いていることであろう。
国際部 シニアアナリスト 石井 順也
(研究・専門分野:東南アジア、南アジア、大洋州)
トランプ次期大統領はかねてから同盟国との信頼関係や価値観の共有を軽視するかのような発言を繰り返してきたが、こうした姿勢は、欧州のみならず、アジアの同盟国・友好国にも懸念を生じさせている。
中国に対しては強硬路線をとることが予想されるが、一方、取引的なアプローチを好み、バイデン政権とは異なり、アジアの同盟国・友好国との連携に重きを置かない可能性がある。トランプ氏は中国が台湾に侵攻した場合には高関税を課すと述べたが、軍事的関与には言及せず、中国の抑止に不安を抱かせた。また台湾の半導体生産をたびたび批判している。
トランプ氏の取引的なアプローチは北朝鮮に対してもとられる可能性があり、非核化を重視しないことも懸念される。バイデン政権で進められた日米韓の連携はおそらく継続し、日本の防衛額の増額や防衛政策の強化は肯定的に評価すると考えられるが、日韓両国には米軍駐留経費の負担増を求めることも予想される。
トランプ氏は東南アジアに対する関心が薄く、前政権時もASEAN首脳会議の関連会合には任期初年の2017年に出席しただけで、それ以降は欠席した。バイデン政権が立ち上げたインド太平洋経済枠組み(IPEF)を「環太平洋連携協定(TPP)第2弾」と呼び、破棄する意向を示している。
トランプ氏は貿易不均衡を問題視しているが、ベトナムは米国の貿易赤字の上位国であり(2023年で3位)、タイ、マレーシア、インドネシアの貿易赤字額も多く、制裁関税が課される可能性がある。これらの国々に進出した中国企業の対米輸出も標的になり、またバイデン政権が進めてきた中国への対抗を見据えたフィリピンとの安保協力もペースダウンするかもしれない。
一方、日米豪印の協力枠組みである「クアッド」は、トランプ前政権時に強化されたものであり、次期政権においても推進されるだろう。トランプ氏はインドとの関係は重視しており、クアッドと二国間協力のいずれも推進すると予想される。ただし、貿易不均衡はインドにおいても問題視される可能性がある。豪州とも、クアッドを通じた協力は継続するだろうが、バイデン政権が立ち上げた米英豪の協力枠組みであるAUKUSに対する立場は不明である。
このように、トランプ次期政権においては、米国のアジア大洋州への関与が後退する可能性がある。一方、共和党・保守派には、対中戦略の観点から同盟国・友好国との連携を重視する人々も多い。彼らが次期政権でどのような役割を果たすかも注目すべきポイントになるだろう。
以上
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