「トランプ次期政権には多くの親イスラエルの人物が入閣予定」中東フラッシュレポート(2024年11月前半号)

2024年12月03日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

2024年11月20日執筆

 

1.米国大統領選挙:トランプ次期大統領は主要閣僚・高官に親イスラエルの人物を次々に指名

 11月5日の米国大統領選挙で、共和党候補のトランプ前大統領が民主党候補のハリス副大統領に勝利した。中東の政治指導者の中でトランプ氏の勝利にいち早く反応したのがイスラエルのネタニヤフ首相で、彼は「史上最大のカムバックだ!」とXにトランプ氏当選に対するお祝いのメッセージを投稿した。ネタニヤフ氏は、11月6日からのわずか数日間のうちにトランプ氏との電話会談を既に3回も実施しており、イランの脅威とイスラエルの安全保障に関して協議したとのこと。第1期トランプ政権(2017~20年)で、トランプ氏は「エルサレムはイスラエルの首都」と宣言して在イスラエル米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転したり、イスラエルが第3次中東戦争以降占領を続けるゴラン高原におけるイスラエルの主権を認めたりするなど、これまでの慣習を破って極めてイスラエル寄りの政策を推し進めた。

 

 トランプ氏は既に次期政権の主要閣僚・高官人事を発表し始めているが、国務長官、国防長官、国家安全保障問題担当大統領補佐官、中東特使、国連大使、駐イスラエル米国大使などのポストに、強い親イスラエル/対イラン強硬派の人物が次々に指名されており、トランプ政権2期目も強いイスラエル寄りの政策が推し進められそうだ。トランプ政権がまず中東で積極的に取り組むとみられているのが、紛争を終わらせること(特にレバノン)、イランに対する圧力強化、そしてイスラエルとサウジアラビアの国交正常化である。

 

2.イスラエル/レバノン:米国主導の停戦交渉が進む

 11月14日、駐レバノン米国大使が、レバノンのシーア派組織ヒズボラとの交渉を仲介しているレバノンのベッリ国会議長に対して、米国の停戦案を手渡した。同案は、永続的な停戦につなげるための60日間の一時的な敵対行為の停止を目指しており、基本的な内容は2006年の紛争を終結させた国連安保理決議1701に沿ったものとのことだが、国境周辺からのヒズボラの撤退をレバノンの正規軍と国連レバノン暫定駐留軍(UNIFIL)が確保できない場合にはイスラエル軍がいつでも軍事介入できるという内容。ヒズボラやレバノン政府は、この点を「主権侵害」として同案の内容に難色を示しており、同停戦案に対して「コメント」を付けて米側に回答したと報じられている。

 

3.イスラエル:ネタニヤフ首相がガラント国防相を解任

 11月5日、ネタニヤフ首相は、戦争の遂行方法に関する大きな隔たりが生じ信頼が崩壊したことを理由として、ガラント国防相を解任した。ガラント国防相は解任通知を受けた後に会見を行い、自身は以下の3つの理由で解任されたと発表した(①超正統派ユダヤ教徒の徴兵を推し進めたこと、②ガザからの人質奪還を優先すべきと強く主張したこと、③2023年10月7日のハマスによるイスラエル奇襲事件に関する国家調査委員会の設置を強く要請したこと)。ガラント氏は、国民や米バイデン政権からも信頼の厚い人物だったが、ネタニヤフ首相や現政権の極右閣僚などとはたびたび衝突してきた(2023年3月にもネタニヤフ首相の強引な司法改革の進め方に疑義を呈して解任されたが、その後に復帰した)。今回、米大統領選の当日に同氏の解任が発表されたのは、同氏を信頼する米バイデン政権からの反発を避ける狙いがあったとみられている。

 

4.サウジアラビア/イラン:両国の軍幹部が協議を実施

 11月10日、サウジアラビア軍のルワイリー参謀総長率いる軍の使節団がイランの首都テヘランを訪問し、防衛外交の推進と二国間協力の拡大に関して、イラン軍のバーゲリ参謀総長とのハイレベル協議を実施した。イラン側は、2024年に続いて2025年の海軍軍事演習にもサウジ海軍の参加(もしくはオブザーバー参加)を求めたとのこと。また同日、サウジアラビアのムハンマド皇太子兼首相(MbS)とイランのペゼシュキアン大統領が電話会談を行い、二国間関係の強化を確認した。

 

 両国は長年ライバル関係にある地域大国だが、2023年3月に中国の仲介で国交を回復し、以降は二国間関係の改善を粛々と進めている。トランプ前大統領の当選が報じられるこのタイミングで両国の軍が協力を確認したことは、対イランで強硬な政策を取ろうとしているトランプ氏に対するメッセージでもあるとみられる。

 

5.OPEC:自主減産の縮小を再度延期

 11月3日、石油輸出国機構(OPEC)とOPEC非加盟の産油国で構成するOPECプラスは、12月から予定していた有志8か国による自主減産(日量220万バレル、世界の石油需要の約2%)の段階的縮小開始を1か月後ろ倒しして、2025年1月からとすることを発表した。世界の石油需要が弱い中で価格を下支えするのが狙い。なおOPECプラスは、2024年6月および9月の会合でも自主減産の縮小開始を延期している。OPECプラスは12月1日に閣僚級会合を開催し、今後の生産計画について協議する予定。

 

 またOPECは11月12日に公表した月報で、中国やインドの需要の弱さを背景に、2024年および25年の世界石油需要予想を前月予想から日量約10万バレル下方修正した。需要予想の下方修正は4か月連続となる。

 

6.イラク情勢

  • 10月31日、イラク国会はスンニ派のマシュハダーニー議員(76歳)を国会議長に選出した。同氏はイランに近く、2006~08年にも国会議長を務めた人物。2023年11月に当時のハルブーシ議長が連邦最高裁の決定で解任されて以降、約1年間国会議長ポストが空席となっていた(その間はシーア派の副議長が代理を務めていた)。
  • 11月4日、イラクのアッバーシー国防相はサウジアラビアの首都リヤドを訪問し、ハーリッド国防相と軍事協力や合同軍事演習の実施について協議し、軍事協力の拡大に関する合意に署名した。
  • 11月8日、イラクのスーダーニ首相はトランプ次期米国大統領との電話会談を実施。米・イラク間パートナーシップの重要性や駐留米軍の段階的縮小計画、経済、エネルギー、技術などの分野での協力について協議した。
  • 11月10日、イラク当局は、9月末にイスラエルによるレバノン空爆が激化して以降、スーダーニ首相がレバノンからの避難民に対するビザ無し入国を認め、18,000人以上のレバノン人がイラクに入国したと発表した。
  • 11月11日、イスラエル軍はイラクから飛んできたドローン4機を撃墜したと発表した。イラクのシーア派民兵組織「イラクのイスラム抵抗(IRI)」が軍用ドローンでイスラエルを攻撃したと発表。11月6日にもイスラエル軍はイラクからのドローン1機を撃墜したと発表。イラクの民兵組織によるイスラエルへの攻撃が常態化してきており、今後イスラエルに何らかの被害を与えるような事態が発生した場合には、イスラエルからイラクへの報復攻撃の可能性が懸念される。
  • ヨルダン・イラク間の電力網相互接続プロジェクトが進んでおり、完成すればヨルダンからイラクに500MWの電力を送れるようになる。イラクでは、国内の消費電力が発電能力を大きく上回っており、そのため慢性的な電力不足に陥っており、隣国イランからの電力輸入に依存している。イランに対する過剰依存状態を改善すべく、湾岸アラブ諸国とも電力網の相互接続プロジェクトを進めたり、また太陽光発電などへも投資したりしている。

 

7.リビア情勢

  • 11月6日、リビアのトラベルシ内相は、イスラム社会の価値観を守るために12月から「道徳警察」の活動を復活させることを発表した。同氏は、女性のヒジャブ(頭髪を覆う布)の着用義務化、男性の保護者なしでの女性の旅行の制限、公共の場での男女混合の禁止などの取り締まりを開始すると発表したが、特に若者からの反発が強く、物議を醸している。
  • 11月10日、リビア中央銀行(CBL)はイーサー新総裁の下で最初の理事会を開催した。2024年8月に大統領評議会が、2012年以来総裁ポストに就いていたカビール前CBL総裁を強制的に解任して以降、国内の東西勢力の対立が激化し、1か月以上にわたってリビアの原油生産・輸出が大きく低下する騒ぎとなっていた。
  • 11月14日、リビア国営石油会社(NOC)は、リビアの原油生産量が2013年以来最高の日量137.4万バレルを記録したと発表した。
  • 11月16日、リビアの58の自治体で地方議会選挙(1回目)が実施され、任期4年の地方議員426人が選出された。2025年1月には、残りの58の自治体でも地方議会選挙(2回目)が実施される予定。

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)


以上

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