「イスラエルとハマスの間で停戦合意が成立」中東フラッシュレポート(2025年1月号)
調査レポート
2025年02月13日
住友商事グローバルリサーチ 国際部
広瀬 真司
2025年1月30日執筆
1.イスラエル/パレスチナ:イスラエルとハマスの間で停戦合意が成立
現地時間1月15日夜(日本時間16日未明)、イスラエルとガザのイスラム主義組織「ハマス」の停戦・人質解放交渉を仲介するカタールのムハンマド首相兼外相が、交渉に関する合意が成立したことを発表した。停戦合意の発効は、トランプ米大統領就任前日の1月19日で、合意は3段階に分けて実施される。第1段階は1月19日からの42日間で、戦闘の停止とともにイスラエル軍のガザからの段階的撤退の開始、ハマスがガザにとらえている人質・捕虜33人(主に女性、子供、病人、高齢者)の解放と、イスラエルが拘束しているパレスチナ人1,904人の釈放などが行われ、ガザへの大規模な人道支援物資の搬入も再開する。停戦合意の第2、第3段階の詳細については、合意発効後16日目(2月3日)以降に協議が開始される。
1月19日には、ハマスが3人の女性民間人の人質を解放し、イスラエルは90人のパレスチナ人を釈放(1人の女性民間人に対してパレスチナ人30人を釈放)。1月25日にはハマスが4人の女性兵士を解放し、イスラエルは200人のパレスチナ人を釈放した(1人の女性兵士に対してパレスチナ人50人を釈放)。なお、解放を優先すべき女性民間人よりも女性兵士を先に解放した(合意違反)として、イスラエルはハマス側にクレームを入れ、ハマスはこれを受け入れ、1月30日に残る女性民間人を含む3人を解放することで合意した。なお、第1段階で解放される33人のうち8人は既に亡くなっているとのことである。1月26日からはガザ北部へのパレスチナ住民の帰還も始まり、既に40万人近くがイスラエルによる空爆でがれきの山と化したガザ北部へ帰還した。
2.イスラエル/レバノン:レバノン南部からのイスラエル軍の撤退期限の延長
2024年11月27日に発効したイスラエルとヒズボラによる停戦合意は、発効から60日間以内にイスラエル軍とヒズボラがそれぞれレバノン南部地域からの撤退を完了する取り決めだったが、その期限となる1月26日に、イスラエルからの要請により(レバノン南部におけるヒズボラの武装解除と撤退が合意通り進んでいない、と主張)、仲介国であるアメリカがイスラエル軍の撤退完了期限を2月18日まで約3週間延長することを発表した。レバノン政府はこの延長を受け入れたが、ヒズボラは「合意違反」であると反発している。レバノン南部では、自宅への帰還を求める住民と当初の期限後も駐留を続けるイスラエル軍の間で衝突が発生しており、レバノン人26人が死亡、167人以上が負傷した。
3.レバノン:2年間空席だった大統領をようやく選出
1月9日、レバノン議会は、2年2か月以上空席となっていたレバノン大統領のポストにジョセフ・アウン国軍司令官(61歳)を選出した。レバノン大統領の任期は6年。大統領選出には議会の3分の2以上の賛成が必要だが、ミシェル・アウン前大統領が2022年10月に退任して以降、政治対立の激化で議会がまとまらず大統領を選出できない状況が続いていた。イスラエルの攻撃で大きなダメージを受けたヒズボラのレバノン国内での影響力が低下したことで、同組織が推す候補が辞退し、米国やサウジアラビアが推すアウン氏の選出に道が開けた。
4.イエメン:フーシ派が船舶攻撃の縮小を発表
1月19日、イエメンの反政府勢力フーシ派は、同日イスラエルとハマスの間での停戦合意が発効したことを受けて、イスラエルの個人や団体によって100%所有される船舶やイスラエル国旗を掲げて航行する船舶を除いて、紅海やアデン湾周辺を航行する船舶に対する攻撃を停止すると発表した。イスラエルが停戦合意のすべての段階を完全に履行した時点で、イスラエル関連船舶に対する攻撃も停止するとのこと。
1月22日、フーシ派は、2023年11月以来1年2か月にわたって拘束してきた船舶ギャラクシーリーダー号の乗組員25人を解放したことを発表。オマーンが解放を仲介し、25人はオマーンに移送された。同船舶は日本郵船がチャーターして運航していたが日本人乗組員はおらず、乗組員はフィリピン人やウクライナ人、ブルガリア人など。イスラエルによるガザ攻撃をきっかけに始まったフーシ派による紅海周辺での船舶攻撃は、徐々に収れんしていく兆候を見せている。
5.シリア:諸外国との関係構築を目指す新政府
2024年12月8日にアサド政権を倒したシャーム解放機構(HTS)のトップであるアフマド・シャラア氏は、3月1日までと期限を決めて首相を任命して暫定政府を作り、シリア新政府は包括的で少数派の人権を重視すると主張している。2024年末にサウジ系メディアのアル・アラビーヤによって行われた初めてのシャラア氏に対するインタビューで、新憲法の制定には2~3年、そして選挙の実施には4年程度の長い時間がかかるとの見解が示されたが、各国はシリアとの国交回復をにらんで関係構築を進めている。
1月1日、シリア暫定政府の外相や国防相らは、最初の外国訪問先としてサウジアラビアを訪問し、シリアの政権移行期における政治行程などについてサウジアラビア側と協議した。一行はサウジアラビアの後、カタール、UAE、ヨルダンを訪問。14年間にわたる内戦で荒廃した国の再建・復興のため、シリア新政府は湾岸諸国からの投資や地域諸国との関係改善を求めている。
6.イラク情勢
- 1月8日、イラクのスーダーニ首相はイランを訪問し、ハメネイ最高指導者やペゼシュキアン大統領らとの会談を実施した。
- スーダーニ首相は、1月13日からの3日間の英国公式訪問で、チャールズ3世国王やスターマー首相などとの面会や会談を実施。軍事基地の修復、水・電力プロジェクトなどを含む123億ポンドの貿易投資パッケージに合意した。
- 1月23日、イラクのフセイン外相はスイスのダボスで開催された世界経済フォーラムの年次総会におけるパネルディスカッションで、アサド政権が崩壊して以降、シリア国内で「イスラム国(ISIS)」の支配地域が拡大していると警鐘を鳴らした。イラク政府は、ISISがイラク国土の3分の1を制圧した2014年のような事態を警戒し、シリアとの国境地帯の警備を強化している。
- 1月26日、トルコのフィダン外相がイラクを訪問。スーダーニ首相やフセイン外相などと会談を行い、シリアを中心とした地域情勢やイラク開発道路プロジェクト、対PKK作戦における調整の必要性などが話し合われた。同日トルコ軍は、トルコと国境を接するイラクのクルド自治区ドホーク県において、PKK戦闘員13人を殺害。トルコ軍は、2016年以降PKK戦闘員殺害のためイラク領内への越境攻撃を行っており、2025年頭以降、既に63人以上のPKK戦闘員を殺害している。
- 1月29日、イラク電力省は、湾岸電力網接続プロジェクトが2025年末までに完了すると発表した。湾岸諸国の電力網とつながり、500~600MWの電力供給が期待できる。同省は1月24日に同プロジェクトの75%が完了したと発表。イラクは長年、慢性的な電力不足に直面しており、特に夏季には広範囲で停電が発生している。
- 1月30日、エジプトのマドブーリ首相がバグダッドを訪問し、シリア、ガザ、レバノン情勢などに関してスーダーニ首相と協議した。また、経済、農業、投資、技術、通信、教育などに関する11件の覚書にも署名した。
7.リビア情勢
- 1月16日、国連安全保障理事会は、リビアへの武器禁輸措置およびリビア投資庁が国外に保有する凍結資産に関して、一部制限を緩和する決議を承認した(賛成14票、棄権1票(ロシア))。
- 1月16日、リビア国営石油会社(NOC)のベングダラ会長が辞任し、NOCのスレイマン理事が暫定的に会長に任命された。辞任は健康上の理由とされているが、同氏はさまざまな問題を抱えていたため(会長として不適格であるとの裁判所の判決や東部勢力の石油販売を黙認していた疑惑など)、本当の理由は不明。
- 1月19日、スレイマンNOC会長は、リビアの原油生産量が日量140万バレルを超えたと報告した。
- 1月19日、イタリア警察は国際刑事裁判所(ICC)の令状に基づき、リビアのトリポリ近郊にあるミティガ刑務所のオサマ・ナジム所長をトリノで逮捕したが、手続き上の問題で2日後に同氏は釈放されリビアに送還された。同刑務所は、移民・難民に対する拷問や虐待を行っているとして人権団体から広く批判されており、同氏に対してはICCから逮捕状が出されていた。国連は同氏を再逮捕するようリビア当局に要請している。
- ラーフィー大統領評議会副議長が訪日。林官房長官や岩屋外相とリビアの政治情勢などを協議した。
以上
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