市場概観:米国政治の変化にみる市場の変質
2024年11月19日
住友商事グローバルリサーチ 経済部
本間 隆行
2024年11月18日執筆
今年最大の注目イベントだった米国大統領選・議会選は、共和党の圧勝という形で終わった。大統領選ではトランプ氏が300人以上の選挙人を確保したが、より注目を集めたのは投票数。約7,600万票を集票したトランプ氏に対し、ハリス氏は約7,300万票に留まった。2020年の選挙では共和党候補のトランプ氏が約7,422万票を得たので、今回の選挙では得票数が増加している。一方で、今回の民主党候補の獲得票数は前回8,128万票と比較すると約800万人の支持を失ったことになる。約180万人がトランプ氏支持に回ったとすると、少なくとも今回の選挙までに約600万人の有権者が民主党支持から離脱したとも言える。
投票行動についてはさまざまな観点から分析・指摘が行われているが、民主党候補への投票者が選挙の争点として「民主主義」を挙げたのに対し、共和党支持者が「経済」としていた点は注目される。現在の経済情勢について、民主党投票者の多くが「Excellent」「Good」としていたのに対し、共和党投票者の多くが「Not so good」「Poor」と回答している。そして投票者全体のボリュームゾーンは後者にある。パンデミックからの回復過程では「強いアメリカ経済」と評価されてきた。米国消費者や有権者にとって、本当にアメリカの経済が好調なら政権交代の選択は多大な経済的リスクを負う選択となってしまうことから、統計値と実情にはギャップの存在が浮かび上がる。
巨額の選挙資金が投入されることでも話題となる大統領選では、民主党に多額の選挙資金が集まったように、支持層は高所得者や富裕層にシフトしているとされ、さまざまなアンケートからもその傾向がうかがえる。付け加えるとしたら、トランプ氏もヴァンス氏もかつては民主党支持者でもあった。今回の得票数減からすると、民主党は労働組合のような本来の民主党支持基盤を失ってしまったのかもしれない。一方の共和党はトランプ氏への岩盤支持層に加えて、多くの米国市民が抱えている生活への不安、また不法移民の増加に対する恐怖心、格差に対する不満などを吸収したようだ。民主主義を重んじてきた民主党は今回の選挙では民主主義的に敗北した。ここにも政府と市場との間に大きな乖離が生じていた。
ところで、2年前の中間選挙では、共和党が下院では僅差で勝利していたことを踏まえると、有権者が感じてきた「経済のきしみ」は、この頃から生じはじめていたとも指摘できるだろう。実際、物価上昇の加速に対して、消費者マインドが急激に低下したタイミングでもある。その後は、いまもって水準の回復を確認できない。パンデミックや戦争を起因とした物価高騰を通じて消費者の行動が変容したと指摘されるように、今回の投票結果は「マーケットの変質」を反映しているとも言えるだろう。
いずれにしても、政権交代で米国の政策は大きく変更される。共和党は夏に公表した綱領やトランプ氏のアジェンダ47、またメディアで発信した約束の実現に向けて動き出すことになる。共和党は長期的優位性を確保するために政策の実現にこだわるだろうし、民主党にとっては、行政府も議会も失ったように、トランプ氏への個人攻撃は効果が小さい。党勢のリカバリーを実現するためには、政策議論を進めていく以外の選択肢は少ない状況だ。2年後の中間選挙に向けて新たな政治体制の下、変化がさらに大きくなるリスクには今後も留意が必要となるだろう。そして、「市場の変質」が導いた結論が今回の政権交代、との視点も持っておきたい。
米国の新しい政権で、経済面で注目されるのはまずは減税だろう。法人減税が好感されてインフレ期待が高まったこともあって、トランプ氏当選を受けて株価は大幅に上昇したが、米国で製品を生産する企業に対象を絞っていることには注意が必要だろう。関税の引き上げについては、必ずしもこれだけでインフレにならない点にも留意すべきだ。対中関税を60%に、その他を10%に設定した場合、2023年の貿易実績からならすと関税は17%程度となる。輸入品の価格は関税分だけ上昇することから、インフレ懸念が指摘されている。しかし、経済状況の悪化が支持拡大の要因になったとしたら、米国の消費者が関税増加分を負担する余裕がないことも考慮する必要があるだろう。また、関税率が一斉に変更されるのかどうかも現段階では明らかになっていない。関税と物価を考える際には、財の流通過程で利幅増減による価格調整、需要減少による数量調整、品質を引き下げることによる品質調整が生じることは含んでおきたい。また、為替レートの水準も重要なファクターで、米ドルの購買力が高まることになれば関税引き上げ分は物価上昇に及ぼす影響が一段と小さくなる。米国経済は関税がインフレに直結するシンプルな構造ではないだろうし、エネルギーや食糧の自給率は高く、原材料となる国際商品市況の影響を受けにくい構造であることにも留意したシナリオ設定が必要だ。
他方で、気候変動対応では政策変更で混乱を招くことになりそうだ。パリ協定からの再離脱を主張している。洋上風力発電については見直しが入ることになりそうだ。ただし、資材価格高騰などによる採算悪化懸念から、一部では既に計画見直しや中止となっている。原油やガスの増産を示唆しているが、既に一部が輸出に回っていることから増産されるとしたら海外市場向けになるだろう。ロシアと対立する欧州にとって、ガス供給の安定に寄与する可能性がある。トランプ氏の再登場を必ずしも歓迎していない欧州にとっては、同氏の当選は「痛し痒し」といったところかも知れない。トランプ氏はまた、インフレ抑制法(IRA)廃止についても言及している。共和党支持州でもIRAの恩恵を受けていること、そして法律の書き換え作業は非常に負荷がかかることもあり、縮小される可能性はあるものの、維持されるだろうとの意見がある。ただし、トランプ新体制が前政権の業績を上書きすることで自らの実績を作り上げることを重視しているのであれば、楽観すべきではないのかもしれない。1期目で楽観論はほぼすべて吹き飛ばされたことは鮮明な思い出でもあるし、今回は閣僚人事が早々に判明しているように、準備には余念がなさそうだ。トランプ氏は何をするか分からないとの指摘は多いが、方針そのものは既に詳らかになっている。むしろ何をしたいかは見えている状況だ。ディールを好むということなので、政策の優先順位付けがどのように固まってくるかが就任式までの注目点となり、金融市場や原材料市場はそうした情報に振り回されることになりそうだ。
以上
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