「シリア:反体制派の攻勢でアサド政権が崩壊」中東フラッシュレポート(2024年12月前半号)

2025年01月08日

住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司

 

2024年12月26日執筆

 

1.シリア:反体制派の攻勢でアサド政権が崩壊

 12月8日、シリアの反体制派が首都ダマスカスに進軍し、アサド大統領がロシアに亡命したことで、1970年代からシリアを50年以上にわたって支配してきたアサド家による政権が崩壊した。翌12月9日には、アサド政権のジャラーリー首相が、反体制派の支配地域であるイドリブ県を統治してきた「シリア救国政府」に権限を移譲することで合意し、救国政府のバシール首相(41歳)が2025年3月1日までの移行政府の首相に任命された。同氏は電子工学とイスラム法の学位を持ち、救国政府で開発・人道問題担当大臣などを歴任してきた人物。

 

 アサド政権は崩壊したが、さまざまなアクターが絡むシリア各地での戦闘は続いている。トルコが支援する反体制派の一派である「シリア国民軍(SNA)」が、クルド系勢力の「シリア民主軍(SDF)」が支配していた北部の町マンビジに攻め込み、クルド系勢力が同地から撤退。SNAは他のSDF支配地域にも攻勢をかけている。また米軍は、政権崩壊後にシリア国内のイスラム国(IS)拠点75か所への空爆を実施。イスラエルはシリア軍の施設数百か所に空爆を行うとともに、ゴラン高原のシリアとの緩衝地帯を占領しシリア領内に侵攻している。

 

 アサド政権を打倒した反体制派の中心的な武装勢力「シャーム解放戦線(HTS)」を率いてきたアフマド・シャラア(別名:アブ・ムハンマド・ジャウラーニー、42歳)が、移行期の暫定政権の首相や閣僚などを任命しているが、同氏は過去に米軍侵攻後のイラクでアルカイダにも所属していた過激なジハード主義者でイスラム原理主義的な統治を目指すと公言していた人物であるため、国際社会は同氏の言動に警戒しながら新生シリアとの関係構築を模索し始めている。

 

2.米国:トランプ氏は中東担当上級顧問にレバノン系実業家のボウロス氏を任命

 12月1日、2025年1月に次期米国大統領に就任する予定のトランプ氏は、自身の娘ティファニーの義父であるレバノン系米国人実業家のマサド・ボウロス氏(53歳)をアラブ・中東問題担当の上級顧問に任命すると発表した。同氏は、米大統領選挙期間中にミシガン州などの激戦州におけるアラブ系米国人コミュニティとの関係構築に大きく貢献した人物。トランプ氏はこれまで、ユダヤ系や福音派キリスト教徒など強い親イスラエル傾向のある人物を多く政権閣僚や高官に指名してきたが、その中では異例の人選となる。同氏はレバノン北部のギリシャ正教のキリスト教徒の家庭の出身。レバノン政界に広い人脈を持ち、レバノンの現閣僚や野党指導者、次期大統領候補など様々な有力政治家と親しい関係にある。

 

3.イスラエル:ネタニヤフ首相が汚職疑惑裁判の被告として証言

 12月10日、イスラエルのネタニヤフ首相は自身に対する汚職疑惑の裁判で、現職の首相として初めて被告として裁判所の証言台に立った。ネタニヤフ氏は、収賄、詐欺、背任に関する3件の容疑で2019年に起訴され、翌2020年から裁判が開始された。同氏は法廷で一切の不正行為を強く否定し、自らに対する容疑を「ばかげたもの」として一蹴した。今後数週間にわたり、同氏は週3日、1日6時間行われる予定の審理に被告として出廷を求められることになる。

 

4.トルコ:2期連続マイナス成長で景気後退局面

 11月29日、トルコ統計局は、2024年第3四半期の成長率が前期比でマイナス0.2%となったことを発表。第2四半期に続いて2期連続でマイナス成長を記録したことで、トルコ経済は景気後退局面に入った。トルコは高いインフレ率を抑えるため、2023年6月から政策金利を徐々に引き上げ、2024年3月以降は金利を50%に据え置いてきた。インフレは徐々に低下しており、直近の11月のインフレ率は47%台。9月以降は実質金利がプラスとなっていることから、年内にも利下げの可能性が囁かれていたが、12月26日の金融政策決定会合で250ポイントの利下げが発表され、政策金利は47.5%になった。

 

 トルコのシムシェキ財務相は、インフレ抑制過程における成長は予想通りで、穏やかでバランスの取れた軌道をたどっており、インフレの低下、貿易収支の回復などにより、経済活動は2025年後半に回復すると予測している。

 

5.OPECプラス:協調減産のさらなる延長を決定

 12月5日、OPECプラスは閣僚級会合を開催し、日量365万バレル(bpd)の減産(200万bpdの協調減産+165万bpdの8か国による自主減産)を1年間延長し、2026年末までとした。さらに、8か国による220万bpdの追加減産の縮小開始も3か月間先送りし、2025年4月から2026年9月までの18か月間で徐々に減産を縮小していくことで合意した。UAEは2025年1月から30万bpdの減産を解消する予定だったが、開始を3か月間延期し2025年4月から19か月間かけて30万bpdを解消することになった。UAEの原油生産能力は485万bpdとされており、現在約200万bpd近い生産抑制を強いられている。

 

 なお、当初会合は12月1日に予定されていたが、直前に12月5日に延期された。サウジアラビアのムハンマド皇太子が12月1日にUAEを約3年ぶりに訪問しており、この際に増産延期に関してUAE側の理解を求めたものとみられている。

 

6.イラク情勢

  • シリアのアサド政権の崩壊を、約600㎞にわたる国境でシリアと接する隣国のイラクは警戒して見ている。その理由の1つは、シリア反体制派武装勢力トップのアフマド・シャラアが過去にアルカイダやイスラム国(IS)と関係を持つ人物であり、イラクは2014年にシリアから攻め込んできたISに国土の3分の1を乗っ取られた苦い経験があるからである。加えて、アサド政権崩壊の混乱の中で、シリア北西部ではトルコが支援する民兵勢力「シリア国民軍(SNA)」が、クルド系民兵を主体とする「シリア民主軍(SDF)」の支配地域への攻勢を仕掛けている。SDFはシリア東部で米軍とともに対IS軍事作戦を行っており、捕えたIS戦闘員やその家族を収容する収容所も管理しているが、イラクは、SDFがSNAとの戦闘に気を取られてISに対する監視や圧力が弱まり、ISが息を吹き返してしまう可能性も警戒している。
  • 12月6日、米国務省報道官は、イラクがイランから電力・ガスを購入することを許可する120日間のウェイバー(制裁免除)を11月7日に発行したと発表(2025年3月7日まで有効)。ウェイバーの発行は、2018年にトランプ政権がイランへの制裁を復活させて以降、今回で23回目。2025年1月にトランプ政権が復帰すれば、イランに対する最大限の圧力政策の一環で、ウェイバーの発行を焦らすことによってイラクに対する圧力を掛けてくる可能性が高い。
  • 12月8日、イラクはアサド政権崩壊を受けて、シリアとのアル・カーイム国境検問所を完全に閉鎖した。
  • 12月11日、スーダーニ首相は急遽ヨルダンを訪問し、アブドゥッラー2世国王とシリア情勢について協議した。
  • 12月13日、ブリンケン米国務長官がイラクを電撃訪問し、アサド政権崩壊後のシリア情勢や米・イラク戦略的パートナーシップ、ISの脅威、イラクの安全・安定などに関して、スーダーニ首相と協議した。

 

7.リビア情勢

  • シリアのアサド政権の崩壊は、同じくロシアが影響力を持つ北アフリカのリビアにも影響を与える。シリアでは、ロシアがアサド政権を支援し反体制派をトルコが支援してきたが、リビアではトリポリの国民統一政府(GNU)をトルコが支援し、同国東部を拠点とするハフタル将軍率いる民兵部隊「リビア国民軍(LNA)」をロシアが支援している。ロシアは2018年以来、シリアの軍事基地を通じてLNAに戦闘員や武器、物資や麻薬などを送り込んでいるため、シリアの基地を失うことになれば、ロシアのLNA支援に影響が出ることになり、リビア国内の勢力バランスが崩れる可能性もある。
  • 12月5日、リビア国営石油公社(NOC)は、原油とコンデンセートの生産量が日量142万バレル(bpd)を超え、国内生産量として2013年以来の最高値を記録したと発表した。NOCは、2027年までに200万bpdまで生産を拡大する計画。
  • 12月15日、リビア西部の武装勢力間で武力衝突があり、同国で2番目に規模の大きいザウィヤ製油所(精製能力:12万bpd)で火災が発生したため、操業を一時停止した。
  • トリポリの裁判所は、UAEの国籍も保持しているベングダラ氏がNOC会長に就いていることは法律違反であり、同氏がその役職で下したすべての決定は無効であるとの判決を下した。NOCはこの判決に異議を唱え、同氏は引き続き会長職を遂行しているが、NOCが今後行う予定の取引の見通しが不安定になる。

 

OPECバスケット価格推移(過去1年・過去1か月)(出所:Bloombergより住友商事グローバルリサーチ作成)

以上

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